『コンコンコン』


──静かな部屋に響く、ノックの音。


のろりと時計を見上げ、いつの間に過ぎたのかとぼんやり思う。
重い腰を上げ、ドアに向かった。





ノックが響く夜の23時






「大丈夫ですか…?」

「………」

ぼぅっと意識が覚めると、心配そうに覗く顔があった。
見たこともない人物で、眉をひそめる。ここは自分の家が持つ別荘で、昨晩は友人らだけで泊まったはずだが。

起き上がると居間のソファで、軽い頭痛がした。他の奴らもそこら辺に転がり、同じように目を覚ましたところらしい。
テーブルには酒の瓶や缶が大量に並び、そのせいかと額を押さえる。

さっきの人物、自分らと同じか高校生だろうか?割に目立つ顔付きの少年が、水を持ってきてくれた。

「Thanks…てか、アンタは?」
「管理人殿に頼まれ、様子を見に…」

うちの使用人が、所用のせいで朝飯の支度に遅れるらしい。俺が電話に出ないんで、他の別荘でバイト中の彼に頼んだのだと。

彼は他の奴らにも水を運んでくれ、皆欠伸をしながらソファに座った。


「ああ、ありがとね…つか、俺様まで倒れちゃうとは」
「お前、結構飲んでたぜー?っても、俺も途中から記憶ねぇけど」
「貴様らに付き合えば、いつもこうだ…」
「全くな」
「そんなこと言って、お前が一番ひどくなかったか?」
「だよな。あーだりぃ…」

全員憔悴していたが、口はいつも通りを取り戻してきた。


「では、自分はこれで…」
「Ahー、どうもな。…少ねーか、こりゃ」
「…何もしておりませんので、そのような」
「気にすんなって」

少年に財布からいくらか渡そうとするが、なかなか受け取らない。めんどくせー奴だなと、イライラし始めると、

「金持ちなんだから、ほんと気にしなくて良いよ」
「あ、物にしたら?お前またもらってたろ?どうせ捨てるんならさ」
「それが良いかもな、使ってもらった方が。これか?」

一人が、カウンターの上に置かれたいくつかの袋や箱を指す。確かに、いちいち覚えちゃいられないほどもらうんで、「そーすっか」とそれを全部彼に渡した。

俺らのこういう気質を感じたようで、彼も今度はおずおず受け取り、


「すみませぬ…。ありがとう、ございました…」

ペコリと頭を下げ、失礼しましたと別荘から去った。









別荘を出ると、先ほどの相手宅の使用人が車の前で待っていた。少年──幸村を乗せ、家まで送るという。彼の仕事は、もう終わったので。

もらった物を返そうとしたが、こちらでも断られた。


「眠ってろ。着く前に起こしてやる」
「はい…」

到着はまだまだ先だ、幸村はそうさせてもらうことにした。














「この別荘で、俺らは出会ったんだよな…ha、懐かしいだろ?」

「で、旦那が俺らの学校に入ってさ」
「びっくりしたよなぁ、すげー偶然。てか運命?」

「それから、我らは全員、お前に心を奪われていった」
「悟らせぬよう、友人の素振りを続けてな…」

「お前がいつか、誰かと一緒になる──考えるだけで、ワシらは自制心を喪う。皆こうしていられるのは、医者の世話になってるからだ」

「だから、決めたんだよ」

「ホラ、この薬…知ってるだろ?これを飲んでさ」

「…幸村。悪ィが、俺らのために…」









二十三時に、部屋へ迎えが来る。
それまでの数時間、幸村はそこへ軟禁された。脱出、通信手段はともになく、力なく椅子に座る。

しかし、逃げ出すつもりはなかった。逃げても無駄であることは、よく分かっていたからだ。
彼らは本気だ。何故、今の今まで気が付かなかったのだろう。ずっとずっと、自分のことばかりで。早くに悟れていれば、どうにか出来ていたかも知れないのに。どうにか…

壁には、自分たちの写真がいくつも飾られている。ここに来る度増えていくのが嬉しく、眺めるのが好きだった。


──残酷だ。

こんな時間は、不要だったのに。
自分が殺されるまでに、どんな心の準備をしろと言うのか。湧くのは哀しみばかりで、考えるだけで痛い。辛い、辛い。
時間が、止まってくれたら良いのに。


だが、ノックの音は無情にも訪れた。













カクンと頭が揺れ、目を覚ます。車の外は、見慣れた街の風景に変わっていた。

ガサガサと荷物が滑り、ふと袋の中の一つに目がいく。ラッピングが透明の袋だったため、中身が見えたのだ。
それは幸村の好きな物で、しばらく見つめてしまった。


「どうした?」
「いえ……偶然にも、今日は己の誕生日でして」

「…そうか」

「はい」

幸村は、静かに微笑み、


「もう、誰からももらえぬと思…」




──袋に、水滴が落ちる。

一つ、二つ、パタパタと。



拭うと、滲んだ視界に製薬会社の大きな看板が映った。まさか、一生お目にかかることのない代物だと思っていたのに。

数年前に開発されたその薬は、新しい精神安定剤として大層重宝されている。お陰で、治癒が困難なトラウマから立ち直った者は、日々増え続けていた。
それは、患者の心を蝕む要因を、綺麗さっぱり除去してくれるのである。そして、その後どんなにその片鱗を目にしても、再発は一生ない。

その記憶だけを、最初からなかったことにしてくれる。何て素晴らしい薬なのだろう。


“アンタは…?”

そう尋ねる、彼の顔。当たり前のように、金を渡そうとした。
誰もが皆、幸村を初めて見る目で。興味など一切もない、名前も聞こうとせず。

まだほんの子供のときに出会ってから、十数年。いつも一緒だった。…昨日までは。


痛い、哀しい、…苦しい。

贈り物の包装紙が、グシャグシャと音を立てる。止まれと思うのに、口が勝手に開いていく。答えは分かっている、無駄だとも……なのに。
どうしても。



「…して、くだされ……それがしの、記憶……も…」


「──…」


すまない、とくぐもった声で謝られ、ちっとも使えぬではないかと、かの薬を罵り呪っていた。





ノックが響く夜の23時

(本当に殺されるのと、一体どちらが…)






『コンコンコン』


(………)


ぼんやり虚ろな目が、時計にいく。
──二十三時。

自分は、まだ夢の中にいるのだろうか。
それとも、全てが夢だったのか。



『コンコンコン』


……空耳ではない。

現実を受け止めなければ。彼らの選択を。生半可な心で出来るはずもない、あの行動を。
結局、自分は最後まで優しくしてもらった。


玄関のドアへ歩み寄る。インターホンを鳴らさぬのは、この時間で遠慮してのことか。ああ、大家殿かも知れぬなと、ドアスコープを覗いた。


(え…!?)


慌てて開けると、立っていたのは、



「よぉ。…これ、別荘に忘れてたぜ?」

「──…」

渡されたアクセサリーを、呆然と受け取る。シリコン製のブレスレットで、アクセサリーと言うには不似合いかも知れないが。子供の小遣いでも買える物で、実際幸村が手にしたのもかなり昔の話だ。

「どう…して…」

「それ、俺がずっと前にあげたやつだな」
「……ッ!?」

また唖然と、相手の彼とブレスレットを見比べる。

彼は幸村より数段背が高く、またその方向で顔を伏せられると、唯一の瞳は窺えない。声も静かで、一体どんな表情なのかも。


「くすりを…」
「飲んだよ、ちゃんと。お前も見ただろ?」

「…では、何故……?」

声は震えていた。どうしてなのかは、分からない。
これは奇跡?──いや、

まさか


あの部屋は、当然…一人だけだったゆえに。皆の写真を見ながら、自分は何をしていた?…何を呟いていた?……涙を流しながら。



「…誰かが、薬…を……」
「多分、あいつら皆…」

彼が両手を伸ばし、幸村の身体を胸に抱いた。初めはそっと優しく、徐々に力強く。
幸村が苦しげに喘ぎ、じきに涙混じりの嗚咽と化していく。すると、ようやく力は弱まっていった。


「…まねぇ…幸村。…本当に…」

自分を含む彼らの弱さを、しきりに謝る彼。その声も震え、幸村の額に温かいものが流れた。
たまらず、その身を抱き返す。
いくら強靭な体躯でも、折ってしまいかねないほどに。一心に。


「…貧乏クジを、引かされましたな…」
「え…?」

戸惑い聞く彼に、幸村はその胸で涙を拭い、目を細めた。


「今やもう……彼らよりも遥かに、某の方が狂っておりますのに」
「…幸村…」

「某は、散々甘やかされてきた…皆を失い、きっと今までの己ではなくなりましょう。それはもはや、」

が、それを黙らせるように、彼は一層強く掻き抱いた。


「それが、お前だろ……そんなお前だから、俺は…」

「……ち、…か殿…」



──二人の性格を熟知している彼らだ、これが最大の呪詛になると思っての、贈り物なのだろう。

長年の付き合いで分かるし、自分が同じ立場なら、そんな思惑なしであの薬を飲めなどしない。純粋に、いつか幸村の相手となる者を手にかけてしまわぬように…と、懊悩した末の行為だったのだ。

であるのに、幸せを噛み締めている自分。そしてそれを幸村には伝えず、生ませてしまった歪みを、実際は利用しようとしている。己だけに執着させるために。

この状況でそんな狡獪なことを抱く奴が、最も浅ましく狂っている。
彼は瞳を揺らめかすと、死んでしまった以前の彼に、別れを告げた。







‐2013.1.23 up‐

お題は、【biondino】様より拝借・感謝。

テンション低く変なネタで、すいません…毎度; あのお題は、ストーカー・ホラー・甘々のどれかっぽいと思ってたものの、やはり理想実現は(--) 親幸にしたく決めると、ストーカーが難しかったのもあり。

幸村以外は元々幼なじみで、旅行で来てた彼が別荘に迷いこみ出会い、その後転校生として再会…設定。誕生日前にしたのは笑顔で祝えそうにないからで、プレゼントだけ買ってた。こじゅ(使用人)に渡すようにも伝えてて。

流れは、告白→薬飲む宣言→部屋で待機させる→幸村の前で薬服用→寝た→皆が目を覚ますまで、幸村ずっと側に。こじゅも見守り役で、ギリギリまでこっそり。

監視カメラ付き部屋で待機させたのは、幸村の本心を探るため。薄々分かってたんでしょうが。その間に酒盛り。薬は一緒に飲んでも大丈夫なもの。無理あるけど。
写真や思い出の品も、幸村関連のは処分され…でも見ても分かんないから、抜かりがあっても問題ないかな。

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