変化2




「――……」



「?……佐助?」

「えっ…!?」


佐助は、突然額に当てられた幸村の手に、ギョッとなる。


「何っ?」


慌てて離れると、


「いや……熱でもあるのかと。顔が赤いので」



「――!!?」



(嘘だろぉぉぉぉッ!?)



「…大丈夫か?」

「だぁっ……!じょぶッ」


「え?」


「きき気にしないで…!!」


幸村は首を傾げていたが、どうやら熱はなさそうだとは納得してくれたようである。


「なら良いが…。――まあ、佐助がそう言うなら…元就殿たちへは、またの機会にするとしようか…」

一瞬、何の話かと佐助は目をしばたかせるが、そもそも何故自分がこんな状態に陥ったのかをすぐに思い出し、


「そっ、そうそう!俺様のいるときにね!うん!」

「分かった。――ところで、俺はあの後…」


「あ。…えっとね…」


――佐助は、観覧車の中で気分を崩して、貧血を起こしたらしいと説明しておいた。

小十郎に、車で迎えに来てもらったのだということも。


「…また、貧血か。鍛え方が足りぬのか…」

落ち込む幸村を、佐助や他の三人が上手くフォローする。

幸村が寝ていた間にことの顛末を聞いたかすがは、呆れつつも醜い争いにちょっと興味を引かれてはいたようだ。

時折、責めるような視線を佐助に向けるので、俺様何かしたかなぁ…?と、首をひねる彼だったが…


「…あの、慶次殿は…」

「ああ、ちょっと前までいたんだけどさ、どうしても帰らなきゃいけなくなったみたいで。心配してたから、メールしといたげて」

「分かった」


――幸村が小十郎に礼の電話を入れた後、佐助たちは真田家から立ち去った。


「ご飯、すぐにできるからな」

かすがが、キッチンから声をかける。


「すまぬな」

そのままケータイを開き、慶次へのメールを作ろうとするが、


「……」


やめて、電話をかけることにした。

――呼び出し音は、すぐに止み、


『もしもし!幸ッ?』

「慶次殿、あの――」

『良かった、気が付いたんだ!大丈夫!?』

「あ、はい。すみませぬ、某、迷惑をおかけして…」

『んなの気にすんなって!はぁ……ホッとした――』


「慶次殿…」


幸村は、その言葉に胸が温まる思いに包まれる。


「あの……今日は、楽しかった……でござる」

『うん、そ……――』

しかし、慶次はそのまま絶句した。


「…慶次殿?」


「――幸村」

かすがが、ちょっと良いか?という風に、

「電話、慶次だろ?…メールを見ろって言ってくれる?猿飛からのが、届いてるはずだって」

「…?ああ、分かった。――あの、慶次殿?」


幸村が、かすがの言葉を伝えると、しばらくしてから、


『ごめん、お待たせ。――そっか…』

「え?」


『あ、いや。……うん、楽しかったよな、今日』

「はい!…ですが、情けのうござる。またも貧血などと…」

『いやいや、昨日相当体力消費したのにさ、今日も俺らがすっげー引っ張り回したから』

「そのような…」


そのとき、向こう側で慶次を呼ぶ声が聞こえ、


「あ、すみませぬ!お忙しくて帰られたと聞いておりましたのに…!」

『全然。こっちのが大事だし』

「あ、しかし…」


慶次は苦笑し、

『とか言って、先に帰ったくせにな。――ま、明日学園でまたな。わざわざ電話くれて、ありがと』

「はい……」

『ん?何か、聞きたいこと?』

「え…」


(何も言っていないのに、何故…)


だが幸村は、「いえ、何も…っ。…では、また明日――」


『うん。…おやすみ』

「おやすみなさい……」


通話を切り、息をついた。





……聞けなかった。――あの言葉の、意味。



(何故…)



慶次の、あの辛そうな顔を思い浮かべる。
あれを、いつかどこかで目にしたような――


体調のせいなのか、体育祭の後からの記憶がどうしてか霞み、まるで何日も寝ていたかのような感覚に見舞われていた。

夢を見ていたのではないかと初めは思ったが、皆もいて今日は月曜の夜なのだから、間違いはないはずである。

だが、慶次とどうしてあんな話をしたのかをよく思い出せないのは、不思議だった。
つい、先ほどのことだというのに。

さらに、元親との話を思い返そうとすると、ところどころで胸がチクチク痛む。

それは、初めてのことでもないような気もするのだが、これまでの人生でそんな痛みを感じた覚えはない…。


(……だが、あのときの……)


夏休みに溺れた際、慶次の腕に包まれたとき。

…あのときに感じたものに、似ている……ような気も。


(…何なのだろう、これは)


慶次と、元親の顔を頭に映し出す。


――やはり、分からない。一体、二人がどうして……。


二人とも優しい、自分の大事な友達。嫌悪している部分など、一つもない。なのに――。



「美味そうだな!ありがとう」


気分を一新するかのように、幸村はニッコリ笑い、出された夕飯を食べ始めた。

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