追憶2
「…そういうつもりじゃなかったんだけどなぁ」
髪の結び目辺りをさすりながら、慶次は口を尖らせた。
「何やってんだ」
元親は笑い、「お前、分かりやす過ぎ」
「だってさ、――あ」
長い廊下の向こうから、小十郎が戻って来る。
政宗を、自室に寝かせてきたのだろう。
「政宗、大丈夫?」
小十郎とも昔からの付き合いの慶次たちは、『学園以外』では気安い口調を許されている。…というのは小十郎が命じていることなのだが、四人は全く守っていない。
「ああ、心配かけたな。他の者に看てもらった。俺はちょっと仕事があるんでな…」
客間に入ると、ベッドよりも長さのあるソファに、幸村は寝かされていた。
佐助と元就も政宗の様子を尋ね、良かったと頷く。
「そういえば、今日かなり暑かったし。早く止めるべきだったな…」
佐助はタオルハンカチで幸村の額に浮かぶ汗を拭いてやる。
この上なく自然に見えるその動作を、慶次は眺めていたが、
「――俺、帰るわ」
と腰を上げ、「幸も大丈夫そうだし。…さっけと元就、帰り頼むね」
「もちろん。まかせてよ」
当然、と言うように、佐助は首を縦に振る。
「俺も帰るな」
続いて元親が言い、二人は客間を後にする。
途中で冷たい麦茶を運ぶ小十郎に会ったが、飲むだけはし、礼をして出た。
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早く目、覚まさないかな…
未だに意識を戻さない幸村の顔を、佐助はじっと見つめていた。
二人が去り、すぐに元就も佐助に託して帰ってしまったので、客間には幸村に加え小十郎との三人だけだった。彼は、何やらデスクワークをしているようだが。
「…そんなに見ていなくても、いずれ起きる」
小十郎は苦笑いし、
「すっかり仲良しだな。…珍しいこった、お前がそんなに入れ込むなんざ」
「やっぱそう?」
「――、」
てっきり「変な言い方やめてよー」と佐助が顔をしかめると思っていた小十郎は、咄嗟に何の反応もできなかった。
「自分でもホントそう思う。…いや、皆良い奴で、俺様大好きなんだけどね?旦那よりも付き合い長いのは分かりきってんだけどさー…」
再び幸村の顔を見て、
「どうしてだか、旦那とはそれ以上に長くいたような――何か、懐かしい感じがすんの。すーげぇ落ち着くし、自分出せるっていうかさ。…とにかく一緒にいたくてたまんない」
愛しい我が子に向ける、親のような微笑みを宿す。
「…そうか」
小十郎も、釣られて温かい微笑をこぼした。
「……言わないでよ?」
やってしまった、という顔で小十郎を見る佐助だが、前にいる人物の口の堅さは昔からよく知っている…。
小十郎は、「ああ」と小さく笑った。
「――」
「えっ?」
佐助は、幸村の顔に耳を近付ける。
先ほど、何か呟いた気がした。
「……く眼竜……」
(え?クガリュウ??)
今度は聞き逃すまいと耳を澄ませると、
「ま……さむ……ね、どの……」
「……」
途端、佐助はふてくされ、幸村の長い睫毛を指先でチョイチョイッと触れる。
それが刺激になったらしく、幸村がゆっくり瞼を開けた。
「……佐助」
「うん。――政宗じゃないよ?」
トゲを感じる言い方だが、幸村には伝わっていない。
「あ――夢か」
「夢見てたの!?」
(気絶ってそんなもん――?)
佐助は拍子抜けしそうになった。
「ああ。…政宗殿と戦っていた」
「…それ、夢じゃないから」
ガクッとなる佐助だったが、幸村は首を振り、
「夢でも、政宗殿と対峙しておったのだ」
「へーえ、…夢でも」
「ああ……よく思い出せないが、決着はつかず終いだ」
悔しそうに言う幸村だったが、現実の敗北に項垂れた。
「まだまだ精進が足りぬ…」
小十郎に、稽古をつけてくれと頭を下げる幸村だったが、
「ぶっ倒れた奴が、何言ってやがる」
と諌められ、渋々諦める。
それから、政宗へのお見舞いの言葉を残し、二人で屋敷を後にした。
「――何でなんだろうな……」
仲睦まじい二人の背中を見送りながら、小十郎はポツリと呟いていた。
―――………
「旦那、今日俺様ん家でご飯食べてかない?――っと、かすがちゃん待ってる?」
「おおっ、良いのか?それが、今日は上杉先生とデートなのだそうだ」
佐助の言葉に期待に満ちた目を向ける幸村。
最近、デートという言葉には耐性がついてきているようだ。
「そりゃちょうど良かった。何食べたい?」
「何でも良いぞ?」
(それが一番困るんだけどな…)
佐助は心の中で苦笑いするが、
「佐助の作るものは何でも美味いからな!」
と、最上級の笑顔で言われてしまえば。
……嬉しさを通り越して、胸を掴まれたように息が詰まる。
(かすがちゃんは良いなぁ。…こんな旦那が兄貴で)
ずっとこうして、二人で毎日暮らしてきたんだよな…
――俺様にも、こんな――家族がいればな。
以前はそんなことなど一つも思わなかったというのに、実に不可思議だ。
かと言って、父親が恋しいわけでもない。
何故かは分からない。――分からなくても、問題ないのかも知れない。
だって、こうして一緒にいられるだけで。
…その笑顔を見られるだけで。
驚くほど満たされ――幸せになれるのだから。
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