記憶の片鱗2






佐助は、鍋の火を止めてからリビングのソファに腰を降ろした。
テレビのスイッチを入れると、再放送の時代劇が映し出される。

メールの着信音が鳴り、開けてみると、

『今から家出るね!まつ姉特製のおかず大量持参!よろしく』

相変わらず派手に動くカラフルな絵文字使いに、佐助は笑みをもらす。

(…ラッキー)

ささっとカレーやサラダを作ったところだったのだが、後は冷凍していた物か、足りなければピザでも取るかと思っていたのだ。

「……」

休日前でもないのに家に人を招くというのは、佐助にとって珍しい。すんなり快諾してくれた二人には、実は感謝の思いである。

あの後、幸村を家まで送り届け――本人はもう道を覚えていると主張していたが――マンションに帰ってみると。

…何故か部屋が寒々しく感じられ、無性に独りでいるのが耐えられそうになくなった。
一人の時間は好きだというのに。

だけど、それよりも…


『ゆっきー!』

『幸、』


頭の中で、幸村をそう呼ぶ慶次の声が反響する。

「……幸、村……」

呟いてみるが、佐助は額に手の甲を当て、眉間に皺を寄せた。



――何か、違う…



結局、今日は彼のことを名前はおろか苗字でさえ呼ぶことができず終いだったのだ。

「…はぁ」

何やってんだか、俺様…。んなキャラじゃあるまいし。

でも、どうしてだか呼べな

『…んなっ、――の旦那ぁ!』



――ん?



『どうした…そんなに急いで』


(…あ、テレビか)

時代劇のままチャンネルを変えていなかった。

(いきなりでかく…これだから邦画は)



『――気を付けて下せぇよ、旦那!』



……ふと、その手を止めた。

というより、最初から音は変わっておらず――どうやら、さっきの俳優の台詞ばかりが、佐助の耳にしっかり飛び込んできていただけであった。

「……」

惰性で番組が終わるまで見てしまい、ハッと時計を見上げたとき――非常にタイミングよく、インターホンが鳴らされた。











「あの毛利がなぁ…」

元親が、信じられないという顔でカレーを頬張る。

慶次たちが持ってきたおかずは想像以上で、食卓は何かの祝いごとかというくらい豪華になっていた。

生徒会室でと、きちんと幸村からも聞き出した話を、元親へしたところである。

「そりゃあ…その顔も見てみたかったぜ」

「でしょー!?」

二人は、真剣な顔を向ける。


「明日から俺様、頑張んないと。就ちゃんと仲良くなんの」
「ナリちゃん…。もしかしなくとも、毛利のことか?」

元親は、背筋に寒いものを感じた。

「うん!…でないと、旦那とお近付きになれないっしょー?」
「だんな?」

今度は、慶次がキョトンとする。

「そ、真田の旦那!――俺様、そう呼ぶことに決めたの」
「決めたの、って――」


…まあ、良いけど。


二人は、特に違和感を感じなかった。


「親ちゃん、新しく来た、武田先生いるじゃん?」
「ああ――あの、いかついオッサンな」

元親は、あの見事なスキンヘッドと、がっしりとした体躯を思い出す。
授業も何度か受けたので、きちんと認識していた。

「あの先生の世話になってるらしいよ、旦那たち」
「世話?」
「幸たち、親亡くして身寄りがないんだってさー。で、小学生のときに先生のとこに引き取られたんだって。親と先生が知り合いだったとかで。そのときの転校先で、毛利くんと会ったらしいよ」

「…そうか、大変だったんだな」

そんな悲しみや苦労を、微塵にも感じさせない雰囲気であるのに。

幸せ一杯に育った、良いとこの坊っちゃん…という、何となく付けていたイメージを、元親はすぐさま取り払った。

「分かるよ、言葉遣いもああだし、明るくて真面目そうだもんなあ」

慶次も元親に頷いてみせ、

「言葉遣いといえば、さっけは幸からタメ口きかれてんだぜ」

「昨日、頼んだんだよ。まさか全員に対して敬語とは思わなかった。俺様だけ、特別扱い」

にへら、と佐助はだらしない笑顔になる。


――それ、特別扱いになるのか?


二人は思ったが、あまりに得意そうなので黙っておくことにした。

「どーやったら、就ちゃんと仲良くなれるかなー…生徒会はもう入れないし」

入る気もないくせに、と二人は心の中でシンクロする。

「幸村を通じて攻めりゃいいんじゃねーか?」
「『ゆっきー、俺たち生徒会長とも仲良くなりたいんだぁ〜』――とか?」
「…それかな」

やいやい話しながら、佐助はテキパキ片付けもしていく。
二人からの差し入れをテーブルに広げながら、テレビゲームなどを始める。

「さっけは良いお嫁さんになれるよ」

慶次がニコニコと佐助を褒めた。

「でっしょー!?聞いた?親ちゃん!養ってくれるなら、俺様親ちゃんに永久就職したげるよ?」
「おー、おりゃ幸せもんだな。んなデケェ嫁もらえてよ」

ゲームに熱中しながら、元親は適当にあしらう。

「そうそう、身体は丈夫だし気立ては良いし、家事も完璧!今が押さえどきの、優良物件!」

笑いながら、慶次が煽り立てる。

「そーだな…。――あ、来た来た!…っしゃあ、もー少し…っ」

元親は、すっかり画面に没頭していた。

――その背に、魔の手が忍び寄る。


「…し、これで…。――んぇぁっ!?」

どこから出たのかと思うような奇声が、元親の口から発せられた。

「っもう、色気ないんだから親ちゃんは」

振り向くと、ニタリと笑う佐助の顔。

「おっ、おっ前…!――あー!!」

テレビに、ゲームオーバーのテロップが流れる。

「あーあ、やられちゃった」

慶次が、パリパリとスナック菓子を口にしながら、

「何、どしたの?」
「…!……っ!」

元親は、顔をどんよりさせながら打ち震えている。

「どしたんだろね?俺様、風呂沸かしてくる。二人とも泊まるでしょ?」
「ありがと、そのつもりで来た!あ、元親に新品のパンツやってくれる?」

猿飛宅は、そういう細かいところまで準備が良い。

「おっけー。あ、親ちゃん…それよか俺様のヤツの方が…?」

「新品で頼む!!!」

佐助は、上機嫌で部屋を出て行く。

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