追憶4
「――長曾我部」
聞き慣れたその声に、二人は振り返る。
「…元就?」
慶次は、驚いたように目を広げた。
…何故、わざわざ苗字で……
「先に出て来た。…幸村は佐助が。――お前たちに話があって」
元就は、いつもの冷静な顔を歪ませ、
「……我も、思い出した――全て」
「えっ、マジで…!?」
結果としては盗み聞きになってしまったが、元就も昔の記憶があるらしいことを知っていた慶次だったので、仲間入りに素直に喜ぶ。
対照的に、元就は沈痛な面持ちだ。
「…我は、元親……、お前に何と詫びれば」
消え入りそうな声と落とした視線とで、元親に向き合う。
そこで慶次もようやくハッとした。――元就が、あのときどんな人間だったか。
元親を騙し、利用して――
「でも、それは」
「……今のお前がやったことじゃない、
………だろ?」
元親が泣き笑いのような顔で言い、元就の頭を撫でる。
「…俺ァ、嬉しかったぜ?思い出してからお前のこと改めて見るとよ…、幸村とダチになって……えれぇ人間らしくなってやがってよ」
「元親……」
元親のその顔を見て慶次も表情を明るくし、
「そうだよ、元就。……嫌だったろうに、思い出してくれたんだな」
と、元就の背中を軽く叩く。
「――良いのか、そんなに簡単に…」
気が引けたように二人を見る元就を、豪快な二つの笑い声が包む。
「んなキャラ、似合わねぇだろ!逆に怖ぇぜ」
「そーそー、元就はS殿下でなきゃ――特に元親へのさ。逆なんてつまんねぇよ」
「え…、そりゃ別に要らねぇ」
ぶんぶんと手を振り拒む元親だったが、
「何言ってんの!愛だよ、愛!な、元就?」
「――ああ。それは熱烈な、…な」
と、口端を意地悪く上げながらも眉根は下がった顔を見れば、元親も乗ってやるしかない。
「…幸村と会わなければ、我は昔とそう変わらぬままであっただろう。――あれは不思議な奴だ。昔はうるさかったが……今も変わっておらぬな」
元就は、小さく…だが、温かく微笑んだ。
――他の二人の笑顔が、さらに大きいものになっていく。
「やっぱ、幸は最強だな」
慶次は嬉しそうに言い、「そうそう、これ…ルールがあるんだよ」
叔父夫婦も慶次と同じく昔の記憶を持つ人間だったのだが、彼らに聞けば、この仲間内での暗黙の決まりが一つあるのだという。
それは至ってシンプル、過去を思い出していない人間に、この事情を決して話してはならない――ただそれだけである。
誰が思い出しているかそうでないかは、記憶が戻り次第、手に取るように感じることができる。
それは、昔の関わり合いが近いほど強まるのだそうで、だからか慶次は元就に対して分からなかったようだ。
恐らく、元親は前々から気付いていたのだろう。
――政宗はまだらしいが、小十郎は既に思い出していたようだった。
かすがも、謙信以外に思い出せる者はいない…などとごまかし、幸村に詳しい話は一切せず隠している。
――そして、次の日の朝。
「おはよー、政宗。…って、まだ顔色悪ィじゃん。大丈夫か?」
慶次が案じると、
「おう、Good morning――風来坊」
「………………あっ、」
大分遅れて、慶次の頭と胸にその波長が伝わってきた。
「…こりゃ、朝方まで小十郎とパーリィしてたせいだ。――あの野郎、黙ってやがって…今の今まで。一晩じゃ話し尽くせねぇよ、馬鹿が…」
その左目の赤は、寝不足のせいだけではないのだろう…。
「政宗…」
「……」
政宗はニヤッとし、
「――俺、サボる。…クーラーの効いた良い場所知ってんぜ」
「…そりゃあ、俺も知っときてぇ」
と、慶次も笑った。
…何のことはない、単なる図書室であったのだが、鍵は開いている上に司書は不在。
奥の貸し出し禁止書庫の棚まで行き、座り込む。
「――やっぱ、あいつのこと好きなんだよな…?」
慶次が呟くように言うと、…反応がない。
「なあ…」
と、見ると――
…政宗は、目を閉じて寝ていた。
「えー!」
と慶次は小さい叫び声を上げながら、
「ちょ、ひでぇっ、片倉さんとはそんなに語ったっつーのに、俺とはしてくんねーの!?」
「Ha〜?」
政宗はうるさそうに、
「…んなの、これからいくらでもできんじゃねぇか」
と、目を開けないまま答えた。
「そうだけどさ…」
「……」
「――別に、忘れてたときでも…」
「え?」
政宗は、まだ目を閉じている。
「……いや。俺の趣味は、美人系だ。…気が強ぇってより男臭くて暑苦しい、色気のねぇ――んな変わったもん好きになんのなんか、お前くれーだろ」
「え……」
政宗は、目を開け、
「――お前、馬鹿も大概にしろよ?俺だったら二度も苦ぇ汁をすするのなんてゴメンだぜ。あやふやなもんに怯えてる暇がありゃ…」
「政宗…」
慶次の目が開かれる。
「…昔なんざ、関係ねぇ。――んなの気にする奴ぁ、結局懐の狭ぇ男なんだよ。一番嫌がられるタイプだな」
政宗は、馬鹿にしたように笑った。
慶次は、不思議そうな表情で彼を見つめ、
「……励まし?」
政宗はさらに鼻で笑うと、
「めでてー奴。…でも、まあ。――相手があれだからな」
「え?」
「すぐに、…っつーのは無理だな、やっぱ。面倒くせーが、ゆっくり…。Ahー…気が遠くなんぜ」
その真剣な横顔に見惚れ、慶次の心に小さな焦燥感が落ちる。
だが、それ以上に先ほどの言葉が何倍も嬉しいと思ってしまう自分は――
…本当に言われた通り、馬鹿でおめでたい奴だと心の中で笑った…。
*2010.冬〜下書き、2011.7.11 up
(当サイト開設・公開‥2011.6.19〜)
あとがき
ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
政宗の家事情だけ何でこんなに細かに…自分でも分からないです(@_@;) とりあえず小十郎と従兄弟にしつつ「政宗様」って呼ばせたかった。すると妄想が溶けた。かなり無理のある生い立ちはスルーして下され。剣道諸々曖昧描写すみませぬ、今さらですけども。
色々クサくて申し訳ない…!
まだまだ夏が続きます(汗)
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