一度、彼がその時間そこに、一人でいたのを見かけたことがある。
後で知ったことだが、いつもはそれより三十分ほど遅い時間で──違う方向から来る友人たちと、待ち合わせて登校しているようなのだ。
話しかけようにも、入学したばかりでクラスも名前も知らない。普段の自分の物怖じのなさが、何故かあのときは綺麗さっぱり失われてしまっていた。
…今思えば、自分はあの瞬間、もう既に──
7時君を見つける
「おはよう、真田」
「おお、徳川殿!おはようございまする!」
煉瓦敷きの歩道が続く、大きな道路を挟んだ商店街。
道行く人々の休み処として置かれている、茶色いベンチに幸村は座っていた。
そこで、パン屋から漂う香ばしい匂いを堪能したりしていたのだろう。
「徳川殿もこちらの道を?」
「ああ。しかし初めて会ったなぁ、真田とは」
「某、いつもはもう少し遅い時間に出まするので…。今朝は早起きしましたゆえ、何となく早めに」
「休憩か?」
「あ、いえ。ここで待ち合わせておるのです。佐助たちと」
「おお、そうなのか。皆、家が近所なのかと思ってた」
「よく言われまする」
幸村は、はにかむように笑う。
「ワシも、ちょっと隣良いか?」
「どうぞ!良かったら、徳川殿も一緒に行きませぬか?」
「うん、そうしようかと思ってな」
家康は、おもむろに携帯ゲーム機を取り出した。
「徳川殿も、ゲームがお好きで?」
「うん。真田は?」
「某は、アクション系が好きですな。『○○』や『△△』シリーズなど…」
「あ、ワシもだ。というか、ワシは何でもだな。父親の会社の人たちが、小さい頃から色々作ってくれて…モニターにされてたせいか」
「それは、佐助たちが聞けば、羨ましがるに違いありませぬ」
と、幸村は明るく笑い、
「RPGなどは、佐助が絶対面白いからともにやろう、としつこくて…。レベル上げやミッションなど、面倒なところは向こうが全てやってくれまする」
「ははは、それは…」
「よく、泊まりがけで徹夜でしておりまするよ」
「──…そっちの方が、羨ましいな」
幸村は苦笑いし、
「まぁ、悪いと思い、たまに某も代わろうとするのですが、『旦那がやったら、全部パァになるからやめて!』──と。失礼な奴でござろう?」
「あはは……本当に仲が良いよなぁ、お前たちは」
「そうですなぁ」
…彼は、本当に正直な人間だ。
そこは、大人の対応──『そんなことはない』と、謙遜して欲しかった家康。
「今のそれは…どのようなゲームなのです?」
幸村が、横から画面を覗き込んだ。
髪からシャンプーか何だかの香りがし、家康はドキリとする。
しかしバレぬよう笑顔で、
「これもな、作ってくれたヤツなんだ。新人さんで、内容まだまだシンプルだけどな。…ストーリーが好きで」
「おおっ。どのような話なので!?」
幸村は、期待に溢れた顔を向けるが…
「いやー…多分、ワシだけだと思うが…。他の人にはウケそうにない」
と、苦笑する。
「それでも良いですので、お聞かせ下されっ」
──逆らえるはずもない。
(自分なら、毎日徹夜してやるのに。お前のためなら…)
そう喉から出かかるのを、何とか飲み込む。
「まぁ、かいつまんで言えば…サスペンスホラー…かなぁ。ノベルゲームなんだ。選択肢で進むやつ」
「ははぁ、怖いやつですか。佐助もよくやっておりまする。気持ち悪いところだけ政宗殿に見せて、からかったり…」
『怖いやつ』という言い方に、心の中で微笑ましく思う家康。
「…主人公の友人や知り合いが、次々に亡くなるところから始まるんだ。事故や病気と見せかけて、実は──」
「謎解きをしていくのですな」
「ああ。…主人公は、こいつでな」
「…少女でござるか?」
家康は小さく笑い、
「いや、少年なんだよこれでも。ワシは、男だとあれだけ言ったのに、ムサ苦しくなるのが嫌だとか言って…。まぁ、割と中性的なのは実際そうだし、許すか…とな。女キャラが少ないのは確かだしなぁ…」
「え?」
「…っあ。──ワシも、ストーリー作る際に意見をな」
ああ、と幸村は、
「それでお気に入りなのですな。なるほど…」
まあな…と、家康は照れたように笑う。
「主人公は明るくて真っ直ぐで友達思いで、皆の無念を晴らしたいと決意するんだな。で、もう一人、少年がパートナーになるんだ。
そいつは、見た感じは明るい面倒見の良い兄タイプなんだが、実はナイーブだったりしてな?初めは主人公がそいつに慰められるんだが、最後に近付くにつれ逆に…。
ラストは、真の友情に──っていうやつ」
「その少年が、このキャラクター?」
と、幸村は画面を指した。
橙色の髪の、上品そうな少年。
「…いや。どうして?」
「あ、いえ何となく。違いましたか」
「──彼は、三番目に亡くなる少年だな」
「………」
「最初はこいつで、次が、こいつ……」
幸村は、画面を見ながら、小さく相槌を打つに留まる。
「…こいつらは、友達に見せかけて実は主人公を騙していたんだ。──悪だったんだ」
「悪……。モンスターか何か…とか?」
「ああ、そんな感じだな!ラストで、それが分かるんだよ」
「ははぁ…」
「で、主人公のパートナーになったこの少年。…彼は、実は主人公をずっと見守って来た…──何ていうか、本当のナイトと言うか」
「ほぉ…」
家康の指した、黒髪の少年。
幸村は、誰かに似ていると思ったが、…だけで、それ以上はなかった。
「──もう、こんな時間ですか。…皆、遅うござるな。いつもはもう来ている頃なのですが」
「仲良く寝坊かな。まだ余裕だし、大丈夫だろう」
「政宗殿と慶次殿は、昨日お休みでしてなぁ…風邪を引かれたらしく。メールでは、今日は行くとのことだったのですが」
「珍しいな、あいつらが」
「はい。──あ」
「ん?」
…知らぬ間に、画面の中はゲームのオープニングムービーになっていた。
“突然の欠席。…相次ぐ失踪──早朝の事故──”
(………)
「──ありがとうございました、徳川殿」
ゲームを返し、「遅くなりそうですし、もう先に行かれた方が…」
「いや、大丈夫だ。それに…」
“…確かめたい”
家康は、そのままゲーム画面に目を落とした。
「…何故出ないのだ…誰も…」
幸村が、ケータイをかけては焦り声で、若干オロオロしている。
(可愛いなぁ…真田)
横目で、家康は小さく口端を上げた。
…見たことはないが、泣き顔もやっぱり可愛いんだろうか。
ふと、そんな考えが浮かぶ。
しかし、それを想像する頭はすぐにストップ。…色々と抑えがきかなくなりそうだ。
「徳川殿、本当にお先に……遅刻してしまいまする」
幸村が、すっかり元気をなくした顔で家康に向かう。
「真田…」
家康の胸の動悸は、これまでで最高潮に達した。
(もしかして、本当に…)
ゆっくりと、その髪に手を伸ばす。
「──ごめん、お待たせ!」
家康の背後から投げられた一声。
…幸村の表情は、みるみる輝くものへ。
──家康は、背中にも胸にも、刺されたような痛みを同時に錯覚した。
「遅かったではないか、佐助!」
「ごめんごめん、出るとき電話あってさ、政宗から。あ、あいつら今日も休むらしいから、行こ?──あら?徳ちゃん、おはよ〜!」
「ああ…」
三人は、歩き始める。
…しかし、自然二人が家康の前で並んで歩く形に。
「徳川殿も待って下さったのだぞ!」と、家康へ深く詫びをさせた後、幸村はすぐに佐助へ向き直る。
「いやーそれがさ、電話でも時間取られたってのに、来るとき事故があってさ?俺様、目の前で見ちゃって…、さすがにビビった」
「事故!?大丈夫なのか、佐助!」
「や、見りゃ分かんでしょ。…でも、ありがと。──んで、何だかんだでさ…目撃者、他にもすっげーいたから、悪いけど行かせてもらった。旦那、電話で言っても、心配してこっち来そうだしと思って」
「だな。まぁ…お前が無事なら、何でも良い。…ところで、政宗殿は、何と?」
「慶ちゃんと、一昨日から遊び倒してただけだったみたいよ?…二人ともサボり」
「そうか…」
「何か、悪漢に襲われそうになって、警察がどーのこーの言ってたけど、夢だよ夢。『お前の陰謀だろ!』って、寝惚けた声で言われてもねぇ…。んなことする暇あったら、旦那のおやつ作るっての」
「二人とも大事ないなら、良いのだ。帰りに見舞いに行こう」
「(はぁー!?)──そだね、俺様もそう言おうと思って」
「そうだ佐助、この間のゲームだが…──」
「………」
家康は、ゲーム機の電源を切り、煉瓦道に視線を落とした。
両目に入ってくるのは、隙間なく並ぶ、二つの影。
(影までも、か…)
一時間前の自分と今の自分とでは、一体どちらが間抜けな姿だろう?
そんなことを思いながら、家康は大声を上げて笑いたい衝動が過ぎ去るのを、ひたすら静かに待っていた。
7
時
君
を
見
つ
け
る
(…うまくいかないなぁ)
‐2011.9.12 up‐
お題は、【
biondino
様】
から、お借り致しました。ありがとうございました(^^)
家康好きな方、ごめんなさい…!
灰色家康になってしまった。
家康の勝手なイメージ、爽やか優等生KYかつ、したたか。
純粋過ぎてめちゃくちゃ盲目になりそう、とか妄想が止まらず。
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