運命の七日間(後)-2
“──佐助殿が読んで下さっておるなら、あれは現実だったのでしょう。日曜を過ぎても何もなければ、直接話すつもりなので。
某がすぐに思い立ったのは、ここへの引っ越しです。最後に、あなたと親しくしたかった。今日(金曜)に筆を取ったのは、実家で家族に参った後、土日は終日あなたと離れまいと、勝手に決めたゆえにて。自分の願望のためだけに…この手紙で、佐助殿をどんなに苦しめるか分かりながら。
一年半前にあなたを見かけたときから、密かに窺っておりました。某、子供の頃から夢に頻繁に出てくる少年に憧れており、佐助殿がその彼に似ていたのです。
つけ回す内にあなたの会社の方に目をつけられ、…そのせいです、あなたの過去を彼が調べ、以前の職場と同じ目に遭われたのは。本当にごめんなさい。それで、もう迷惑をかけまいと諦めておったのですが。
家族を亡くした後、フッと思い出せて。やはり、あの彼はあなただと。幼い頃、親戚の家に行った際に、遊んで頂いたことを。
ゆえに、この数日は本当に嬉しくて、いつでも逝けると思いました。感謝が尽きませぬ。
見知らぬ振りをし、
手紙の最後に告げる卑怯者で、申し訳ござらぬ。そのとき、同時に思い出しました。
十五年前、俺はあなたの家の仏壇でそれを初めて触り、驚き、慌てて放った。そして怖くなり、逃げた。
あなたのご両親を死なせた火事と、あなたを孤独にした原因は、己だったのです──…
「………」
「後悔……されましたか…?自殺をやめ、彼に会い、真実を知って…」
鶴姫が、静かな口調で尋ねる。
が、佐助はクックッと笑い始め、
「なるほどね……アンタの目的は、そっちだったんだ」
「……」
「まんまと騙されたよ。アンタにも、あいつにも…」
はーあ、と納めると、
「あれは、操られてたんじゃない──ってことは、俺様の願いは、まだ起こってないわけだよな?」
「…はい。実は」
「じゃ、変更させて。それくらい利くよねぇ?こんなに『不遇な』魂なんだしさ。…あと……」
変わっていく鶴姫の表情に、『あぁ、やっぱりな』と佐助は確信した。
(まさか、土曜から倒れるのだったとは…)
幸村は暗い空間で、古い映画のような白黒の映像を眺めていた。そこには病室が映し出され、友人や到着した親戚らが、自分を見守ってくれている。
佐助は、茫然と病室から去っていった。…が、良かった。行き届いたサービスだとは思うが、せっかく出来た心の整理が乱れてしまう。
「──幸村」
「……!?」
これも、サービスの一環なのだろうか?突然現れた佐助の姿に、幸村は声を失った。
佐助は苦笑すると、
「この言い方で良いのか分かんないけど、夢じゃないよ。…ひどいなぁ、知らん振りしてたなんて」
「…っ、…」
「こっちも忘れてたから、そう言えないんだけどさ……でも、俺様も思い出したから」
「え…!」
幸村は驚きの目になるが、すぐにそれを伏せる。自分には、喜ぶ権利などないのだ。
「…騙されてたお返しに、ちょっと焦らすつもりだったのに」
「え…?」
今にも泣きそうなそれに負け、佐助は情けない顔で笑み、
「話の前に、これを観て」
彼が言うや否や、映像が別のものに切り替わった。
それは、佐助と幸村の幼き日の姿。
親戚には同じ年頃の子供がおらず、弟妹もまだ赤ん坊だったので、幸村は近所の子供らに遊んでもらっていた。その中に佐助がいて、歳は違えど波長が合うというのか…幸村は、彼と一緒にいるのが一番好きだった。
──ドキドキしながら、マッチの箱を手にする。…一本取り出し、擦る真似。
以前見た、父親がマッチを擦る姿が格好良かったのを思い出し…
『シュッ』
「…ぁっ!」
力加減を誤ってしまい、マッチの先に火が灯った。
ぶぁっと燃えるそれに硬直し、幸村は恐怖に見舞われる。どうしよう、このままでは指が焼けてしまう、早く放さないと、
「こら!」
「ひッ」
「駄目じゃないか、そんな物で遊んで!」
佐助の父親が急ぎ幸村から奪い、火を消した。渋い顔で幸村に向き直るが、
「あぁ、ごめんな…大きい声出して。こんなとこに置いといた、おじさん達が悪いんだけど」
危ないからね。さっき、怖かっただろう?
彼はもう柔和な顔付きで諭すのだが、幸村は咎められたことへの恥じらいなどで、顔を上げられなかった。
───────………
「あれ、俺様陰で見てたんだよね。幸村がすごい落ち込んでたから、わざと知らない振りしてさ。で、相当ヘコんだみたいで、アンタは次の日遊びに来なかった…」
火事が起きたのは、その夜のことだ。
ショックが重なったせいで記憶が歪み、また捏造した自分の罪に耐えられず、脳が忘却させたのだろう、と。
「そんな…」
「アンタがもうすぐ死ぬから嘘を言ってる、んじゃないからね」
「──では…」
「火元は原因不明になってるけど、あれは本当に事故だったんだよ。最初は、心中じゃないかとも言われてたけど」
な……
新聞にはなかった話に、幸村は目を見張る。
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