変化3
『大好きだ』
『お前といるときが、一番落ち着く……』
(――もう言われちゃった)
佐助は、くふふ、と明らかに怪しい笑みをもらす。
遠い目で、放心したような表情になっては、先の笑いを浮かべたりと、見ている人間を不愉快にさせるには充分過ぎるほどの気持ち悪さ。
「…んだコイツ?さっきからニヤニヤと」
「とうとうイカれたか。ま、元からだけどな」
うんうん、何とでも言って?
そんなのどうとも思わないくらい、今の俺様の心は大海原!
さっきはちょっと取り乱して格好悪かったけど、旦那気付いてなかったし!
(あ〜……マジ幸せ……)
――佐助たちは、ついでだということで、安いファミリーレストランにて夕飯をとっていた。
真田家のマンションからずっとそんな調子の佐助を、全員かなり引いた目で見ていたが…
「相当良いことがあったらしいな。…幸村に、何か言われでもしたか?」
元就が、キラッと目を光らせ尋ねる。
「い〜え〜、何もー?」
と言いながら、顔は緩みっぱなし。
「Huーm……?」
政宗も疑いの眼を向けるが、
「…まあ、良いわ。ところで……聞いたのか?」
「え、何を?」
元就は呆れたように、
「お前、あれだけ言っておきながら…」
「……え、と…?――本気で思い出せない。何の話だっけ?」
「ったく。……慶次とのことだよ。観覧車で何してたのか、絶対聞くっつってたじゃねーか。慶次にゃ聞けなかったから、さっきお前てっきり…」
「――ああッ!!」
し、しまったぁッ!
「…その顔は、完全に忘れてたな」
佐助は慌てて取り繕うように、
「まっ、まあ…!旦那のあの様子じゃ、特に心配するようなことは起きてないみたいだし!」
「だと良いがな」
「……今度、必ず確認しとく……」
(…そうだ。慶ちゃんなんかは、特にダメだって言っとかないと)
――二人きりで言うの禁止令。
さっきいなかったから、慶ちゃんだけ外れたままだ…
「しかし良かったな。幸村、元に戻ってよ」
元親が、安堵の笑みとともにこぼした。
「Ha、本当は惜しいと思ってんじゃねぇか?」
「これからは、幸村の半径五メートル以内に近付くでない」
「……あー……そうだった。お前らどうシメようか、ずー…っと考えてたんだよ。昨日から」
バキボキと指を鳴らしながら二人を見る元親を、「まーまー」と佐助がなだめる。
「まず、あいつから――でしょ?…この後、暇な人?」
――全員の手が挙がる。
政宗が、いつものようにパーリィ云々連呼していたが、今夜は誰一人としてそれを小馬鹿にする者はいなかった。
――薄暗い古ぼけた一室……
学園の教室は、どこもメンテナンスが細かに行われているため、常に新しさを保っているのだが、ここだけはいくらやっても、すぐにまたレトロな雰囲気に戻ってしまう。
レトロというのもかなり良い風に言っているのであって、単に埃っぽく不気味なだけ。
中を開けると、生物標本はまだ良いとして――それらも、その数と種類は尋常ではないのだが――正体不明の生々しいホルマリン浸けや、これは本当に教材ですか、と尋ねたくなるような奇妙なものが、ひしめき合うが如く陳列されている。
部屋もさることながら、その主も近付きたくない人物であるので、掃除も放ったらかしにされ状態の結果がこうなのだ。
…ここは、生物準備室。
別名、『魔窟』
宿主である明智光秀が、部屋の鍵を開け、パソコンを起動させる。
最近よく使用しているファイルを開こうとすると――
…何故か、いつもの場所にない。
「……」
検索をかけてみるが、どこにも存在しない。…復元しようにも、痕跡がない。
バックアップは、自宅まで持ち帰っていなかった。
鍵付きの引き出しを開け、メモリを差し込む。
開くまで、引き出しの中を探っていると、
(……ない)
そこに入れてあった、チョコレートの箱がまるごと消えていた。
さらに、メモリの中のファイルも消えているのに、しばし呆然とする。
「――ダメですよ〜?教師がコソコソ、お菓子をつまみ食いだなんて〜」
「!」
パッと振り向くが、…誰もいない。
「生徒に、示しがつかないじゃないですか。…明智セーンセ?」
ニコッと笑い、棚の影から現れたのは…
「…おや、あなたは」
「一昨日はど〜も〜」
いかにも軽そうなヘラヘラ顔で、佐助が光秀に近付く。
「これは嬉しい。薬の効果を告げに来て下さったのですね?」
光秀は全く動じず、不敵な――というより、不吉な笑みをこぼす。
「あー……でも」
佐助は、引き出しを指し、
「もう、必要ないんじゃないですかぁ?」
「――不思議です。…部屋も引き出しも、きちんと鍵をかけておいたはずなのですが。鍵も、私だけが持って…」
「え〜!ホント、不思議っすねー?」
「データも消されていまして。…あの薬のことだけ」
「へ〜え。でも、別に良いんじゃありませーん?――てか、何であんなもん作ったわけ?ま、知りたくもないけど」
急に佐助は口調を変え、その表情には冷気が宿る。
「あんな危ねー薬は、今後一切作るんじゃねぇよ。他にも変なもん作ってんじゃねーかまでは調べらんなかったけど、とりあえずあの薬だけは潰させてもらったからな」
「学園のセキュリティもかいくぐって?…大したものですねえ」
「俺様ってば、実はすーっごく頭良いの。残念だったねぇ」
せせら笑うと、
「――ぬかせ。我の頭脳あってこそだったろう」
ドアが開き、元就初め、幸村以外の四人がゾロゾロ入って来た。
「…さぁー…て。どうしてくれよう……?」
全員、殺気は佐助に負けず劣らずである。
[ 82/83 ][*前へ] [次へ#]