巡る3
『三成…何を怒っておる』
佐助は、耳も良い。
――つい、入るタイミングを見失ってしまった。
『怒ってなどいない』
短く答える三成の声は、言葉と違い怒気をはらんでいる。
『…さようか』
『――また痩せてないか?…ちゃんと食っているのか』
『三成に言われてはオシマイよな』
吉継は、くぐもった笑いをもらす。
『…あのときとは、もう違う。周りに言われずとも、きちんと食べている』
『――そう、よな』
(…あのときって?)
三成は拒食症にでもなった時期があったのだろうか、と佐助は思った。
『せっかく、こうして…。あの病に怯えることも、もうないというのに。そんな風では身体を壊してしまうぞ。もっと食って太れ』
『…あい、分かった』
『――刑部は、たまに霞むだろう』
『霞む…?』
『私にはそう見える。…先に去らぬと言っていたのに、お前はあのとき…。また、私を裏切るつもりではないかと』
『……三成』
『お前が何故私の傍にいたのかなぞ、とうに知っていた。ただ、己の目的のために、私を使おうとしていたことなどは』
『――……』
『だが、最後まで私について来た…戦局は不利だったのに。――何故だ?刑部。それを私はあのとき尋ねなかった。お前は一体、何を考えている?』
『何――とは…』
『お前はもう病持ちではない。…昔のように、虐げる人間はいない。あのとき抱えていた望みは叶える必要はないだろう?』
『…我の、あの薄暗い望みを…知っていたと申すか』
吉継は呆然としたように、『我がヌシに殺されなかったのが、不思議よな』
『裏で卑怯なことをしているのも知っていた。だが、それは…』
『……』
『…今はもう、お前も私も自由な身だ。いつまでも私に縛られることはない。――元々、お前は家康とも親しかっただろう。気にせず、話せば良い。…あんな、遠くから眺めるでなく』
吉継が、吹き出した。
『…何だ』
『三成…ヌシ――焼きもちか?』
『何だと!?』
ククク、と吉継は笑うと、
『冗談よ、冗談。…しかしな、三成』
『――何だ』
『ヌシが何を勘違いしておるかは知らぬが――我は、それはそれは利己的な人間…昔もそうであるが、今でも、な』
『――……』
『我のねじくれた性格は知っておろう?嘘をつくのも隠すのも上手く…まあ、ヌシにはバレておったようだが。――何かと理由をつけねば、そうできなんだ。…己の気持ちに沿うことを』
『…単に、ヌシが…昔もそうであるが今も…。我にとって離れがたい…最大の――…友。
……何と恥ずかしいことを言わせるのだ、三成よ』
『……』
『…ホレ、何か言わぬか、ヌシ…。色男が台無しぞ、その顔』
『――知るか。…勝手にしろ。私と一緒にいてお前は何が楽しいか知らんが』
『楽しいぞ?三成は己の面白さを知らぬよなぁ…』
『……』
『――生徒会にいると、昔を思い出す。…猿飛や、真田がたまに現れると特に…』
吉継の言葉に、それまでの会話にも首を傾げていた佐助の胸が跳ねた。
(な、何で…?)
『あやつは変わっておらぬな』
『…相変わらず暑苦しい奴だ。――もう一人は、大分ネジが…』
そこで、三成の言葉が切れた。
それをすぐに察知した佐助は、駿足で曲がり角まで戻り、三成が廊下に顔を出したのを影から確かめる。
その数分後に、荷物を渡しに保健室のドアを今度こそは普通に開けた。
(…何だったんだろう、あの会話…)
佐助は、ひたすらモヤモヤしながら生徒会室への道を戻っていた。
(何か物騒なこと言ってたし…何で俺様と旦那が…)
しかし、何故か尋ねにくい雰囲気がある。聞いたところで、上手くごまかされてしまうような…そんな気が。
だが、あの二人の他よりも深そうな…通じ合っている関係は、羨ましく思えた。
(親友…ってヤツなのかな…。俺様も、あんな風に…)
生徒会室を開けると、
「おう、佐助!」
と、幸村が顔を出し、佐助のモヤモヤは吹っ飛んでいった。
「旦那、どうしたの?」
「いや、すまぬ。退屈だったので来てしもうた。慶次殿とともに」
「ああ…」
中を見れば、慶次が笑顔で手を上げた。
「やー、ごめん待たせて。もう終わったから帰ろ…」
「――それがな」
と、中へ案内されると――
机の上は、他の書類で山積みに。
…孫市が、佐助が行く前に三成たちから預かったものらしい。
『官兵衛へ――やっておけ』
の、書き置きとともに。
「何故じゃあぁぁぁ」
という、いつもの叫び声を上げたところに、幸村たちがやって来たのだという。
官兵衛にいたく同情した幸村が、自分も手作わせてくれと言い出し、連鎖で慶次も――やはり、佐助も参加することとなった。
「…仲の良いことだな」
必死に作業する四人を見て、孫市がフフッと笑った。
(これはレアな…!)
佐助が、そう官兵衛に視線を送ったが、
「真田、お前さんは本当に良い奴だな…っ。小生、久し振りに人の優しさに触れた気がする…!」
うっうっ、と泣き真似をしながら、三成たちからの仕打ちを幸村に矢の如くぶちまけている。
「何と無体な…!某が、石田殿に一言申し上げましょうか?」
「さなだあぁぁぁ!!」
官兵衛は、幸村の両手をぐっと握り、大げさな態度で感涙にむせぶ。
(…ハイハイ、良かったね)
佐助は苦笑する思いで、二人から視線を手元に戻す。
途中で慶次にふと目をやると、彼は二人の繋がれた手をじっと見ていた。
――その目は、どこかいつもの慶次と違い…
佐助に気が付いた慶次は、普段のようにニッコリ微笑み、目も戻る。
(…あれ?)
慶次のあの目を、前にどこかで見た気がしたのだが…
思い出せないので、やはり思い違いか、と考え直すことにした。
元就が戻ると、官兵衛はまた叫ぶことになる。他二人はともかく、幸村を巻き込んだことへの怒りを買い…。
しかし、幸村から志願したのだと聞くと、治まったのだが。
終わってからは、全員で軽く外食し、それぞれ帰路についた。
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