「元親殿ぉ…早くして下され。某もう、待ちきれませぬぅ…っ」
「待てって……くっ…あと…少し」
「っもう限界でござるっ…。はぁあ…」
「…よし、いくぞ」
「っ!はい…っ」
『ビチャ』
「………」
「………」
「──元親殿…」
「…悪ィ…やり過ぎた。…見ろこれ、俺の腹。うーわー悲惨、真っ白」
「某のもですぞっ。散々焦らせておいて…。上からかけてもらったところでは、一つも満たされませぬ……口から欲しかった…」
「んな怒んなって…。ほらまだ出るからよ、口開けろ?一気に出してやるから」
「自分でやりまする」
「そか?…あ、お前顔にもすげぇ飛んだな。拭くもん…」
「勿体ない。舐めまする」
「前髪までは無理だろ、そんな」
──ガターン!
「「!?」」
ものすごい音に二人して振り向くと、
床に倒れている政宗。
…しかも、鼻から大量出血。
「政宗殿!?」
「おい、大丈夫か!?」
幸村が政宗を揺すったが、彼はそのまま気絶した。
──元親がそこから運び出し、すぐにまた戻って来る。
「体調悪かったのかもな。…お、珍しい。ハンカチなんざ持ってやがったか」
「毛利殿が貸して下さいました」
「へぇ、気が利くねぇアンタ」
二人は、再び作業に取りかかる。
「一つ、後で政宗殿に持って行ってやりましょう」
「そーだな」
調理実習の時間。
本日のメニューは、『シュークリーム』
元親が、生クリームを搾ろうとして、力を込め過ぎた結果──
…幸村の顔には、まだ少し白いクリームが付いていた。
『ありがとうございまする、毛利殿』
ニッコリと微笑む顔。…点々と、クリームが散らばった、その。
──充満していた甘い菓子の匂いが、一挙に強まった。
(真田幸村…一体、どこまで…!)
元就は、ぶるぶる腕を震わせた。
『毛利殿…』
↑先ほどの幸村に、色気と美化三倍、背景に可憐な花が追加。
(違う…違う…違う…違う…違う──人がせっかく、真っ当な道に戻ろうと努力しているところに、あのような…!)
くっ…と、元就は唇を噛み締め、ケータイを取り出す。
メールを開くと、
『いつも励まされます!』
『ありがとうございます。太陽さんも、体調には気を付けて下さい』
『この間のお話、すごく勉強になりました。あのあと私も…』
『…と、つい太陽さんを思い浮かべてしまいます。綺麗な…』
『──○月×日、ご迷惑でなければ、お会いできませんか──』
元就は、趣味でサイト(内容は、日輪のことが主)を持っているのだが、それを、開設時からずっと熱心に見てくれていた──彼女。
メルアドを添付してくれ、元就は親しくなりたい一心で、ついケータイから個人的メールを送ってしまう。
だが、優しい彼女はむしろ喜んでくれ、それ以来メールのやり取りは毎日のように行われた。
彼女のメールは、いつも温かい。
他人に興味が薄い元就の心を、どんどん逆のものへと動かしていく。
…しかし、それだけが理由なのではなくて。
彼女を逃げ道にしている──本当に、許されることではないのだが。
つまり、彼への想いから逃れようと…
サイトを開いたのも、それから頭を離したいがために。
そこで素晴らしい人に出会えたというのに、学校で彼を一目見てしまうだけで、たちまち逆戻り。
元就も、早く実際の彼女に会いたい…と、強く思っていたところだった。
運命の日は──明日。
いよいよ訪れた翌朝。
やはり相当緊張しているのか、いつもより数段早く目が覚めた。
その待ち合わせ場所は、何度も下見に行っていたのだが、どうせなら、最後にもう一度…と、そこへ向かうことにする。
まだ空は暗い。
待ち合わせは、今日の夕方。
少し高台にある公園。
下に街が見下ろせる場所。空も街も、濃い青紫色。
境界線が、少しだけ白んでいる。
(ん…?)
…佇む人影。
元就の足音に気付き、振り返る──
「……!?」
「毛利殿…?」
──何という偶然。
しかし、元就にとっては、嬉しくも苦しい…
「ぐ、偶然ですな…」
(……?)
元就の動揺は、すぐに消えた。
彼が、見たこともないほど消沈した面持ちをしている。
「──何か、あったのか?」
「え?」
「元気がない…いつもの…」
「………」
幸村は少し驚いたように元就を見たが、
「実は…フラれてしまいましてな…」
(…!?)
元就は愕然とする。
いつの間に恋人がいたのだ?
我が見逃していた…?馬鹿な、あり得ぬ!
しかも、振られた…だと!?
どこの世に、そんなことをする馬鹿がおるのだ!?それは本当に人間か!?どれだけ見る目がないというのだ!
その悪行を、死ぬまで後悔するが良い。貴様にはこれ以上の相手など、一生見つからぬ。どうせ、自意識過剰のろくでもない女なのだろう!
(真田、お前の気持ちを思うと、我は…!)
──だが、元就は思い切りほくそ笑んでいた。
幸村には、決して見えないように。
「すごく、賢くて…お優しい方でしてなぁ。その方のお言葉に、某はいつも励まされておりました」
「──……」
その表情も、見たことがないくらい…
(…そこまで想っておったのか)
元就の心は、すぐに一転した。
その彼女に、今一度目を覚ましてもらいたい。
自分には、これを笑顔に戻すことなんて、できるはずもない。
「…せめて、一度だけでもお会いしとうござった…」
「──何?」
意味が分からず、思わず幸村の顔を凝視する。
「あ…実は…『メル友』と言いまするか、その…」
照れたように、
「今日、ここで待ち合わせを…」
“五時に、──で、お待ちしております”
(…まさか…)
「お前……だったのか?かの……『月』さんは」
「──えぇえ!?」
幸村は目を丸くし、「では、毛利殿が、『太陽』殿!?」
「──……」
「…………」
しばらく、二人して唖然とする。
(──いや、普通は夕方の五時だと思うだろう…!何を考えておるのだ、こやつ?)
元就は呆れるが…
「では…来て下さっておったのですな、太陽ど──いえ、毛利殿!まさか、このような偶然が…」
幸村の嬉しそうに笑う顔に、何かもう、全部どうでも良くなる。
「…我では、残念だったであろう」
との苦笑いに、
「まさか!同じ街の方だろうか…とは思いつつも、何と、こんな近くに…!」
「………」
「これからは、メールでなく好きなだけお話しできまするな!某、尋ねたいことや話したいことが、沢山ありまする!何という偶然、本当に…っ」
「だ、だが…」
(そんなことになれば、ますます我は…)
「本当に…。『月』という名は、太陽殿に初めてメールを出すとき、ふと毛利殿の顔が浮かびましてな。小学生の頃読んだ本の、月の神の絵…毛利殿に似ておるなぁ…と、いつも思っておったのです」
(…それは、女神であろう。だが)
自分は、太陽の神の挿し絵を、彼に重ねたりしていた記憶がある。
恐らく、図書室にあったあの本のことだろう。熱心に読む姿を、いつも陰で見ていたので。
「…しかし、何故この時間に?」
「どうしても、これを一緒に見てもらいたかったのです。ほら──」
幸村が示した方を見ると、
「ここからの夜明けの太陽は、サイトに載っておりませんでしたので…。朝のジョギングでルートを変えたときに、発見しまして」
(──美しい…)
今まで見て来た、どの日の出よりも。
紫から赤へと変わる空。…始まりの色。
照らされる眼下の街は、汚れ一つないように映る。
「…見事だな。ここまで美しい日輪と、景色を拝んだのは、初め…」
幸村は、元就を見て微笑んでいた。
紅い陽を、頭から全身に浴びながら。
「毛利殿?」
(無駄な抵抗とは、正にこのこと…)
「──が、無駄ではなかったがな」
「え?」
小首を傾げる姿に、口元が緩む。
(…サイトの更新が、これからは滞るかも知れぬな…)
しかし、この先もずっと続けていくつもりだ。
何しろ、あれのお陰で、今…
(いつか、『これが始まりだったな』──などと、言い合える日が…)
そう思いながら、元就は、公園の時計に目をやった。
まだ君といたい朝6時
( 道は、決まった )
‐2011.9.12 up‐
お題は、【
biondino 様】
から、お借り致しました。ありがとうございました(^^)
乱文すみません;(いつも)
幸村は、公式文書のノリで『私』や、普通の敬語を使ってたのだろう。サイトとか疎そうですが、何かで偶然出会ったみたいな(汗)
下品な出だし、すみませぬ(^^; あの文では、微破廉恥にもなってないですが。
就様がムッツリに;;
政宗はいつものこと^^
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