「──Shit!」

思わず漏らし、政宗は腕時計に目をやる。約束の時間までは、あと数分しかない。

休日出勤後に予定外の用事が入った上、渋滞に巻き込まれた。待ち合わせ場所には広い駐車場があるのだが、空きを探すのに手間がかかる。


(間に合ってくれよ…)


焦れる思いでハンドルを握り、政宗は前方を睨み付けていた。





17時の待ち合わせに
間に合わない!






それは、昨晩のことだ。
夜の十一時前にやっと仕事を終え、外へ出ると、


「お疲れ様でござる、兄上」
「──お前…」

正面玄関の脇で手を上げたのは、幸村だった。
一瞬幻かと思い、またその姿に愛しさが溢れる。…と同時に、それを上回る感情が湧き、

「馬鹿がッ!」
「えっ?」

幸村は目を見開くが、政宗は車に彼を引っ張り入れ、すぐに走らせた。

「何ノコノコ来てやがる…!?今何時だと思ってんだ!」
「ぇ…、まだ…」
「家ん中とは時間が違ぇんだよ!そんくれぇ分かるだろーが!」
「──某、もう子供ではござらぬ」

「そうじゃねぇッ」

政宗は一旦車を停めると、

「俺が仕事で獲った賞は、額縁がいくつあっても足んねぇ。意味分かるか?…つまり、そんだけ恨み買ってるっつーことだよ。その数以上にな」

「………」

「俺に手ぇ出せねーとしたら、奴らどうすると思う?俺がお前と一緒にいんの見て…今日みてぇに一人でウロついてんの見て、家まで追われりゃ…」

深い溜め息をつき、政宗はそこから先は止めた。口にすれば、怒りが恐怖に負けてしまいそうだったからだ。


「すみませぬ……」
「…いや」

幸村の小声に、政宗の頭も落ち着き、

「悪ィ…。考えてみりゃ、お前にこんな話したことなかったな。馬鹿なのは、抜かってた俺の方だ。…あくまで可能性の話だ、そうそうあることじゃねぇ。が…」
「………」

「お前は俺のたった一人の弟で、大事な家族だ。なくしたくねぇし、でも離れんのも嫌なんだよ。やっと一緒に暮らせるようになったんだ。…なぁ?」

「はい…」

と頷いた幸村だが、その後もずっと落ち込んだ様子だった。


──志望大学に合格した幸村と同居を始め、半年以上が経つ。
政宗の多忙さは変わらないが、たまに取れる休みは、幸村との時間に全て使っていた。

幸村の部屋も設けたので、同じベッドで寝るのは、さすがに止めているが。

以前、『愛の告白』を放ったあのとき、結ばれぬさだめであっても、彼がいてくれさえすればそれで良いと、心の底から思った。
伝えたのは、その「愛してる」だと……









よくよく思い返してみれば、このところ幸村は考え込んでいることが多かった。忙しい大学生活のせいだろうと思っていたのが、今になり悔やまれる。

あれは少し前の話だが、


「今日、友人に言われたのですが……その、兄上に、…こ、恋人がおらぬのが、不思議だと…」
「──Ha。よけーなお世話だ」

言いつつ、内心焦りが湧くのは仕方がない。というのに、幸村はじっと政宗を見つめ、

「某が、お邪魔をしておるのでは…?兄上の歳なら、もう結婚していても」
「相手もいねーのに、できるわけねぇだろ」
「…本当でござるか?」

「お前、そんなに兄ちゃんと離れてぇのか?」
「なっ…、違いまする!そうではなくっ──」

飲み込むよう言葉を切り、幸村は表情を憂いに曇らせていく。


(Ahー……ったく…)


湧き出る愛護心に流され抱き寄せたかったが、そのまま取り返しのつかないことになりそうなので、政宗は誘惑に必死で耐えた。


「ここにお前を呼んだのは俺だろ?俺が、お前と一緒に住みたかったんだよ。仕事がなけりゃ、お前とばっかいてーの。loverもmarriageも要らねぇよ、欲しいのはお前…」

っと、と政宗は咳払いでごまかし、

「…お前との生活だけだよ。You see?」


「──はい…」

幸村の安堵の笑みに政宗も息をつくと、空気を変えるため、幸村の好きなテレビドラマを観ることにした。アクション、スリル、人情と色々で、友人の間でも流行っているらしい。

幸村が気に入っているのは、父と息子、兄弟といった絆の描写のようだ。今完結編が上映中なのだと聞き、政宗は「よしっ」と、

「観に行くか!」
「…えっ?」

目を丸くする幸村に、彼は再度決し、

「月末の土日の…夕方からなら、どうにか出来る」
「まことでっ!?──しかし、よろしいので…?」
「俺も観てぇしよ。夜はどっか外で、旨ぇもん食って帰ろーぜ?」

「は…はいっ!」

幸村の明るい顔に、政宗の方が感謝の思いだった。
ほんの六年前に知った兄との外出に、ここまで喜んでくれるなんて。普通の兄弟でこの年頃ならば、離れたがるのが多いだろうに。

そして彼はいつも言うのだ、両親には頭が上がらないと。亡き母には自分たちを生んでくれたこと、父には政宗と引き合わせてくれたことに対して。
それを聞く度、『やっぱ兄弟だな』と政宗は嬉しく思う。自分と、全く同じことを考えている…と。

月末はもうその映画の最終上映日で、時間も夕方の一本しかなかった。


──こんな温かなやり取りを経て決まった予定だというのに、前日にあんな厳しいことを言ってしまい…














「幸村!」
「あ、兄ぅ──」

…え?と幸村は数秒止まり、みるみる顔を赤らめていく。

周りに大勢人がいるそこで、政宗からの抱擁を受けていた。
ともに暮らし始めてからはほとんどなかったため、どう反応すれば良いのか…


「Sorry、遅れた!走るぞ!」

「…っ?まだ時間は…」
「席なくなるかも知れねぇっ!急げ!」
「は、はい、…?」

幸村は面食らいながらも従った。









映画の後は予定通り外で夕食にし、感想で盛り上がった。ラストに相応しい家族の絆のシーンには、涙する観客も多かったようだ。

店を出てからは、すぐに帰宅した。


「しっかし、間に合って良かったぜ」
「レンタルでも構わなかったのに…間に合わずとも、夕食には行けたでしょうし」
「どうしても観ときたかったんだよ、お前と」

その言葉に照れ、幸村はそれをごまかそうと、「なっ、何を飲まれまするか?」

「良い、今日はやめとく」
「え」

驚く幸村だが、政宗は真面目な顔で、「ちょっと話があるんだ」と彼を向かいに座らせ、


「今日仕事の後な、真田のdaddyから連絡あってよ。会って来た」
「…父が……」

「聞いたぜ、親父さんの再婚話。お前の世話任せきりにして済まねーとか、頭下げられた」
「それは…」
「否定したさ。世話なんざ出来てねーしな、仕事ばっかで」

苦笑し、政宗は「Sorry」と呟くように言うと、

「昨日署まで来たの…それ言うつもりだったんだろ?つか、大分前からよ。俺が全然暇ねぇせいで…」
「いや、そんなっ…」

「親父さん言ってたぜ、お前のことが大好きだってよ。愛してるって…。でも、俺に預けてくれたよ、そんな大事なお前を」

「…!?ち、父がっ…?」

ど、どうしたのでしょうなっ?昼間から酔っておられたのでしょうか?と、幸村は真っ赤な顔で笑う。

そんな彼を見つめる政宗の眼差しは静かで、だがどことなくそうではない気もする色に、幸村の赤面は濃くなった。



「たとえ血が繋がってなくても、…な」




「──…」

その一言に、幸村の頭の血は急速に下がっていく。

それは、今日観た映画で出た台詞だ。血縁はないが絆は固い…よくある設定である。


「…だからあの話が好きなんだな、お前」

政宗は、幸村の頬に軽く触れ、


「だが、そういうことだからな?お前と親父さんは、これからもずっと家族だよ。心配すんな、大丈夫だ。映画と同じだ…」









時計の針の音だけが静かに響く中、幸村はずっと俯いていた。政宗は何も言わず、ただじっと彼を見守っている。


「大丈夫でござる…よく分かっておりますので」
「ああ。…そうだよな」

政宗は笑み、幸村の髪を撫でようとした。──が、幸村はそれを避け顔を上げた。

薄茶色の双眸に、政宗の影がゆらりと映り込む。


「ぁに……政宗殿は、どう…」
「ッ、」

名で呼ばれ、穏やかに保っていた政宗の周りの空気が乱れた。
幸村は、それに悲しげに目を伏せ、

「養子であるのは理解できても、政宗殿と兄弟でないことは……信じとうなかった」


「………」

今日聞いた話によると、彼の父親は子を為せない身体であったらしく、幸村には事実を隠していた。いずれは知られるだろうと、今から二ヶ月ほど前に打ち明けたと。

ゆえに、幸村は両親とは血縁がないことになる。…当然、政宗とも。




「そんなにshockだったのか?兄弟じゃねぇのが」
「当たり前でござろうっ…」

幸村は声を詰まらせ、政宗を恨めしげに見てしまう。
信じがたい事実に、何度涙したか分からない。…だというのに、彼の様子ときたら何なのだ?

希望だが、『血が繋がってなくとも、お前は俺の弟だぜ…』と、言ってくれるのではないかと…。
政宗の、ショックの一片たりとも窺えない歓喜に満ちた表情に、幸村は深く落ち込んだ。


「…某、自惚れておったようです。てっきり、政宗殿も同じ思いかと…」
「Hum…だったら、もっと最高だがな。…お前よォ、どの辺がshockだったんだ?」

「!?」

幸村はさらに傷付いた顔で、

「弟でなければ、もうあんな風に思っては……接しては頂けぬでしょう!?大学に入って以来、寝所も別々で──以前は、あんなにも『幸村幸村』と言ってくれておったのに!その上兄弟ではなかったなど、あまりの…ッ」


「…泣くなって」
「泣いてませぬっ!」

政宗の腕の中に納められ、その胸を押しやるがビクともせず、幸村は悔しさに唸る。
そんな彼の頭を撫でながら、政宗は、

「やっぱ俺ら、兄弟だな。俺も同じことでビビってたよ。兄貴じゃなきゃ、もう相手にされなくなんじゃねぇかって…」

でもな、と笑うと、


「俺って奴は、んなときでもpositiveの方が勝つみてーでよ。この真実もお前の言葉も、全部良いように思っちまう。…もしかしてマジで、お前も俺と同じで、」


叶わぬそれをこの繋がりに乗せ、昇華させようとしていたのであれば…



「に…、…さむねどの」
「どっちでも良いさ。今までもそうだったろ?」

と、政宗は笑い、


「弟であろうとなかろうと関係ねぇ、昨日も…前にも言った通り、俺はお前が一番大切だ」



愛してるぜ、幸村。


お前とは違うかも知れねぇ自惚れであっても、分からせるまで寝かさねぇから。

昨晩と同じ十一時前を指す時計を見上げ、「まだまだ余裕だろ?」と、笑みを幸村に向けた。





17時の待ち合わせに
間に合わない!






渡された戸籍謄本を返すと、頬に涙が伝った。
兄という特等席を外された喪失感は、相当な打撃であったらしい。

だが、同じほどのかつてない歓びに、嗚咽さえ上げ泣いた。彼の父親がまだ前にいたのに、ひどい醜態をさらして。


『あの子が言う前に、勝手に知らせて済まない…』
『…いえ』

政宗は何度も謝辞をし、『改めてまたご挨拶に』と頭を下げた。

──一体、いつから悟られていたのだろう。
正にこの親にして、あの息子である。他人に、ここまで情けをかけられるとは。

話を終えたのは、まだ間に合う時間だった。


(絶対、一緒に観ねぇと……)


どんなにありきたりな内容でも、彼のだけでなく、己の願いも詰まっているあの物語を。

ただ、まずは抱き締めてしまうには違いないだろうが。


政宗は、アクセルを踏み込んだ。







‐2012.12.3 up‐

前と違う雰囲気スミマセン。夜更かしは単なる愛語り

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