長期出張から本社に戻ると、久し振りに見る部下たちからケーキとプレゼントを贈られた。一月前の誕生日をわざわざ祝ってくれるなんて、全く良い面子に恵まれたもんだ。


「五十だなんて、本当に信じられないです!」
「良い意味で?だったら、嬉しいんだけど」
「もちろんですよー!私服だと、三十代に見えますもん」
「不老不死の薬でも飲んでるんじゃないかって、若い女の子たちが結構本気で言ってましたよ?」

その発言には苦笑し、

「不老は良いけど、不死は困るよねぇ…」
「ですね、ずっと一人で生きても寂しいだけだし」
「相棒も不死なら、最高の人生だろうけどね」
「え〜?」

いくら何でも、何百年もいたら飽きますってーと笑われ、「そうか」と自分も笑った。









若い頃から仕事三昧で、未だに独身。声をかけてくれる女性の申し出を断り続けていると、その内事実無根の噂をされるようになった。何故か断った相手と関係があったことになっており、稀代のプレイボーイだと。

笑ってしまう、実際は呆れるほどに皆無なのだから。しかし、その噂のお陰で楽にいられた。変に勘繰られるよりは、そう思ってもらった方が。

若く見えるのは当然だ。体力もそう、並々ならぬ努力にて保っているこの外見。
それもこれも皆、ただ自己満足のために続けている。














「お疲れ様、佐助」

「旦那…」

本当に久し振りの再会に、胸が熱くなる。胸だけでなく、まるで三十は若返ったかのように、身体も頭も。

会ったなり彼を腕にし、柔らかなベッドへとなだれ込んだ。年甲斐がないにも程があるが、無理なく心も身体もそう求めているのだから、必然的結果だろう。本来ならば毎日でもこうしていたいのをこらえ、多忙な日々を過ごしているのだし…

若さを保っているのはこのためでもあるが、やはり見た目の差を少しでも埋めたいからだ。愛しいこの恋人は、一応二十代ではあれど少年のような容貌で、それに釣り合うためなら、どんな努力だって惜しまない。


「はぁ…。若い頃なら、まだまだやれたのになぁ…」
「…二度でも、相当だと思うのだが」

「もっともっと、沢山悦ばせたいんだよ。またしばらく会えないし、とことん旦那を味わっておきたいの」
「……」

旦那が背に腕を回して、くっ付いてきてくれる。顔は見えないが、耳は真っ赤だ。

子供みたいな口調で喋るこんなおっさんに、そんな可愛い反応してくれるのなんか、絶対旦那しかいないよ。で、おっさんはまるで少年のように胸をときめかす。
彼といると、全部がそうなってしまうのだ。昔使っていた、『俺様』なんて一人称も。


──旦那は、俺様の胸に顔を埋めたまま、

「あれ以上されれば、本当に天に昇ってしまう……」


「…それは困るね」

じゃあ、やっぱ無理はしないことにすると苦笑混じりに言うと、胸にくすぐったい吐息がかかる。旦那も、笑ってくれたらしい。
顔を上げてくれ、この世で最も綺麗な瞳に己の姿が映る。肌は相変わらず滑らかで、皺一つ見当たらない。

俺様は、また溜め息をつき、

「なぁ、本当に嫌じゃない?臭いとか、脂とかさ…」
「またそれか?」

今度は旦那が苦笑し、

「何度も言うが、大丈夫だと言っておろう」
「…旦那は優しいから、あてになんない」

彼の身体を抱く腕は、自分で見ても五十代にしては若く逞しい。だけど、これが十年二十年…と経っていけば──体臭なんて、可愛い悩みになっているだろう。

旦那を抱くこともできず、迷惑をかけるようになっていく。そうなれば離れるのが最良だと思うのだが、きっと自分は辛抱できない。今だって、こんなに狂おしいほどなのに。


「今日、不老って良いよなって話になってさ」
「…佐助」
「ごめん。言っても仕方ないんだけど、つい」

「──俺は、お前が若々しくて格好が良いから、こうしておるのではない。…佐助だからだと、」

何度言えば分かってくれるのだ、と顔をしかめる旦那。…そう、何度も言わせたので、今じゃ恥ずかしがらずに口にしてくれる。

「ありがと。…実は、それが聞きたいのもあったりして」
「全く…」

「でもさ、もし叶うなら、旦那といるときだけでも若返られたらなぁって」

夢見るくらい良いだろ?と冗談めかして言うと、旦那はもう反論しなかった。


「仕事はどうだ…?」
「うん、助かってる。良い部下にも恵まれてさ」
「そうか…」
「旦那のお陰だよ、ここまでやって来られたのも」

ありがとねと後頭部を撫で、片方の腕で一層引き寄せる。俺様の思いを汲み取ってくれたようで、旦那は静かに首を振った。


「あと、数十年も付き合わせるけど。…ごめんな。しわくちゃの、ヨボヨボになるけど」

「さっきも言っただろう……俺が、お前の側にいたいのだから」


甘い睦言を囁き合い、明日が来るのを残念なようで楽しみに思いながら、眠った。

この時間が終わってしまう寂しさと、次に会える日までの期間を早く縮めたい気持ちに、揺らされて。













それから、旦那と次に会える日を控えたある朝のこと。



(何か、身体軽いな…)


いつもより目覚めも良く、抵抗なくベッドから起き上がる。床に立てばそれは顕著となり、不思議に思いながら洗面所に行くと、


「は……!?」

目を見張り、鏡に映った姿を凝視した。

短髪だったのが顎辺りまで伸びており、顔色はやたらに良い。…と見えたのは、皮膚にあった影が消えていたからだ。
つまり、若くは見えるがそれなりにあった皺の線が、著しくなくなっている。

久し振りに目にしたが、それは確かに自分の昔の顔だった。二十代の頃の。


「──あぁ、夢か。…おぉ〜…」

そうかそうかと服をめくると、そっちも若返っていて感嘆の声を上げる。これが現実で今日が旦那との約束の日なら、理想的なデートができるというのに。


「…佐助……」

「あっ、旦那!見てよこれ、俺様!」

ますます良いことに旦那が出てきてくれ、嬉々とし駆け寄る俺様だが、

「だっ、旦那?」
「…すけ……」

「……!?」

ポロポロと涙を流す彼に、ぎょっと目をむく。夢でも起きて欲しくないのにと焦っていたら、急に周りが眩しい光に包まれた。

え?と瞬かせ目を慣らすと、ベッドの周りに人が集まっている。全員自分の知り合いで、ほとんどが会社の部下たちだ。皆が皆、一様に暗い顔で。
何故…?そう首をひねったのと同時に、記憶が甦った。









今回の出張は短期で、ホテルで寝泊まりしていたのだが、そこでひどい火災が起きた。

すぐに逃げ出すも、途中で逃げ遅れた客を救い出し、持っていたタオルを渡した。自分の方が、長く息を止めていられると思ったからだ。若い頃に劣らず、余裕だと。



「手は尽くしましたが──」

医者が厳かに伝えると、部下たちは悲哀の表情で応えた。


「ご家族の方は…」

「独身で、ご両親も早くに亡くされていて」
「あちらの方が、ご親戚じゃないでしょうか…」

医者は頷くとベッドから離れ、部下たちは横たわる自分に、口々に話しかけてくれる。


──やり残した仕事がいくつもあるけど、彼らならしっかりやってくれるだろう。

ありがとう、ありがとうと何度も呼びかけ、深々とお辞儀をした。














(終わったんだ……)


あと数十年などと言っておいて。あの日から、まだ一年も経ってないというのに。
だから、こんな姿になれてたってわけだ。あんなに覚悟していた現実を、結局は体験しないまま。
限りなく夢に近いが、今の自分にとっての現実であるのは、間違いない。

一人離れた場所で、ポツンと立っている旦那。瞬きもせずに、涙を流していた。
胸が、もう動いてもいないそこが強く掴まれ、息が詰まる。


『ずっと働き通しだったから、こんなに早くに休暇を贈られたんだ』

誰かのそんな声に賛同したのか、旦那が唇を震わせる。
ベッドで穏やかに眠る自分に、泣きながらも笑いかけてくれた。


「お疲れ様だな……佐助」


「──…」

自身の両の瞳からも、熱がこぼれ落ちる。
だけど、不思議には思わなかった。それは可能だと、分かっていたから。
何故って、



「さ……す、け…っ」

「…旦那ッ…!」

震える手を差し伸ばし、その身体を抱いた。以前会ったときと、全く同じ温もりが伝わってくる。

そして旦那も、腕を回してきつく抱き返してくれた。今までにされたことがないほどで、また内から言い様のない何かが、怒涛に込み上げてきた。


「信じらんない…まさか、こんなに早く…」
「っ…う、佐助ぇ…っ」

「ごめんな、ずっと待たせて──寂しい思いも、沢山させて…」

「馬鹿者…!」

それはお前の方だろうと、涙でぐしゃぐしゃの顔で、俺様の頭を撫でさする旦那。慣れていないから色気も何もあったもんじゃないが、自分の頬もまた乾く暇がなくなる。

長年求め続けてきた心からの充足感が、次々とあふれた。真逆だというのに、今が最も生きていると感じる。
いつの間にか周囲には何もなく、二人だけになっていた。


「やっと、ずっと一緒に……俺様、頑張った?」
「ああ…っ…あぁ、本当に…!」
「…なんて、旦那のお陰だよ。本当にありがとね、ずっといてくれて」
「だから、それは俺の方が…」

「これ多分さ、旦那と同じ歳だよな。…体力どれくらい戻ったか、早速試してみよっか」

「お前は…」

相変わらずだと苦笑し、涙を拭う旦那。
こっちも目を細め、底無しに甘いお誘いの言葉を囁く。埋め合わせは、この後のデートでゆっくりするからと。

…これからは、もう時間を気にしなくて良いのだから。



「いつか旦那が俺様に飽きても、絶対離せないから。覚悟しといてね?」

「それこそ、『世の中で一番無駄な行為よりも無駄な…』──だろう。…佐助」


「…そっか」

「そうだ……」


腕時計の針は、いつもの約束の時刻より二時間前で停まっていた。
旦那はもう泣いてないのに喉奥がまた熱くなり、照れから目を閉じさせる。

笑みを浮かべる彼に優しく口付けし、永遠の契りを交わした。





:







‐2013.1.28 up‐

2時の派生話でした。あのお題を見たときから、ずっとこれをやりたくて。終わらせられて本当にありがたや

仕事に励み良い部下に恵まれたりと、徐々に病院通いは卒業。佐助なら、壮年でも年下には口調若そうな気がして; 早く逝きたいから不老も困るけど、年に一度の逢瀬のときだけ若返られたらなぁ…と。旦那没は、二十歳頃

時間お題、お付き合いありがとうございました^^

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