今日は、この地域での新成人祝いの日。



(早いなぁ…)


アルバムをめくる度、佐助の口元と目元が緩む。幼い頃の自分と幸村の写真ばかりで、撮影者は二人の後見人である信玄だ。
親を亡くし彼のもとへ引き取られたのが、佐助が九歳のとき。幸村は既にいて、まだほんの三歳だった。

写真の中で成長していく二人…特に幸村を見ていると、『小さかったよなぁ』『こんなこともあったな』『いつまで経っても「佐助佐助」っつって…』と、感慨が湧いてくる。

アルバムを畳み、次はデジカメを手に取った。表示されるのは、立派に成長したスーツ姿の幸村。今朝撮ったもので、佐助や信玄と並んで写ったのもいくつか。


(やっぱ、まだまだだけどね)


ふふっと、笑みがこぼれる。
照れ臭そうに立つ幸村は、スーツに『着られている』感で一杯だ。

信玄のもとを離れず、佐助も幸村もこの街にある会社・大学に籍を置いている。どちらも今日明日と休みなので、幸村を見送った後、ついつい思い出に耽ってしまっていた。

──式の後は同級生らと遊んで、その足で同窓会に行くらしい。
どうせ帰りは遅くなるだろうから、お祝いは明日ゆっくり…の予定である。

佐助はデジカメを置き、ぼちぼち家事を始めた。














「お帰り、早かったね」
「お〜ぅぅ、…っしゅけ、たらいまぁぁ〜」

「──ぇ、ぇえ゙〜…?」

呆気にとられた後、佐助は目を疑った。
玄関を開ければ、立っていたのは陽気に笑う幸村。見るからに酔っており、呂律も怪しい。

へらへらフラフラしながら靴を脱ぐが、

「っぶな…!」
「…ぅ、?…ぉ、さしゅが、しゃす、け…」
「ちょ、ちょっと旦那ぁ?」


(嘘だろー…?)


飲酒の経験はあれど、こんなに酔った姿は初めてだった。よほど楽しかったのだろうか、よく一人で帰って来られたなと、佐助は冷や汗をかく。

しかしその汗は、すぐさま違う意味のものへと変わった。


(…何か、フニャフニャ……)


こけそうになった彼の身体を、咄嗟に抱き留めた佐助。幸村はほとんど力を抜き、普通なら重くて敵わないはずだが…妙に軽く、かつ柔らかく思え、内心かなり焦ってしまう。

「しゅまんしゅまん」と幸村は離れ、おぼつかない足取りでリビングに入り、スーツを脱ぎ始めた。


「旦那、相当酔ってんね…?」
「にゃにぅをっ?みよ、スーちゅよごしておらんぉっ」
「ってそれ、大将の!も〜…」
「…ぁ、おやかたしゃま…?」
「アンタの祝いにかこつけて、上杉さんとこ飲み行ったよ」

「しょ…か」

幸村は信玄の着流し(寝間着用)を適当に着け、ドサッと座り込む。

「ほら、酔い醒まし。それ飲んだら、もう寝なよ?」
「ぃやらっ!」
「はいー?」

「──さしゅけと、のみたい…」


「………」


だったら、こんなんなるまで飲むなよと言いたい佐助だが、幸村の表情や様態にままならなかった。

酔いのせいで目がとろりと潤み、瞼がいつもより下がり気味。外気で冷やされたのか、白い頬にそれがまた鮮明に映る。
着流しが大きいため、首から胸元が緩く覗いていた。ついでに脚も。



(ちょっと……てか、かなり危険なんですけど…)


静まれ静まれ俺様のパトス…そう何度も念じ、佐助はポーカーフェイスを繕う。
起死回生の苦笑を幸村に向け、

「せっかく明日はゆっくりできるんだし、旦那がグロッてちゃつまんないじゃん。大将も楽しみにしてんだよ?」

「ぅにゅ…」
「ははっ、その顔。…『さしゅけ〜』なんて、小っさいときみたい。今日アルバム見てたら、懐かしくてさ」

「………」

たちまち静かになる幸村だが、

「もぅ、せいじんした……さけも、こんなにのめゅ…る」
「そうだよねぇ。だったら、大人しく寝ようか?子供はもう寝る時間」

「ころもれは……にゃい……」
「あ、つい出た。ごめん、アルバムのせい」

佐助はごまかし、「さぁさぁ」と幸村を部屋まで歩かせる。
ベッドに横になる姿にまた煽られたが、打ち消すよう布団を肩まで掛けてやった。

幸村の瞼は、さらに重くなっている。


「おやすみ、旦那。…成人、おめでとう」

「……さ、…すけ……」
「ん…?」


「──…」


幸村からの返事はなく、佐助は静かに部屋を後にした。














(あーあ……やっぱな…)


あれから数時間後に部屋を覗くと、案の定幸村は布団をはだけていた。

帯はほどけていないが、他はもうめちゃくちゃで、太股から露になった脚で布団や毛布を挟み込んでいる。上はそれに抱きつき、胎児のような格好だった。


──目の毒にも程がある。

佐助は顔をしかめると目を細め、彼を真っ直ぐにし、着流しを整えてやる。
再びきちんと布団を掛け、やっと顔に視線を向けられた。



(………)


普段より大人びて見えるようで、幼い頃と同じあどけなさも覗く、静かな寝顔。
長い睫毛がかすかに揺れ、形の良い唇はわずかに開いていた。そっと指でなぞれば温かく、滑らかさが心地好い。

吸い寄せられるように顔が降り、視点が近付く。……唇の上に、穏やかな吐息の熱を感じた。


「っ…」

我に返り、急ぎ顔を上げる。
危ない、もう少しで重ねてしまうところだった。…それだけで終われるはずがないと、よく分かっているというのに。

佐助は自戒し、屈めた身体や布団に着けていた手を離した。



「…す…け…」
「ッ!──起こしちゃった?」

緊張が電流のごとく走ったが、佐助は即立て直す。…思いとどまって本当に正解だった。

幸村は半開きの目で、ぼぅっと佐助を見上げている。

「喉渇いてない?水持ってこっか?」
「んん…」

彼は緩慢に首を振り、「なぁ…」とまた佐助の名を呼ぶと、


「いつ教えてくれるのだ…?」
「え?」
「……いや」

幸村は姿勢を変え、佐助に背を向けた。どうやら、酔いはもう落ち着いているようだ。
『何か約束してたっけ?』と佐助は思い巡らすが、


「今日、幼い頃の話になってな…」

──同級生たちから、『本当に可愛かった』『女子より目立ってた』などと大絶賛を受けたらしい。


(あー、それでいつもより飲んだわけか…)


と、佐助は呆れながらも微笑ましく思う。
もう自分も大人で、こんなに男らしくあるのだと誇示するための、それを。


「小さいときの話なんだから。気にしなくて良いって」
「…今は?」

「そりゃあ……全然違うよ」

佐助の頭の中には、先ほどの幸村の姿が浮かんでいた。

幸村は、未だ背を向けたまま「そうか」と頷くと、


「あの日、お前は言った…『大人になったら、理由を教えてやる』と。二十歳の誕生日でなければ、今日かと思い…」


(ぇ──)


……まさか。
刹那、佐助の脳裏にその記憶が甦る。忘れられるはずもない、もう十数年前のあの日。

幸村のことが愛しくて愛しくてたまらず、佐助は眠る彼の唇に触れてしまった。…己と同じもので。

しかも目覚めさせてしまい、幸村はキョトンとした後、『何故それをしたのか』を無邪気に尋ねてきた。
その行為を見知らぬ、まだ年端も行かぬ頃だ。きっと忘れるだろうからと、確かに佐助はそうごまかしたのである。



「旦那、覚えて…」

茫然と尋ねる佐助に、幸村はやっと顔を向け、


「やはり、聞かぬ方が良かったな…」
「──…」

その言葉に、胸が深々と刺される。
だから覚えていたのだ、忌まわしき記憶として。文句をつけてやろうとしたが、言ってみて後悔したのだろう。

自分の罪をどう償うか、佐助は果てなく暗い気持ちに沈むが、


「あのときの俺は、そんなにだったか?…先ほどは、それで止めたのだろう?する気が失せて。…昔とは、もう違うものな…」



──静かに言い、苦笑する。


佐助の知らない顔で。

…哀しい表情は見たことがあっても、その瞳は。











それから、どれほど経ったのか…二人の間には、沈黙しかなかった。


「…飲み過ぎたせいだ。明日には忘れておるゆえ、」

「………」
「え?」

聞き取れなかったのもあるが、幸村は佐助の行動にも戸惑う。
枕元へ腕と手を着ける、その。
…まるで、閉じ込めようとするかのような。

ギシリと軋ませ、佐助は幸村を見下ろしながら、


「『嫌だ』っつったの。…忘れないでよ、今度もまた」
「──…佐助…」

「俺の気持ちは、ずっと変わってない。むしろ増えちゃってるよ、旦那が大きくなればなるほどさ…」

口調は気安くも、真摯な表情とその言葉。
幸村は目を丸くし、佐助を仰ぎ見る。

それを、「信じられないのは、俺様の方だって」と佐助は苦笑し、


「旦那、普段は分かりやすいくせに……や、俺様がダメダメだっただけか」
「そんな…、…ぇ?」

「色々謝んなきゃだけど、後で良い?…今は、今すぐ『理由』を教えたい。それと、さっきはとどまった理由も」

佐助は布団と毛布を剥がし、「旦那、後悔するかも知んないけど」と少しだけ笑う。

──幸村が初めて見た、一つも余裕のない笑みで。


「…っ…」

着流しの上から身体を撫でられ、幸村の頬が染まった。その頬に触れられれば、今度は全身が熱を帯びる。


「大人の時間には、まだ早い…?」

冗談のように尋ねる佐助だが、止める気はない。それは幸村にも伝わり、ぎこちないが、彼も笑みで返した。


「後悔など、もうする必要がない……俺も、今すぐ『理由』を知りたい。…もう、子供の時間は、終わっておる、し…」


「…旦那……」


吐息が混ざり合い、ようやく熱が重なる。──幼い頃とは段違いの感覚に、目眩を起こしながら。

甘く密やかな大人の時間を、二人で刻んでいった。





22時は大人の時間に入りますか?

(夢じゃないと確かめるためにも)






‐2013.1.3 up‐

お題は、【biondino】様より拝借・感謝。

うぅ…お目汚し申し訳ない。反省だらけ。もっと明るくしたかった(´`)

どっちかがそんな素振りを見せない限り、仲良し家族以上にならん気がする二人。初めてなのに幸村積極的過ぎ?はお許しあれ。ほんとはもっとこう、天然襲い受け的な感じを妄想してたのに…叶わず。

同窓会は夕方かなり早くから開始で、お館様は都合よくほぼ朝帰り(*^^*)
どうやったら、可愛い酔っ払い幸村にできるのか…(;∀;)

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