優しいあなた



三+吉が主で、三幸風味。幸村も登場。学生〜社会人くらい。ちょい病み

死ネタ的描写あり。薄暗・哀切・微々甘・オチが妙・無理やり。場面切り替え多し














嫌な夢を見た。


朝になっても、彼が目を覚まさない。


翌朝も、その翌朝も。


彼は、まだ起きない。



…嗚呼、何て嫌な夢──…













(刑部…?)


目が覚めてみると、家には三成一人しかいなかった。
吉継は重い病を患っており、車椅子の生活。幼い頃からそうで、三成は、学校以外はずっと彼に付きっきりであった。

できるだけ対等の立場でいたいと言う吉継の意思を尊重し、「介護」という形では接していない。なので、彼が一人で外出するのは、特に珍しいことではないのだが。


「刑部ッ!」
「…三成」

玄関先で気配がし開けてみると、吉継が少し驚きの声色で応える。

「どこへ行っていた?」
「病院へ、薬と…包帯を替えてもらいにな。よく寝ておったので、声をかけずに出たのよ」

吉継の病は、皮膚をも冒す。身体は服で隠せるが、晒される顔や腕は、常にそれを巻いて保護していた。

包帯替えも、昔は三成の前でしたこともあったが、近年はほとんど病院で済ませているようだ。…恐らくは、見せたくないと思うまでに、広がっているのだろう。

三成は、そんなもの少しも気にしないのであるが、彼が嫌がることを無理に押し付ける必要はない。
ただひたすらに、彼が長く在ることだけを、毎朝毎晩いつ何時も願い思う。


「寝過ごして悪かった。…だが次からは、無理にでも起こして声をかけてくれ」
「──あい、分かった…」

三成の思いが伝わったのか、久し振りの笑みと、穏やかな声が返ってくる。

彼が帰ったのがようやく実感でき、三成は肩の力を抜いていった。











手の甲に伝わる静かな呼吸と、その温かさ。

かすかに息をつき、手を戻す。


「そう何度も確かめずとも」
「──起きていたのか」

苦笑する姿に、三成は自身の行動を戒めた。

「今日は気分が良い。晴れ、…か」
「外へ出てみるか?少しだけでも」
「珍しい…雨にならねば良いが」

それを聞き、彼だけでなく三成の口元も思わず緩む。

外へ出て、ポツリポツリと昔話に花を咲かせた。
気分が良いのは本当だったようで、吉継は随分楽しげに笑う。
それを三成が嬉しく思いながらも、一抹の不安を漏らしてしまっていたのか、

「ぬしを残しては逝かぬよ、三成」
「──…」

「昨日もな、『落ち着いているようです』と、医者に褒められたのよ?」

戸惑いの目を向ける三成に、「嘘ではない」と苦笑し、

「ぬしを一人には、決してせぬ。無様な姿を晒し、ぬしに頼らねば生きていけぬ厄介者にしか過ぎぬが…」
「──刑部」

それ以上言えば…と、鋭い眼光を見せる彼に、吉継の笑みからは苦みが消えた。


「こんな己でも、ぬしを生かしておける存在になり得るのであればな。…逝くに逝けぬわ」

「刑部…」

三成の穏やかな表情に、吉継も似たものを浮かべる。

それからの日々、天気が良い日には二人で外出し、様々な会話を交わした。…昔話だけでなく、これからのことまで。

体調も、たかが日光浴でも侮れぬ力があるのか、その安定を長く保ち続けていた。


吉継が笑み、三成の表情と心がほぐれる。

これまで過ごしてきた中で最も穏やかな時間が、ゆるゆると流れていった。



…………………………




「昔、私が唯一好んでいた『あれ』だが…」
「うん?」

「また目にしたいと思ってな。…良いか?」
「──…」

吉継の戸惑いに、三成は珍しくも微笑を浮かべ、

「すぐでなくとも構わない。だが、どうしても見たくなったのだ。お前の、あれを…」
「………」

吉継は、その微笑みに促されるように、


「分かった──」

頷き、だが「久しいので、何日か待ってくれるか」と、苦笑いも返したのだった。














(どこだ……っ)


焦燥に、息が切れる。
部屋は、空き巣にでも入られたかのように、全てが引っくり返されていた。

先日の三成の顔が浮かび、焦りに胸が早鐘を打つ。

早く見付けなければ。




「刑部」
「ッ!み、つ…ッ」

──今日は、帰りは夜になると言っていたのに。

物音も立てず部屋にいた彼に、吉継はギクリと身体を揺らした。

「何か探し物か?」
「…あ、ああ……先ほど見付かった…」

「そうか」

三成は軽く応じ、床に散らばった物を拾い集めるが、


「大変だっただろう。…『無いもの』の手がかりを探し出すのは」

「───」

車椅子の上で硬直する彼に、三成は目もやらず、部屋の片付けを黙々と続けた。


「どうした?いつもは、物に触れられるのを厭うだろう?」
「あ…」

普段と変わらぬ彼と先の台詞とが混乱を招き、吉継は返事に詰まる。

三成が、吉継の頭へ静かに指を持っていくと、

「三成…っ、やめぬか!」
「……」

包帯をほどく手を止めようとするが、三成は片手でそれを拒み、器用にももう一方で成していく。

「見るな…!」との叫びとともに、吉継は顔を隠した。


下から豊かな髪が現れ、パラパラと肩に流れる。──露になった頬の皮は、爛れ一つ存在しない。

怯えの色を宿し揺れる、両の瞳。


…全くの、別人であった。




「私が気付かないとでも思っていたのか。…あの日から、何の目的か見極めるため、黙ってやり過ごしていたが…」
「…そんな……」

吉継ではない彼は、呆然と手を膝に下ろす。


「上手く演じてはいたがな。…貴様の目的が金であるのなら、とっとと全てくれてやる。──刑部を戻せ、今すぐに」

しかし、彼は首を振り、


「できませぬ…」

それに、三成はカッと目を見開き、

「ふざけるな!貴様を今まで甘受していたのは、何のためだと思っている!?返せ、返せッ!早く!」
「で、き…ッ」

肩を揺さ振られながらも、彼は懸命に拒否を口にする。

吉継そっくりに変えていた声色も、本人のものであろうそれになっていた。


「何故だ!まさか、刑部を──」
「!いえ…っ、大谷殿は、遠方の病院にて元気でおられまする!某は彼に頼まれ、このような形であなたを…!」

「…何?」

三成が唖然とすると、彼はホッと息を吐き、


「実は…」


──今から、数ヶ月前。

吉継の長期入院が決まったらしいのだが、三成の過剰な心配症が、彼には逆に気がかりであった。

退院までにはかなりの月日を要し、かつ病院も遠い地。

そこで吉継は、いわゆる『何でも屋』へ、自分の身代わりを密かに依頼していた…と言うのだ。



「……刑部が…」

三成は小さく呟くが、彼──『幸村』と名乗った──は、

「某たち社員には、仕事内容しか知らされませぬ。よって、彼の所在地は分からぬのですが、仕事は、依頼主が切るまで続きますゆえに…」

つまり、彼は今も健在で、

「容態だけは、聞き及んでおりまする。…某が演じていたのは、正に彼の『現在』の様子にて。あとどれほどかかるかは分かりませぬが、いずれまたこちらに…」

「帰って来る……と」

三成は吉継のベッドに腰を下ろし、しばし黙していたが、



「──それが現実であれば、この私でさえ涙したところだがな」

「え、」

固まる幸村に、三成は眉一つ動かさず、

「貴様の話は、全てが嘘だ。刑部の入院も、身代わりを依頼したのも…」

「な…に、を…」

車椅子から立ち上がり、唇を震わせる幸村。


三成の脳裏に、あの日に見た光景が浮かぶ。





白く輝く天井と床が眩しい場所で、


多くの鮮やかな花に囲まれて、





彼は、旅立った。


天高く、手の届かぬ処へと。









「本当は、分かっていた……だが、貴様が現れてからは…」

「では、何故!?すぐに問い詰めれば良かったものを!でなければ、夢見た振りをあのまま…っ」

幸村は眉を寄せ、瞳を滲ませながら、

「あんなにも、幸せそうに笑っておられたではないですか!大谷殿だって、きっとずっとあなたとともに在りたかった…!彼を、三成殿を生かせて、あの微笑みをもらえて、某も今までになく幸せで…ッ」
「……」

責めるように三成の胸倉を掴む幸村だが、頬は濡れきり、彼の返す言葉を失わせる。


「返して下され…っ、某の、…ッ?」

幸村の声が止むのも、当然のことで。

彼は、同じく立ち上がった三成の胸の中にいた。…あまりにも不器用で、不慣れな手つきではあったが。


「──刑部は、私の希望であり絶望でもあった。彼がいるだけで私は決して一人ではなかったし、生きる意味もくれた。…だが、いつ自分を置いて行くのか、常にそれに恐怖し、想像するだけで絶望に震える毎日で…」

彼が去ってからは、もう二度とそのような曖昧なものは手にするまい、と。

早くそこへ行けるように、何もかもを拒否し、ひたすらに眠り続けた。



(…であるのに)


またも、同じことを繰り返してしまうとは。

彼が、己の存在を殺してまで吉継であり続けようとするのは、何故なのか。
あの、柔らかで優しげな笑みを向けてくれるのは、一体どうして。

もしも、自分に都合の良い理由であれば…
考えれば考えるほど、確かめたくてしょうがなくて。



「大谷殿の代わりが無理でも、どうか傍に置いて下され…っ」


あの日、彼のために泣く者など、誰一人としていなかった。もちろん、自分のためにも。

──なのに、目の前のこの彼は。


(そう言って、貴様も私を置いて行ったのだとしたら、どう償うつもりだ…)


だから、そのような希望なぞ見せるな。こんな、相手に棘しか与えられぬ人間など、さっさと捨て置け──

…それらの言葉が、詰まって出て来ようとしないのは。



「某は、決して三成殿を一人にはしませぬ。約束したでござろう?…何時いかなるときも、お傍を離れませぬ」

幸村は涙を拭い、綺麗な笑みを浮かべ、

「さすれば、不慮の事故の際は一緒であろうし、もしも某が病気で長くないと分かれば、その時点で、三成殿を大谷殿のところへ、必ずやお送り致しまするゆえ」



(…なるほど)

三成は、一つ頷き、


「そういう話であればな」
「…っ!」

たちまち笑みが輝く幸村に、三成はやっと落ち着けた心地になる。
彼があまりにも白くて綺麗であるので、不釣り合いではないかと不安だったのだが、


(刑部や私を気に入るような人間だ…普通であるはずもなかった)


それとも、得意の話術や心術で、吉継が彼の心を濁らせたのであろうか。

どちらにしろ、彼が最後まで自分に甘かったのは確からしい。己に、このような光を遺してくれて。



「貴様の提案は気に入った。…では、その日が来るまでは、刑部との馴れ初め話でも聞かせてもらうとしよう…」

「っ、はい…!」


……いつか二人で彼のもとへ行った際に、話の種にはなるだろうから。


終末への旅路も、これで寒くも痛くもなくなった。

器用にも泣きながら笑う顔に驚きつつ、彼もこれを気に入っていたのだろうな…と、三成も頬を緩ませたのだった。





優しいあなた

( 涙はかれる )






‐2012.5.16 up‐

お題は、どちらも【(パレード)】様から拝借、感謝^^

幸村を、いつか三成に紹介するつもりだった刑部。彼なら三成を任せられそうだ、とか。

刑部に接する三成をどっかで目にし、強く惹かれていた幸村。

心意気は三幸で、
友人的な意味で、三→←刑→←幸、な。

次こそは、明るい三幸目指したいです;

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