それが君のためならば


小太幸、特殊パロ。官兵衛少し

※暴行描写(生々しさゼロ)、流血も少々。幸村が酷い目に。でも非バッドエンド。甘切?稚拙ファンタジー;

コタ、激捏造













──緑深い、或る森。


大小様々な動物が住み、妖や精霊などといった者たちまで。人間は、数人が入口の方に足を踏み入れるのみ。

そこに、彼はいた。
見た目は人間の青年のようだが、苗木が大樹になるまでの齢を重ねている。

昔は、人とも接した。──が、ここ長い間は皆無。動物たちと話すには言葉など要らぬので、彼はもう、その紡ぎ方を忘れていた。

喉から出るのは、自然界の音ばかり。



(…また…)


いくつかの昼夜を過ぎるごとに、人間がやって来る。そのほとんどが、夜だ。

初めは、動物たちと同じく雌雄の交わりだと思った。…だが、どうもそうではない。
朝になれば、必ず雌が息絶えている。子を産んだようにも見えぬし、何の意味があるのか解らなかった。

幾度も死骸を拾う内、これは喰われているのだ、との結論に達する。

外の肉は残すが、中を吸い上げでもしているのだろう。雄は、雌の躯に噛み付いているようであるし。下を刺すのは、そこからも摂るためなのだと思われる。
人間のそれにそういう力もあるとは、知らなかったが。

交でないと決定付けたのは、雌だけでなく雄や子供も時折混じるからだった。
彼らが酷く啼くのは、断末魔の叫びなのだ、恐らく。

死骸を洗い、これを好物とする妖の元へ運ぶ。それも、彼──小太郎の、仕事の一つだった。


(………)


耳を澄ましてみると、今晩の餌は少しも啼かない。
少々驚いたが、既に生きてはいないということかと思い、夜が明けるのを待った。









陽の光がいくつもの細い線を描き、射し込むその場所。

早朝、小太郎はそこへ足を運び、転がった死骸を抱える。
川に浸け清め、妖に渡しに行こうとしたのだが、


(生き、て…?)


驚いたことに、それは息があった。雌でなく雄で、まだ幼い。

初めての事態に躊躇したが、死肉でなければ、持って行くだけ無駄だ。
とりあえず、弱っているのは顕著。小太郎は、その辺の草から薬を作り、傷に塗ろうとした。
すると、それが目を覚まし、


「ぅ…あああああ!!」

と絶叫し、小太郎から逃れた。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!寄るな寄るな!触るな!やめろ──」


泣きじゃくりながら、身を丸める。
…昨晩は、少しも啼いていなかったのに。

また喰われると、怯えているようだ。──小太郎は、周りの小動物たちに薬を渡した。


「ぇ……」

栗鼠や野兎たちが寄ると、彼はゆっくり顔を覗かせた。
薬を手にし、離れた場所でそれ以上は近付かない小太郎へ、初めて視線を向ける。


(…綺麗な目…)


久方振りに、明るい場所で生きた人の瞳を見た。

彼は、おずおずと身体の傷に薬を塗っていく。
最も酷いそこへ塗る際、顔に血を集め小太郎を窺うので、大きくて穏やかな動物たちを、彼の周りに増やした。

見られたくない、と言った気がしたので。


それから夕方になるまで、動物の毛に沈み、彼は眠った。
その間に森の果実や木の実を集め、傍に置く。…ふっと覚めたとき素直に食べてくれ、また眠る。

それを数度繰り返したある日、彼が小太郎の傍に立った。


「助けて下さり、ありがとうございました…」

膝を着き、深々と頭を下げた。

傷は、完全には癒えていない。
また動物たちを使い、誘うように森の奥を示してみると、今度は大人しくついて来る。

簡素な館に着くと、寝床へ案内した。


──彼は『幸村』と名乗り、ようやく解れた顔を見せてくれた。












「あ、お帰りなさいませ!」

館に入ると、幸村が小太郎を出迎えた。
掃除でもしていたようで、少し額に汗が滲んでいる。


(まだ、そんなに動いては…)

あせあせと、小太郎は寝床を指すのだが、


「もう平気でござる!それに、一人では退屈で…。小太郎殿の手伝いを、しとうございまする」

と、幸村は明るく言う。


──あれから、また数日が経っていた。

幸村は、小太郎が無害であることを解したらしく、今度は恩に報いろうと、日々必死である。
『小太郎』の名は、ずっと昔に名付けてくれた人間が記したものを見せ、伝えた。
初めて会ったときより随分元気が良くなり、これが彼の本来の姿だと分かるには、そう時間はかからなかった。

書物には文字が載っていないが、読める者には読める。
幸村は読める側の人間だったようで、療養中に貪るが如く目を通していた。

この森の歴史や、動物や妖たちについて。
小太郎もその類いで、どのような生態であるのかなども、理解したと見える。


「あ、すみませぬ…」

汗を拭いてやると、幸村がすまなそうに微笑む。
小太郎は、彼の笑う顔にとても惹かれていた。──それと、その双眸にも。

人と接するのは、こんなにも温かく嬉しいことだっただろうか?…言葉を声にする方法を忘れたのを、初めて残念に思った。


「小太郎殿、また音を聴かせて下され」

幸村が、期待に満ちた顔付きで請う。

小太郎が鳴らすことのできる、自然の音。
風や木々のざわめきなど、館の中にいても耳に入るのに、幸村はいつも彼の口から欲する。
しかし、本当に幸せそうに味わってくれるので、小太郎も嬉しくてたまらなかった。


幸村が笑うと、嬉しくて苦しい。


数度は悪夢にうなされていたが、小太郎の手を握ると、安心したように眠った。
それが初めての触れ合いで、幸村は次の日から彼の隣で寝るようになる。

それからは一度も夜中に嘆くこともなくなり、動物に対してするよう擦り寄って来た。
小太郎も、春の陽の暖かさに微睡むような、離れがたい心地好さに囚われ続けていた。


「某、ずっとここで暮らしとうござる…。ですが、人は許されませぬでしょうか?」

寝床の中で、目を潤ませ尋ねてくる。

…前例がないので、分からない。
人間には彼らの土地で会っていたので、そもそもあるはずもなく。

しかし、小太郎はひどく嬉しかった。


「──…」
「えっ…!?」

幸村が、驚いた顔で小太郎を見る。

どうしたのだろう、と窺えば、

「小太郎殿、今声が──某の名を、呼ばれ…」

「……!?」

まさか、ともう一度彼を心で呼んだ。




「……幸村……」



──本当だった。

茫然とする中、幸村のこれまでにない笑顔に、戸惑いは消える。

彼が望むなら、いつまででも居れば良い、と思った。
そして、望んでいるのは彼だけではない、ということも分かっていた。


「某も、小太郎殿のように永く在れたら良いのに…」

書物にて、彼の寿命の果てしなさを知った幸村。

悲しそうな顔は、自分もひたすら哀しい…小太郎は、そうも感じていた。












(…来た…)


以前は眠りもしなかったので、大分遅れて、その声に気が付いた。

…人間たちの喰事の夜。


幸村を起こさぬよう寝床を出ようとすると、


(え…)


──彼の姿が、ない。

館の中に気配がないのを悟り、慌てて外へ出る。

聴こえてくる声に青ざめ、小太郎は瞬時に姿を消した。









「幸村!」

「小太郎、どの──」

雄の人間が幸村を地に捩じ伏せ、武器を向けていた。
既に明け方が近く、餌の雌は、亡骸と化し横たわっている。

小太郎の中に、恐怖という初めての感情が湧き、常人には到底追えぬ速さで動く。

人間の手からそれを奪い、


「小太郎殿、なりませぬ…!」


幸村の言葉は、為された後にしか響かなかった。…つまりは、それほどの鋭敏さにて。

血飛沫を上げ、人間は声もなく倒れる。
鮮血に染まる小太郎を、幸村は苦痛に歪む顔で見上げた。


「何故…!某が、殺すはずだったのに!屈辱を晴らし、殺された肉親の敵をとるため…!」

両の瞳からは、涙が溢れていく。

「貴方様は、神聖な存在──人を殺めれば、無くなる、と…書物に…」

悲しみの重きが明らかにこちらであることが分かり、小太郎は思わず笑んだ。


「何、を、…笑って…」
「──幸村…?」

様子がおかしい、と思ったとき、彼が腹を押さえていることに気が付く。

指の間から漏れる、赤…


「幸、村…!」


薬を所持していない。
今から作るのでは、間に合わない。
それに、見たこともない深い傷。…どくどくと、温かい血が流れていく。


(駄目だ…駄目だ駄目だ、こんな…!)


どうすれば。だが、どうしようもできない。
ああ、嫌だ、それだけは嫌だ!!



「……泣か……で…。また、聴か…せ…、呼ん、…で…」


幸村が、小太郎の頬に手を当てる。

顔が、どんどん白くなっていく。



「幸村、…幸村…っ!」


暗く閉ざされる前に、張り裂けるような叫びを聴いた気がした。













「──お目覚め、だな」

「…ここは…」


あの世にしては、少し…


「こんなむさ苦しい神様なんざ、おらんだろう?お前さん、助かったんだよ」


(まさか)


幸村は目を見開くが、


「小生はな、森近くに棲む医者さ。たまたま、森の端で薬草を採ってたんだ」

「何と…!それは…ありがとうございまする。…あの…」

小太郎は、と言いかけると、

「礼なら、小生よりも先にしなきゃならん奴がいるぞ」
「え…」

部屋の扉が開き、人間の着物を着た小太郎が現れた。


「小太郎殿!」


これは夢だろうか、と幸村は息を飲んだ。
小太郎が手にかけたあの男は、確かに死んでいたはずだ。


「驚いたな。小生にも読ませてくれたよ、本を。昔話には聞いたことがあるが、まさか本当にいたんだとはねぇ」

「えっ──」

「人を殺めても、死ぬわけじゃないようだぞ。ただ、寿命が大幅に削られんだと。この『お方』は相当な爺様らしいんで、あと百年にも満たない程度じゃないか?」

「そんな…」

幸村は俯き、「申し訳ござらぬ、小太郎殿…」

小太郎は彼に近付き、その手を握った。

髪に隠れて、その目は見えない。だが、何よりも温かな色をしているのが、ありありと分かる。

口元の微笑も、どんなものより優しかった。


「お前さんのことを、とことん大事にしてるみたいだな。泣きながら、お前さん抱えて…」

その言葉に、幸村の目頭と胸が熱くなる。



「小太郎殿、名を呼んで下され…」

「………」

しかし、小太郎は謝るように、首を振った。


(小太郎殿…?)


「──悪いな。そいつのまでは治してやれなかった」
「え?」

「彼は、もう音を鳴らすことは出来んよ」


(な、)


愕然とする幸村に、小太郎は首を振り続ける。
何でもないことだ、と示すかのように。


「潰れたんだ、…叫びを上げ過ぎて」

しかし、医者はこうも言った。

「嘆きだけじゃなく、救いを求める言葉と声だったよ。森の外にまで聴こえるほどのな。だから…」

が、そこで言葉を切る。

ボロボロと目から水を零し、小太郎の手を強く握り返す、幸村の姿に。

──医者は、静かに部屋を出て行った。


「すみませぬ……すみませぬ、小太郎殿…!」

謝る幸村の身体を、小太郎は優しく抱き寄せる。

音を失おうと寿命が減ろうと、その腕は、以前と何ら変わらない。



『これで、ずっと一緒にいられる…』


そう聞こえた気がし、幸村は顔を上げる。

向けられた柔らかな笑みに、幻聴への疑いは消失した──





それが君のためならば

(こんな僕でも君がすき)







‐2011.12.18 up‐

お題は両方【biondino】様^^

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