追憶3
時は少し遡り、伊達家がまだ見える帰り道を、慶次と元親は歩いていた。
「おい……珍しく弱気になってんのか?」
元親が、心配そうに聞いてくる。
「んなことないけど」
慶次は軽く笑い、「さっけさー、あれで思い出してないなんて、不思議だよなぁ」
「まぁ…な。――でも、俺らも突然だったしよ」
「…うん」
――二人は、少し前に今までの『デジャヴ』の原因が何だったのか、はっきり理解することができていた。
非常に信じがたいことではあるが、――前世とか生まれ変わりとか、…そういう類いの。
…にしては記憶が鮮明に甦ったので、初めは夢か現実か混乱してしまった。
だが、あの戦乱の世を思うと、何て素晴らしい機会を与えられたのだろう、と慶次は心から喜んだ。
あれほど平穏な世界を欲していた身に、これ以上の幸せなことはない。
――しかも、再びあの魂に出逢えるなんて。
どうして会ってすぐに分からなかったのか。自分でも驚くほど、昔の感情は一気に慶次の胸へと舞い戻った。
しかし、その前から既に強く惹かれていたので、それまでは戸惑いと苦悩との戦いの日々であった。
それほどに、慶次が惚れ込んだあの魂は全く同じで。
姿かたちも、……あの香りでさえ。
平和な世で彼の多くを占めることになったのだろう、穏やかで優しい部分は、さらに周りの人間を引き付けるものになっていて。
…やはり、惹かれずにはいられなかった。
だが、幸村は何一つ思い出してはいないようで、これは彼が過去を振り返りたくないと思っているからではないかと、慶次は自分の気持ちを抑えようともしたのだが。
(…だって、やっぱり初恋もまだみたいなあいつにさ――)
戦国乱世とは全く違う状況だが、同性同士というのが割とオープンな現代であるといえど、…いかがなものかと。
そんな慶次の迷いを、何と――元親がバッサリ断ち切った。
『そりゃ、全然お前らしくねぇぜ。マジ、千載一遇のチャンスじゃねぇかよ。何のためにまたあいつに会えたと思ってんだ?…また大事にしてぇとか、今度こそ自分の手で、とか――そういうんじゃねぇのか?敵が女だろうと奴だろうと、それ以上に想って、あいつをめちゃくちゃ幸せにする自信は、お前にゃねぇのか?』
まくし立てるように言った元親の目は、若干滲んでいた。
慶次の不甲斐なさへの怒りか、はたまた――
…あの、思い出したくはなかった結末が、頭に浮かんでしまったからなのか。
『――お前、頑張れよ……』
懇願するように元親の口からこぼれた台詞に、慶次は気が付く。
…彼は、幸村に思い出して欲しくないと願っているのだと。
「…せっかく元親も幸も応援してくれるんだから、弱気になんてなってられねぇよ」
幸も、というところでは苦笑し、元親に笑顔を見せる。
「そうだぜ、ホント」
元親もニヤリとするが。
――実のところ、慶次の本心は分かっていた。
…自分と違い、彼は幸村に思い出して欲しいのだ。
その理由は、昔の自分のことを…というのももちろんあるだろうが、幸村が一途に想っていたあの男のことや、その気持ち、そして今の世で巡り会えている奇跡を知ったらどんなに――などとの考えだろう。
相も変わらずお人好しなのだ、彼は。…というより、それほどに幸村が大事過ぎるのだ。
…元親は、昔受けた自分の傷よりも、慶次のその心の方がはるかに痛くて苦しい。時々、大声で叫んで思い切り泣いてしまいたくなる。
こうして一見無償の想いを捧げようとしている彼だが、一方では、やはり今度こそ手に入れたいとも強く思っている。
だから、同時に怖いのだ。…幸村の記憶が戻り、その心が彼に一瞬で奪われてしまうのが。
自分が思い出して実感したことなのだから、幸村こそどうなるのかは目に見えている。
その前に慶次の想いが成就していたとしても、そうなれば全てがなかったことになってしまうのか。――そんな葛藤が、彼の二の足を踏ませているのを、元親は分かっていながら、励ますこと以外何もできはしない。
だからこそ、つい願ってしまう。…幸村の記憶が戻らなければ良い。
友人としてはひどいかも知れない、――しかし。
幸村たちの顔が浮かばないわけではない。あえて目をそらしていることも分かってはいる…。
「もうすぐ夏休みだしな!すっげぇ遊ぼうな、皆で!」
ニッと、慶次は普段らしい笑顔になった。
普通は逆なのだろうが、慶次は夏休みのバイト日を大幅に減らし、完全に遊び倒す気満々なのだ。
「おおよ!…んで、お前は思うままにやれよ。――また、とことんやりゃー良い。したいだけ優しく…大事に。そんくれぇ…バチ当たんねぇよ」
あ、しんみり言ってしまった…とすぐに悔やんだが、
「――うん」
と、慶次は俯いたが口は笑っていたので、その後悔は取り消すことにした。
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