「あー…愛が欲しい」


男は、盛大な溜め息をつく。

『愛』という言葉なんて、とても似合いそうにない風体であるが。


「官兵衛さん、まただよ」
「んなこと言ってる暇ありゃ、ちっと働いてみりゃどうだい」

周りの中年や老人たちが、冷やかすように笑った。


(アンタらには言われたくないねぇ)


官兵衛は、路上生活者たちの多いある公園のベンチで、缶コーヒーを飲んでいた。


(こちとら、ついさっきまで仕事してたんだからな…)


しかし、家に帰ったところで誰もいない。本当に侘しい人生だ、一体何のために働いているのやら…



「おじさん、『愛』が欲しいんだ?」


(──ん?)


子供が立っていた。オレンジの髪色に、整った目鼻立ち。
中学生ではないだろうが、スラッとした背丈。
背中に、もう一人子供をおぶっている。


(いつの間に…)


全く気配を感じなかったので、官兵衛はその前髪に隠れた目を、思わず見開く。


「坊主…どこの子だ?こんな時間に…」

「まぁまぁ、良いじゃん。でさ、こっちが『愛』あげたら、何かくれる?」

「はぁ?」

「俺様、今お小遣いがちょっと足りなくてさぁ。せっかく、二人での初めての冒険なのに、『それ見たことか』って言われるの、悔しくて。で、欲しいんだよね」


小学生は、夏休み。

親に、そう言われるのが──という意味か。
分からないでもない。

しかし…


「何か知らんが、お前さんには無理な話だな。困ってるなら、お巡りさんとこに行くと良いよ、そこの…」

「ホント、小銭で良いから。良い『愛』の話、聞かせてあげるよ。ね?」

「はぁ…?」

「むかーし、昔…じゃないや、つい最近の話──


親に捨てられた二人の男の子が、ある施設に住んでいました。二人は、とても仲良しです。お互いのことが、大好きで大事でたまりません。二人は、いつでも必ず一緒です。離れることは許されません。

そんなある日、二人は幸運にもある裕福な家庭の夫婦に養子としてもらわれます。それも、二人まとめて。何て素晴らしいハッピーエンド!


…しかし、そうではありませんでした。そう見せかけて、彼らは悪者だったのです。

学校から帰ると、『教育』が始まります。彼らは、夫婦でも何でもない。愛なんて一つもない。愛する者を引き裂いては楽しむ、最低の悪者でした。

そこで、二人の内一人を、徹底的にいたぶります。そうすることで、愛を壊そうとするのです。助けて欲しくば、『一方を代わりにし、自分は助けて下さい、そんな奴より自分が大切だ』と言え、などと脅してきます。

けれども、彼は決して言いません。無傷な方が、狂ったように彼らに立ち向かいます。ですが、大人の力には敵いません。

いよいよ限界だというある日、無傷な方は、料理を手伝わせてくれとニコニコしながら言います。彼は手先が器用なので、悪者もその笑顔に機嫌を良くし、許します。

そこからはご想像通り、その彼は素早く的確な動作で、二人を永遠に沈黙させます。

そして、ボロボロになった愛する彼を助け出したのでした…」



「──……」


「どうだった?」


(って言われてもねぇ…)



「えらく物騒な話だな。…まぁ、『愛』ではあるんだろうが」

「愛だよ。何にも負けない愛だよ。…あれは、試練だったのかも知れないね。乗り越えたから、二人の愛は一層深まった」

「……」

「…ん……さ…すけ」
「!旦那、起きた?」


おぶわれていた方が、ゆっくりと降りた。

…何とまあ、こちらもテレビに出てきそうなほど、可愛らしい子供。

官兵衛は、その子の服をめくった。


「!ちょ、オッサン、何──!」

オレンジ頭くん──さすけとか言ったか──が、子供とは思えない形相でその子を庇う。


「ああ、違う違う」

(さっきの話が、こいつらだったり、とか…)


──彼の身体は、どこにも傷など付いていなかった。


「おじさん、変質者とかじゃないよね?」
「おいおい…」
「佐助、大丈夫だ。この方は優しい人だ。俺には分かる」

「………」
「佐助」

「──旦那がそう言うんなら…」


見た目は逆に思えるが、こちらの小さい子の方が、上の立場…のようだ。


「先ほどの話には、少し続きがありましてなぁ…」
「え、旦那起きてたの?」

「最後の方、ぼんやり聞こえていたのだ。大好きな話だからな、それは」
「旦那…」

何やら、大人一名無視の、ラブラブな雰囲気。


「はぁ、お熱いことで。…で、続きって?」

「二人はまだ子供なんだ。だから、すぐに他の大人の元へ連れてかれちゃう。それで、安寧の地を探す旅に出るの。どこでも良いから、二人だけになれる…できたら、綺麗な海とかが良いなって」

「海に住むのか?」

「まぁ…そんな感じ。ほら、作り話なんだから、その辺はファンタジー的な感じでさ。そこで二人は、ずーっと幸せになるんだよ」

「あ、佐助…あそこの自販機で、ジュース買って来てくれぬか?」

「え…」

佐助はためらうが、


「大丈夫だ。あそこからここは、すぐ見えるであろう?」

「…分かった」

官兵衛を威嚇するように、自販機へと向かう。


「ひどい心配性だな」

官兵衛が呆れたように言うと、

「仕方ありませぬ。某たちは、久し振りに二人になれましたゆえ」

「へえ」


彼はにっこりと笑い、

「某は無傷の方ですから、傷は付いておりませぬよ。…こう見えて、料理が得意なのでござる」




(……え……)




「案外、勉強もできるのです。それで、素早く確実にできる方法を、懸命に覚え申した。そして…」

「──……」

「後のことをしたのは、向こうです。佐助は、某よりも何倍も頭が良いのですよ」

と、恐ろしく可愛い顔で笑った。

…佐助のことが、よほど自慢であるのか。


「旦那、お待たせ。──ね、おじさん。なかなかの『愛』だったでしょ?お恵み」

と、手の平を差し出す。



「………」



官兵衛は、その手の平を見て黙っていたが…



「ここら辺には、綺麗な海なんてないぞ…」


二人が、「え?」と、口を揃えてキョトンとする。


その顔は、官兵衛に、長年感じていなかった、何かを呼び起こした。




──胸が、じわりとする。




温かい。


…守りたい。




こんなにまだ幼いのに。

こんなにまだ綺麗なのに。



…こんなに二人は、あいしあってるのに。





「お前さんたちが、気に入った。金ならいくらでも出してやる。…だから、もうどっか行こうとしたりするな」


「………」
「………」


佐助は疑うように、『旦那』と呼ばれた子は、ただただ驚き顔で官兵衛を見ている。


「…そこのお巡りさんに、渡すの?」

佐助が暗い目で官兵衛を見ると、


「まさか」

苦笑いし、「──ほら」

と、二人にコソッと何かを見せる。



「「……っ!!」」


愕然と固まる二人。


官兵衛を見る目は、先ほどまでとは完全に異なる…尊敬すらするものへと、変わっていた。



「ついさっきまで、こいつで仕事してたとこなんだよ。儲かるんだが、帰っても一人で、空しくてなぁ…」


「おじさん…」


「お前さんらが待っててくれたら、そりゃあ温かくて、楽しいだろうな…と思ってな。『愛』も分けてくれるしで」


「えー!!マジで!?」
「よろしいのですか!?」


官兵衛は笑い、

「おお!子供らしい顔も、できるんだなぁ。そういうの、良いぞ?使いわけできた方が、何かと」

「おじさんの仕事でも、やっぱり必要?」

「当然だな。小生なんざ、全然そんな風に見えんだろう?」

「確かに…」


──そして、三人はようやく自己紹介をし合う。


「黒田殿、某たちにも教えて下され!それで、早く黒田殿にご恩をお返ししとうございまする!」

「俺様だって、旦那以上に器用だよ?必ず、使える子になってみせるよ!」


二人は、キラキラした瞳を惜しみなく向ける。


…官兵衛の胸は、ますます熱くなる。



この、素晴らしく綺麗なものを、自分が救ったのだ。

普段は、逆のことばかりしている自分が。


この二人を、自分が育てる。

…自分が、親になる。──確実に、あり得なかった未来。


今までと、景色が全く違って見えるのは、何故か。

夜明けが近いせい──なのか。


とうとう手に入った。
ずっと、欲して止まなかったものが。





「──よし、じゃあまずは腹ごしらえだな。何でも食べると良い」


二人の顔は、一層輝く。


官兵衛のそれも、同じように柔らかになる。




明るくなり始めた空が、祝福の光を降らす。


──受けるのは、どの家族よりも睦まじい、三つのシルエット。





早朝5時世界が動き始める

( 出逢ってくれて、ありがとう )






‐2011.9.9 up‐

お題は、【biondino 様】

から、お借り致しました。ありがとうございました(^^)


変な話でごめんなさい(><;

ラブラブ佐幸を見て、人生に疲れた官兵衛が癒されるって話を作りたかったんです…けど。

途中から、官兵衛をもっと幸せにしたくなったようです。
お仕事は、闇の掃除人的な。

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