早朝六時過ぎ──

鍵を静かに開け、ソロリと玄関に入る。



(──う…)



…目の前に、鬼のような顔の彼女が立っていた。











「『何度言えば分かるのです!?』──って、そりゃもうすごい顔でさ」

「ああ…」

「で、ギリギリまで説教。サボろーかと思ったけど、どっかで見張られてるかもとか怖くなって、来た」

と、慶次は苦笑した。


「しかし、まつ殿には感謝でござるな。慶次殿、そろそろ真面目に出席しておかなければ、卒業も危ぶまれまするぞ」

若干眉を寄せた幸村が、慶次を諫める。

「わ、分かってるって」



──大学も、最後の年の春。

二人は三年前にここで出会い、すぐに意気投合。
年月は短くとも、朝まで酒を交わしたり、一緒に旅行やバイトをしたりなど、高校まででは体験できない付き合いをしてきた結果、二人といない親友同士になれたと、お互いが自負している。


「…でも、やっぱり俺にはできなくてさ…」
「仕方ありませぬよ」

幸村は、励ますように答える。

慶次は、今朝の続きを思い返した。


────……


『全く、あなたは。また、女性の家から…』
『い、いや、昨日は』
『言い訳は見苦しいですよ。…どうして、もっと真面目にできぬのです?』
『や、ちゃんとしてるって。ただ昨日は、どうしても朝までいて欲しいって言われて、その…』
『…それが不真面目だと言うのですよ、慶次』
『違うって!やましいこと何もしてないよ?ずっと傍にいただけ、落ち着くまで』
『………』
『まつ姉ちゃん…?』


まつは、悲しそうな顔で、


『せめて…どなたか一人に、定めて差し上げなさい…』


────……


…それが、慶次にはどうしてもできないのだった。

皆、友達だと思っていたのに、向こうはそうではなくて。


『他に彼女いても良いから、傍にいて欲しい』
『慶ちゃんがいないと、苦しくて生きられない』
『何でもやるから。慶ちゃんの好みになるから…お願い』


──と、泣きそうな顔で言われると、…どうしても。

自分なんかが、力になれるのなら。…大切な友達に壊れて欲しくない。



「幸は一人暮らしで、羨ましいよ」

慶次の言葉に、幸村は少し困った顔で笑った。









(また、言えなかった…)

幸村は、小さく息をついた。


『他の二人を泣かせることになっても、どなたか一人に』


恋愛レベルが人並み以下の自分でも、慶次のしていることが良い方法ではないとは分かっていた。

だが、慶次のあの顔…、間違ってはいるが、あの深い優しさ…

それが、幸村の決心をいつも揺るがせる。


それに…




(──あ、あれは…)


幸村の目線の先に、よく知る顔が見えた。













「珍しいなー、幸から飲もうとか」
「たまには良いでござろう?」
「うん、嬉しいよ。今日は飲むぜ〜?」

慶次は、嬉しそうに缶を開ける。


──幸村のアパートで、二人。

つまみは、適当に慶次が買って来た。
しばらく、思い出話などに耽っていると…


「…慶次殿」

幸村が、真剣な顔で慶次に向かった。

「実は…以前より、申し上げようと思っておったのですが…」
「うん、…何?」

幸村は、自分の考えを少しずつ話した。


「──それ、まつ姉ちゃんにも言われた」

慶次は、バツが悪そうに笑う。


「まつ殿も…」
「てか、幸がそう思ってるんだろうな、ってのも分かってた。…つい、お前に甘えててさ」
「いえ、某のことなどどうでも…!それより、お三方のために…慶次殿もお辛いでしょうが」

幸村の必死な表情に、慶次は微笑んで、

「決心したのは…幸、見ちゃったのかなぁ?もしかして」

「──!?」


瞬時に甦る、あのシーン。

…慶次の恋人と、その隣の見たこともない男性。


「幸のことは、すぐ分かるから」

いつものように笑う顔に、幸村の心が締め付けられる。

「何故…?」


「…皆、幸せじゃないんだ。相手、本命が他にいたり、既婚者だったり──まぁ、そんな感じ」

「………」

「俺ってほら、こんな感じだろ?バカみてーにポジティブだからさ、何か元気出るみたいな…癒される?らしくてさぁ。この性格も、たまには役に立つんだな〜って」

黙ったままの幸村の頭を撫で、

「ごめんな、心配かけてさ。そういうわけだから、大丈夫なんだよ」

と、明るく笑う。


「大丈夫…ではござらぬ」
「いや、大丈夫なんだって。平和平和」

「……っ、それでは、慶次殿は…」
「え?」



「──慶次殿の……幸せは……」


そうこぼした後、俯いてしまう幸村。


(幸…)


「──ありがと。…大丈夫だよ、ちゃんと幸せもらってるよ、俺。皆、優しいんだ」
「しかし…」

慶次はニコリと、

「幸が女の子だったら、俺、絶対彼女にしてるなぁ。んで、多分…」

「──…ッ」

幸村が急に立ち上がったので、

「おわ、ごめん!例えばの話!二度と言わない!お前は男らしい!俺より、全っ然誠実なイケメン!」

と、慶次は身を守るように両手を振る。


「…手洗いでござる」


幸村はポツリとこぼし、戻ってからは、もうその話題に触れようとしなかった。

その後は、二人ともいつもの通りだった。













薄暗闇に、ぼんやりとした顔が見えた。

──泣いているような。


…………………



「幸…?」

目を覚ますと、幸村が何かガサガサしていた。

「…あ、うるさくしてすみませぬ」
「ううん…今何時──げ」

慶次は、ケータイを見て真っ暗になる。


(まぁた怒られる…)

…しかも、中途半端な時間。


「幸、何してんの?…どっか行くの?」

幸村の足元には、小さな手荷物。

「実は、教育実習が明後日からでしてな。今日から、実家に…。始発で出ようかと」

慶次の頭はすぐに覚め、

「え!明後日からだった!?てか、ごめん、そんな忙しいときに。言ってくれれば」
「──いえ…ギリギリまでいるつもりでしたので…」
「実習、二週間だっけ?」
「いや…某、中高どちらも取りますので、合わせて一ヶ月…」

(ひ、一月…)

慶次は、急に寂しさが込み上げる。


「そ、そうかぁ…。頑張れよ?あ、じゃあ俺もすぐ準備…」

「──慶次殿」

幸村は変わらぬ表情で、


「某、就職は地元ですることに決め申した。…教員試験も、あちらで受けまする」


「え……」

慶次の頭は混乱する。


「ゆ、幸…こっちで受けるって…」
「やはり、地元が良いかと思いまして。親戚もおりまするし…」

「な、何で!」

思わず、幸村の腕を掴む。


「…慶次殿。某、ずっと黙っておりましたが、恋愛の話というのが、本当は大の苦手でしてな」

苦笑いを浮かべ、「卒業した後は、誰か他の友人に…」


「嫌だ…っ、幸、何で!?帰んなよ!急に何言い出すんだよ…ッ」

「………」

「もう、恋愛の話とかしねぇから!絶対しない!だから」



「──彼女たちも、そのように言われたのでしょうか…?慶次殿に」



「え…」

目を見開き、慶次は言葉を失う。



「…某が、ずっと慶次殿に言えなかったのは、彼女たちの気持ちがよく分かるからでござった。ただ一心に、慶次殿のことを想っておるからなのだろうと」

「…幸…」

「しかし、違うと分かって…。──もう、慶次殿の話は聞けませぬ…そのような慶次殿は、見ておられぬ。先ほどまで、ずっと吐いておりました。彼女たちと慶次殿のことを考えると、気持ちが悪くなりまする。…なので」

「…ぃ……やだ」

「──すみませぬ。もう出なければ…駅まで歩いて行きまするので。…鍵は、この封筒に入れてポストに出して下され。切手は貼ってありまする」

動けないままの慶次を見ずに、


「では…慶次殿」


と、玄関から出て行った。


────……


残された慶次は、荷物と鍵と封筒を手に、ふらっと玄関へ。

鍵をきちんとかけ、封筒に入れる。シートを剥がせば、そのまま貼れるタイプのものだった。

封をし、ポケットに入れる。


途中、ポストを発見した。
封筒を取り出し、




『……慶次殿……』




──手が震えた。

男らしいが、綺麗な字で書かれた住所が目に映る。



(今頃、気付くなんて…)



自分は、誰も幸せになんてできてなかった。

それどころか…



まつは、今日もいつものように言うのだろうか?
普段より少し早い帰宅。…どうなんだろう。



(朝イチで三人に話して、それから…)



今までしてきたこと、これからやろうとしていること、どちらも本当に最低だ。


だけど、嫌というほど分かったから。

だから──




…慶次は封筒をポケットに入れ、まだ薄暗い道を歩き出す。





4時はやっぱり朝帰りですか?

( …真逆の理由だってのに )






‐2011.9.9 up‐

お題は、【biondino 様】

から、お借り致しました。ありがとうございました(^^)


長いしこの内容、すみません(泣)

弱々慶次。

しかし彼はポジティブなので、新たにパワーアップして、そこへ会いに行きます。

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