“何故、もっと早く──”


…悔やむのは、そこではない。
もう分かっていたが、どうしてもせずにはいられなかった。





連絡するには遅すぎた19時





師走に入った頃、真田が『長曾我部の様子がおかしい』と言ってきた。

二人でいる際、呆けた目で真田を見たり、放心することが増えたという。前は頻繁だった互いの家に泊まるのがなくなり、『何か隠しているのでは』と案じていた。


(やはりか…)


以前、奴が唐突に女の紹介を断ってきたときも、『もしや』とよぎったのだが。


「何か、心当たりがあるのか?」
「…確信はないのですが」


『幸村、お前男に好きだとか言われたら、どー思う?』
『は…』

『……いや、何でもねぇ。ハハ、悪ぃ』



「冗談にしては、何やら様子が…」
「……」


(今頃になって…)


湧いた憤りのまま奴と対峙したいのを抑え、「私がそれとなく窺ってみる」…そう言えば、真田は救われたように息をつき、


「元親殿も驚いたでしょうな…まさか、同性から交際を申し込まれるとは」

「………」
「すみませぬ、三成殿。某では力になれそうになくて。よろしくお願い申す…」

「…分かった」

真田は完全に勘違いしているようだが、あの女好きの態度を見ていれば、そう思うのが自然か。

…それが逆で、しかも相手が自分であると知ったなら、次はどう思う?

聞きたいのは山々だったが、当然飲み込んだ。









後日、長曾我部の部屋を訪ねた。


「そーいや、もうすぐ忘年会だな。忘れんなよ?」

私たちが所属している、ツーリングサークルでの話だ。真田はバイク持ちではないが、そういった者も在籍できる。
が、今はどうでも良い。


「最近、妙な態度を見せているようだな?真田は、貴様が男から交際を申し込まれたらしい、と案じているが」

「へ……」

長曾我部は唖然とすると、盛大に吹き出し、

「そーくるとはな〜!」
「笑い事か?」
「じゃねーな…けど、さすが幸村」

笑いを抑え、「で、お前が聞きに来たってわけかい」

こいつは、私が真実を悟っていると察してもいないだろう。単刀直入に言おうとしたが、


「分かっちまってな──ほら、お前のバイク買った日。…幸村と公園にいたろ?」

「……見ていたのか」

「おー…何っか、出てけなくてよ。で、お前ら見てたら、気付いたっつーか…」


「………」


(…では、私が要因だったわけか)


自身の失態に歯噛みする。…が、どのみち辿っていた事態だろう。

さすがに返答に詰まっていると、長曾我部はニヤニヤ笑い、

「お前って、普通にコクったり出来なさそーだよなぁ」
「…何?」
「口下手だからよう、いきなり抱いたりキスして分からせるとか、そんなんじゃねぇの?」

「…誰がだ」

確かに、伝えるべき言葉は未だ白紙だが。


「幸村にゃ通じねーぜ?直球で言わねぇと」
「…私のことは良い、それより貴様、」
「じゃ、俺言うからな」

「──何だと?」

耳を疑ったが、長曾我部は不敵な面で、

「あいつの初めてを、んな風に奪われたくねぇからよ。近い内に言うわ」


「…貴様……」


私は、茫然としてしまっていた。
認めたくはないが、かなりの衝撃だったらしい。よもやあの腑抜けが、こうまで人が変わったように…


──だが、させるか。

確実に阻止してやる。
そう目で返すと、無言で長曾我部の部屋を出た。

…の一方で、あの素早い決心に、苦い敗北感を食わされてもいた。













それから数日経ったある日、長曾我部の部屋での夕食後…


「幸村、久々に泊まってけよ」
「えっ…良いので?」

「では、私も邪魔させてもらおう」
「ぇ!?」

真田は驚くが、長曾我部は挑戦的な笑みを向け、

「いーけどよ、お前コタツな。俺と幸村はベッド」
「何だと?」
「俺の広ぇから余裕だし、他に布団ねーし〜」
「ふざけるなッ、許さん!」
「あ!某コタツが良いので、お二人が、」

「「それはない」」

遠慮して帰ろうとする真田を二人で引き止め、言い争いの末…







「あり得ねぇ…」
「……」

「まぁまぁ、一度くらいは良いでござろう?」

子供の頃のキャンプを思い出すと、真田は楽しげに笑う。

結局、ベッドから布団を下ろし、三人で雑魚寝という形に行き着いた。敷き布団は一つなので、身を寄せ合っている状態だ。…真田を中に挟んで。


「ったく狭ぇ…おい、横向けよ幸村」
「おぉ、すみませぬ」
「……ぃゃ…」

仰向けだった真田は、長曾我部の方へ顔と腹を向けた。途端、考えなしだったらしい奴の顔に、緊張が走る。
私をチラリと窺うのも癇に障り、

「っ!?」
「消化に良いのは、こちら側だろうが?」
「…は、はい…」

と、私の方に向かせた。
右側の腹を下にする方が、と言っていたのは真田自身だ。今晩も大食していたので、正当性はあるだろう。…長曾我部の苦笑は、視界から除く。


「元親殿には、よく見られておりますからなぁ。某、それはひどい寝顔らしくて。…三成殿には見せとうなかったが…」

真田は恥じらいに苦笑を入れ、「しかし、どうせ寝相も悪いので」と、逃げるように目を閉じた。
──正直、助かった。…寝顔よりも見られたくないものを、目に入れずに済んで。

間もなくすると、真田は寝息だけに。


「………」

「『どこが酷い寝顔だ?逆ではないか』?」
「…黙れ」
「ハハッ。寝相の被害に遭いたくなきゃ、出るのが正解だと思うぜー?」

「ふん…」

その隙に真田を起こして、例の話をするに違いない。

朝まで寝ずに、(どちらも無意識に)すぐ長曾我部の方を向きたがる真田と、その身体に腕を回す奴の行動を、苛立ちとともに修正した。

このように、奴らを二人きりにさせぬべく、私はいかなる機会も潰していった。













年の暮れが近付いてきた、その日。

講義後、調べ物に没頭している最中ケータイが鳴り、


『忘年会、忘れてないよな?六時から』
「…ああ。少し遅れる…」

幹事からで、実際は失念していたがそう答えると、『了解。来るとき連絡しろよ〜』

場所は大学からすぐ近くなので、そのまま行けば良い。







七時前になり、そろそろ出るかと幹事へ掛けると、返った言葉に固まった。


『チカたちも一緒だろ?』

「──貴様らといたのでは?」
『六時まではな?で、お前迎え行くっつってさ。あれ、連絡いってない?』

「いや…」

「こちらからしてみる」と切り、すぐ二人に掛けた。…が、揃って出ない。


まさか…
じわり焦りが湧くと、メールが入り、


『ついさっき、幸村に言った。悪いな』



「………」


記された場所へ、全速力で駆けた。














(何故、もっと早く連絡しなかったのか…)


悔やむのは、そこではない。
もう分かっていたが、どうしてもせずにはいられなかった。

今は他に誰もいないあの公園で、ベンチに座る真田。どこか神妙な顔付きで見上げられ、胸がよじれる。


「…長曾我部は?」
「先に店へ…」

そうか、と私は彼の側に寄り、


「真田──」
「ぇ……」


……あいつの言う通りだ。

真田が口を開きかけたのを見て、咄嗟に手が先に出ていた。意外なほど華奢な身体を抱き、想いを伝える。静かに…囁くようにだが。

つい先ほど、もう一人から聞いただろう、その言葉を。
余計なものを取り払えば、こんなにも簡単な一言だったというのに。


「嫌悪するだろうな…」
「まさかッ」

真田は、こちらが誤解しそうな──つまり、照れた顔で、


「ぉ、驚きましたが……嫌ではござらん。…三成殿なのですから」

「…そぅ…か、」
「はぃ…」

想像以上の甘い展開に、どう振る舞えば良いか焦燥してしまう。
きっと、長曾我部もこのように、優しく柔らかく受け取ってもらったのだろう。



(充分か……)


言えて身軽になったのだろうか?ふいに、肩の力が抜けたように感じた。悪い意味ではなく。
私だけのものにするために告げる、あるいはその逆だと決めていたはずなのに、どうしたことか、こんなにも穏やかだ。

…奴も、そう感じたのではないだろうか。



「元親殿に、感謝でござる」
「…何?」

「先に、心の準備をさせてくれたので」

まだ照れてくれているのか、真田は俯いたまま言葉を紡ぐ。







『わざわざこんな…どうされたので?』

『悪ぃ悪ぃ。…ちょっとな、お前に言いてぇことがあんだよ』
『某に…(もしや、例の…)』

『落ち着いて聞いてくれるか?どんなことでも叫ばねぇで、よく考えて、応えてもらいてぇんだ…』







それを伝えると、奴は真田を抱擁し、去ったという。


「『三成殿が』、某にどんな話をしても、大人しく聞け──と。…なので、…」



“あいつは口下手だから、よく分かんねーことするかも知れねぇ。けど、そりゃ…お前に知って欲しくてだな……とにかく、奴はお前のことは結構気に入ってんだよ、それでも”

だから、ちゃんと聞いてやってくれ。…避けねぇで。

俺、お前ら見てんの面白くて好きだからよ。これからも、一緒にいてぇから。





「………」
「………」


「…真田」

「はい…?」


「何故、下を向いたままでいる」


「──…」



解っているくせに問うとは、何という愚かしさか。

私も愚かだが、奴も良い勝負だ。
真田も。


…ゆえに、集まったのだろう。





「み、三成殿っ?」

「私だけでは、アンフェアだろうが。あれにも口を割らせる」
「しかし、某は…!」

「…真田、」

その先は、聞かずとも分かっている。だてに、毎日見ているわけではないのだ。


「私は、お前のそういう性(さが)に惹かれている…肝心なところでは鋭い、その。…知らぬ振りをさせ続けるなど、私の沽券に関わる」

私が手に入れるのは、そんな憐れみ染みたものでなく、真のお前自身だ



「三成殿…」

「だいたいあれで隠したつもりなのか、あいつは?間抜けにも程があるだろうが、真田にまで悟られるなど」


「……です、…な…」



──ようやく笑ったか。


全く、どう真似ても、私には到底無理な戦法だ。こうして、奴は真田の心を引き付けてきたわけだ。一体、これで何度目の学習か。

腹が立つが、私は私のやり方で繋がりを形成している。向こうにとっても、決して弱敵ではない。


一人勝手に兄貴面した奴の目を覚まさせ、所詮五十歩百歩だということを、飽くほど分からせてやろう──












‐2012.12.26 up‐

またどっちかに出来なかった…特に無理で。この後も仲良くいて欲しい。アニキは「お前の気持ち言うぞ」のつもり。三成の聞いて、元親のも分かった幸村

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