運命の七日間(前)-2






「ご気分は…?」

「──…」


気が付くと、見たこともない綺麗な顔に覗かれていた。…と思いきや、よく頭を覚ましてみれば、先ほどの彼ではないか。

自分は再びベッドで横になり、そして何故彼がこの部屋にいる?

「思うに、貧血ではないかと…」

「──あぁ…」
「顔が白いと思っておったのです。食事の方は?」
「…そういや、土曜の晩から食べてない」
「なんと!」
「っ?」

彼は大仰に叫び、佐助の心臓を飛び上がらす。

「いけませんぞ、そのような…しばしお待ちを!」
「え…」

唖然とする内に彼は部屋を出ていき、すぐに駆け戻ってくると、

「今はこれしかありませぬが、さぁ!」
「……」
「納豆はお嫌いで!?」
「いや、別に…」
「では!某味噌汁作って参りますので、食べていて下されっ」

と、また突風のごとく出ていった。


(納豆って…、あぁもう)


ご飯にかけられたそれを箸に取ろうとするが、なかなかに難しい。昔はよく食べていたが、もう十年以上はご無沙汰だ。父親が好物で、母親は臭いが嫌だと文句を言いながら…


(…こんな旨かったっけ?)


物を食べると、唾液が湧く。そんな当たり前のことも、最近は感じられなくなっていた気がする。

旨い。止まらない。
どうしよう、早くしないとさっきの彼が戻ってくる。


「お待たせして──」

再び現れた彼は、空いた茶碗と佐助を見て少し止まった。
それまでの勢いを静め、「どうぞ…」と味噌汁の椀を渡す。

受け取った佐助は頭を下げてそれを口にし、一息吐く。…恐らく、自分が作った物の方が断然『味噌汁』だ。が、味噌汁をここまで旨いと思えたのも、初めてだった。

というより、食べ物とはこんなに味のするものだったか?


「あの……某、真田幸村と申しまする」

と彼──幸村は、佐助にそれを手渡しながら告げた。

「俺は、猿飛佐助…」
「猿飛殿…大丈夫で?」

「…うん」

佐助は受け取ったティッシュを何枚か取り、目元と鼻に当てる。体調のせいだと察してくれただろう、それ以外に納豆で泣く理由などあるものか。

名乗りたくはなかったが、彼は本当に自分の名に心当たりはないようだ。親戚があの会社だというので、てっきり知っているものと思ったが。


(……顔、見れないんだけど…)


両親を亡くして以来、こんな風に暖かくされたことはなかった。色んな気持ちが胸に押し寄せ、佐助の動悸は速くなっていく。

最初に見たときも思った。何てまぶしくて、気力にあふれた人だろう。こんなにも優しくて、しかも、


「すみませぬ、図々しく上がり込み……実は、もう火曜の朝でして」

「そう…なんだ……まぁ、俺仕事ないから。…じゃ、あれからずっと?」
「某も、今夏休みですので」

「そっか…ありがとう、お世話になって」
「い、いえ」


(……はぁ…)


佐助の涙を、気遣っているらしい。幸村は目を伏せ、焦りからか頬がうっすら染まっていた。

──佐助はマセた子供で、初恋は保育園の先生だった。
先に述べたように、両親を失ってからは…恋愛にまで回るわけもない。

驚くほど可愛い外見だが、彼はどう考えても男だ。…しかし、その高鳴りは、あのときを遥かに超えていた。


『…最後に味わえて良かったな』


涙を拭うと幸村によく礼を言い、その日はずっと眠った佐助だった。





恋に落ちた火曜日














翌朝はすっきり晴れていて、いつもならウンザリするが、不思議と窓を開ける気になった。


(洗濯物…)


アパートにはベランダなど存在しない、だが干し器を下げる場所くらいはあって、隣のそこでは、既に衣類がパタパタと泳いでいた。

たったそれだけでボロアパートが、周りの景観が、明るく新鮮なものに見える。
佐助は(一応付いている)シャワーを浴び、身なりを整えると、外に出た。









(あれって…)


しばらくぶらついた後休んでいると、公園のグラウンドに幸村の姿を見付けた。──フェンス近くまで行き、目で追う。
引っ越しの際に来ていた友人らと、テニスやバドミントンをして遊んでいた。

自分の目がおかしいのだろうか、幸村の周りだけ色が違って見える。友人らもそれぞれ整った風貌で、スポーツの腕は見事であるし、明るく快活なのだが。


(…ストーカーか)


自分を知る者にこんな姿を見られたら、何と言われるか。
佐助は自戒し、その場を離れることにする。


──あ…


踵を返そうとしたとき、友人から離れた幸村が、たまたまこちらを見た。
佐助は焦り固まるが、彼は少し目を広げると、見間違いでなくニッコリ笑い、


(…手……)


振ってる…──自分に?

一昨日のように、佐助の頭は真っ白になった。なのに片手は勝手に上がり、軽く揺れている。

幸村は嬉しそうに(見えた)会釈し、仲間の方へと戻っていった。



───────………




「……はぁっ…、はぁ…ッ!」

その後、佐助はアパートまで走って帰った。
初めは俯き歩いていたのだが、段々と歩みが速くなり、最後は上を向いて全速力で。

日頃の栄養不足のせいで足はガクガク、息も絶え絶え。また貧血を起こしかねない。


「はぁ、あぁぁ……」


(……あっつ…)


こんなに汗をかいたのは、本当に久し振りだ。あの姿を思い出すと、身震いが起こる……のに、また汗が吹き出た。


──佐助はまたもシャワーを浴び、何かの折に買ったレトルトのカレーを夕食に食べた。

それもまた納豆のように特別美味に感じ、この日も早々に就寝したのだった。





目があった水曜日






‐2013.6.5 up‐

お題は、【biondino】様より拝借・感謝^^

よくありそうなネタですね〜、すいません; 一週間お題は曜日につき何種類かあり、複数使用で佐幸の狂愛系を…と考えてましたが、自分には難しかったようで。長い間何度も考えてはくじけてて、今回ようやく希望が。

明るめに終わらせるつもりです。良かったら、次回もご覧下さい。

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