真夜中サーカス2






「……ッ!」

ビクッと身体が震え、目を覚ますと、


「すみませぬ、少々興が過ぎたようで…」



(天使……?)


申し訳なさそうにVを覗いていたのは、それに違わぬ真っ白な衣装に、背中には羽根の飾りを付けた子供だった。見たところ、十か少し越えたくらいの年頃の。
一瞬あの世かとも思えたが、これもハロウィンの衣装なのだろう。

舞台ではあの七人が輪を作っており、囲まれたAは五体満足無事である。
間もなく緞帳が下がり、彼らの姿と声は消えてしまった。


「彼らはどこへ?」
「余興を気に入ってもらえたらしく、別室にて楽しんで頂くのだと…」
「君は?君も何か…?」

「いえ、残念ながら某は何も」

天使はにこりと笑い、「ゆえに、遊んで下され」


「──…」

その笑みに、Vの胸は掴まれた。

衣装のせいか、そしてまだ子供のせいもあるのか、性別がぼやけて見える。
普段なら、こんな幼い少女に興味など一切も湧かないのだが、少年という事実がそう見せるのか、何か不思議な魅力が感じられた。

知らぬ内に、衣装の下から伸びる白タイツの脚に目が行き、Vは急ぎ逸らす。


「…な、にして、遊ぼうか」
「と言っても、遊具もゲームもないのですがな。…良ければ、某たちのお話を聞いて頂けまするか?」

「ああ、それで良いよ」と頷けば、天使はまた微笑んで頭を下げた。


「彼らは某より二つ三つ歳上の幼なじみでしてな、幼い時分より憧れの存在でござる。某を弟のように可愛がってくれ…皆頭も運動神経も良く、正義感にも溢れている。それで、『自警団』の活動をしており、その活躍振りは本当に眩しくて…」

彼は、うっとりとした表情で語り始めた。
それにVは見惚れ、あの七人に羨望の思いを抱く。


「…ですが、ある理由から、活動は断たれてしまったのです」

街では老人宅を狙った窃盗・強盗事件が相次いでいて、彼らはその犯人を見極めたのだという。だが信じられないことに、それは周囲からの信頼があつい仕事の人間で、確固とした証拠なしには子供は立ち向かえない──そう判断した彼らは、犯人をある場所に呼び出した。電話では、『証拠も持って行く、一度話をしたい』…と嘘をつき。

自首を促し、説得するためだった。



「頭が悪いと笑われまするか?…何分子供ゆえ、疑う心もそこまで備わっておりませんでな。犯人は、呼び出された場所に仕掛けをし、外から鍵を掛けて立ち去りました。──残された密室内には火が回り、逃げられる穴一つない……もう、随分前の話になりまする」


「………」

Vは茫然とするが、「だけど、助かった…?」

現に、彼らはああして『いた』のだから。
…が、あの異様な雰囲気は未だ引っ掛かる。もしや、本当に…

天使は、笑むばかりで答えない。


「君は…?君も、彼らと一緒に?」

「肉体を失っても、思いは消えませんでした。なかなか見上げた根性でござろう?そして、ようやく見付けるに到った。彼らを……某たちの刻を止めた人物を」



(…まさか、彼が)


Vは緞帳に視線をやるが、不気味なほどの静寂が返るだけだ。



「──いいえ、違いまする。…まだ思い出されませぬか」

天使の笑みが消えた。

急に冷えた空気が首筋を撫で、Vはゾッと肝を縮める。


「…何の話を、」
「火を放ったのは、あなたであろう。あの年の、十月末の日…」

彼にジッと見つめられ、Vは固まり逃れられなくなる。…彼が何もできないというのは、真っ赤な嘘だ。これが、彼の能力に違いない。

天の使いらしく、その目の前では何一つ隠蔽するのは不可能──


Vは唸り俯き、


「…まさか、子供だったなんて……それも、複数いただなんて思いもしなかった。声はしゃがれた男のものだったし、私が最も忌み嫌う老人だと…」
「子供だとバレれば、計画は台無しでございまする」

「……」

冷静な声に、Vは沈黙する。

これは、復讐劇だったのだ。
Aは、サクラなのだろう。見せつけて恐怖を煽り、『次はお前の番だ』と。


「ハロウィン祭の後、このままの格好であの場所に行きました。脅かしてやろうという悪戯心もありましてな。某は同行を拒否されましたが、我儘を申して仲間に入れて頂いた」

「…ッ!?」

そこで、突然劇場は違う空間に変わる。

倉庫のような場所で、備品らしき物は何もない。
十数年前に、Vが片付けたのと全くの同様に。

部屋の隅から、火の手が上がった。


「あの、小さな窓……大人でも登ることは不可能。しかし、八人いたので辿り着けた。ですが、抜け出られたのは小さかった某だけ…」
「…っ!じゃあ、君は逃げて…!?…ゴホッ」

火も煙も本物だ。
Vは鼻と口を覆い、目を滲ませる。

こんな状況であるのに、彼が燃えなかったことに安堵を抱いていた。


「某は必死で駆けた。彼らを助ける、それだけを胸に。そして、幸運にもすぐ人に出会えたのでござる」


それが、Aだったのだ──彼は、感情のない声色で呟いた。



「……しかし、某の刻は彼により止められ申した。彼は何も聞いてくれず、ただただ笑って某を陵辱した。目の端に、赤い火が見えた…」



…無念でござる。

何をされても良い、彼らをあそこから出してくれさえすれば、某は何でも言うことを聞きましたのに。

そう泣き叫んでも、どれ一つ聞き入れられなかった。




「あ……ぐ、ぅ……」

苦しげに喉を押さえ、ドッと倒れるVの身体。その目からは、涙が流れていた。
それが何の理由であろうと、天使には興味がない。


「彼らは、あなたへの憎しみはほとんど忘れている。ですが、某は違う。原因を作ったのはあなたでござる。…しかし、某は彼らと違い、何度も繰り返し与え、また趣向も変えていけるような、器用さは持ち合わせておりませぬので…」



──これにて、おさらばでござる。


幕は閉じられた。



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