初恋3






ふあぁ…、と慶次は豪快な欠伸をした。

夜更かしをしたままのバイトは、やはりいつもより体力を消費してしまうようだ…。

しかし、明日も休みなのでそのまま帰る気にもなれず、本屋も兼ねる大型のレンタルショップでブラブラしていた。

ケータイを取り出して見ると、既に七時近くになっており、そろそろ帰るかと思い始める。
あまり遅くなると、また叔母にそれ以外のことまでもセットで叱られてしまう。

ポケットにしまおうとしたとき、ケータイが鳴り出した。


(げっ、家からかなー…)


こわごわ画面表示を見るが、「えっ」と声を上げて即座に出た。


「もしもし?」

『あ、慶次殿。今、大丈夫でござろうか?』


珍しいことに――というより、幸村からの、初めての電話であった。


何事かと聞いてみれば、用がありこれから会えないかとのこと。

もちろん、慶次は快諾する。

幸村は、ジョギングコースもある、川沿いの遊歩道にいるという。
こちらへ赴くと言い張っていたが、慶次に押し切られ、結局そっちで待ち合わせることとなった。

「すみませぬ…」と、ケータイの向こうで頭を下げている姿が想像できたが、慶次は疲れも忘れ、意気揚々と向かう。
――もちろん、家に連絡するのも忘れず。


現地へ着くと、ベンチに座っていた幸村が、

「慶次殿!」

と、元気良く駆け寄って来た。

ライトアップされた橋や建ち並ぶマンションの光が煌々とし、なかなかの夜景スポットである。
慶次は、頭の中の情報バンクに付け加えておくことにした。

幸村はいつものトレーニングだろう。上下セットのウェア姿だった。


「お〜、昼はどうもな!」

いつもの笑顔で、「何だった?用って」

「あ、はい。――あの、間違っていたら申し訳ないのだが…」
「うん?」

幸村は、ごそごそとウェアのポケットから拳を取り出し、慶次の前に開いて見せる。




「――え」




手の平に乗せられていたのは、乳白色や金色、透明の、いくつかのカラーストーン。
よく女の子がヘアアクセサリーとして着けるような、キラキラとした代物である。

一繋ぎにしていた金具が切れているらしく、バラバラになっていた。


「これって、俺の……だよな?幸、これどこで――」

その言葉を聞き、幸村は安堵の息をつく。


「良かった…そうであって。初等部と中等部の間の…あの木の下に落ちておりました」
「えっ、――あ」

慶次も思い出したように、「そっ…か、あのときに…」

「恐らく。…ただ、紐の方は見つからず…。木の枝に引っ掛かっているのやも知れぬが…」
「ああ、紐なんてどうでも良いって」


(それより、まさか…)


「探して――持って来てくれたのか?」
「ジョギングで初等部の前を通るので、ふと思い出しましてな…」
「……」


…幸村の家から学園までの道は、ジョギングするのに全く適していない。


受け取った慶次は、自分の手の平に転がるそれらを見つめていたが、ポケットへ入れた。


「…ありがとな。もう落とさないように気を付けるよ」

幸村は、「はい」とホッとしたように微笑んだ。…自分のしたことが、あながちお節介ではなかったことに安心したのだろう。


「変だろ?…こんな女の子みてーなやつ、俺が持ってて」

慶次は照れたように、「昔、人からもらってさ」

「そうだったのですか。いえ、変ではござらぬよ。そういう色ですし…」
「あー…ね。――これ、俺が選んだんだ。似合うかなーって」
「え?」

よく分からず、幸村はキョトンとした。

あ、と慶次はこぼしたが、ポケットを軽く叩きながら、

「これさ、俺がプレゼントした物なんだ。初めて、女の子に。…初恋ってやつ?」

少し恥ずかしそうに言った。



(は、初恋…)



予想だにしなかった言葉に、幸村は何も返すことができない。


「女の子っつっても、十も年上の姉さんだったけどな。しかも、彼氏持ち。まー恋っつーかー…憧れてたんだよなぁ」

「な、なるほど」

何が、と自分に聞き返したくなるが、幸村は精一杯の返答をする。


「初等部のチビにも優しくてさぁ?これ、すっげぇ喜んでくれて――いっつも着けてくれてた。…あ、ヘアゴムだったんだ、これ」
「ああ…」


しかし、どうして今は慶次が持っていたのか。それも、あんなに大事そうに。

幸村は、いつもよりためらいがちに言葉を紡ぐ慶次の、次の声を待つ。



「…俺が中等部に入ってすぐの頃、亡くなっちゃってさ。…事故で」



――事故



ズキン、と幸村の胸が痛んだ。

記憶の中の、両親たちの繋がれた手の映像が浮かぶ。



「…こんなの持ってたら一生ウジウジしちまうかもなーって思うこともあったからさ。落としたとき、これで良かったのかもと思ったんだけど」

「――あ」

幸村は顔を歪ませ、「すみませぬ、某、余計なことを――」

「いやいや、違うんだ!ごめんっ」

慌てて慶次は訂正する。


「むしろ、ずっと気がかりなままだったと思う。本当にありがとな。…わざわざ探して来てくれて」

と、慶次は幸村の頭に手を伸ばし、髪の結び目に付いていた木の葉を取り、優しく微笑んだ。


「どれだけやってくれたんだよ。…すげぇ時間かかったろ」


…すっかりお見通しのようである。


幸村の、ごまかそうとあわあわする表情に、慶次は目を細め、


「…やっぱ、幸はヒーローだな」
「え?」


「…ううん、何でも」

慶次は、また普段のような笑顔に戻り、

「これ、もう落とさないように、これからは家に置いとくな」

ポケットの上に手を当てた。


「え…、良いのですか」

「うん。そうしたいって、今日思った。
……だから、良いんだ」


ニコッと笑い、幸村の頭をくしゃっと撫でる。


「――?…まだ付いておりましたか?」


木の葉を探すように幸村が手を伸ばしたが、慶次はずっと笑顔を消さないまま、何も答えはしなかった。







*2010.冬〜下書き、2011.7.5 up
(当サイト開設・公開‥2011.6.19〜)

あとがき


読んで下さり、ありがとうございます!

幸村は、女の子にも大人気です。お姉さん的な目で見てます、皆。

オカン佐助なら、かすがのようにケーキを制限するはずだけども; 甘やかしまくる彼を見てみたく。
色々あって、佐助は今人格が混乱中なのですきっと(^^;

元親をからかわせたい…。彼のお陰で、佐助と元就はますます仲良しに。

次回は、もう数ヶ月後になってます;長〜い夏♪どんどん捏造。

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