夕方のお迎えラッシュを過ぎた頃の、ある保育園にて…


(よ〜し♪)


外から戻った慶次が教室に入ると、残っていた友達はほんの数人。女の子二人はお絵描きに夢中で、ちょこんと椅子に座ったままのもう一人は、

「ゆきっ!なぁなぁ、いいことおしえてあげよっかっ?」
「──…」

「?ゆきー?」

反応のない幸村を、不思議そうに見つめる慶次。彼は、虚ろな目でこちらを見ようともしない。

『眠いのかな』と思い、慶次は目が覚めるようにと、

「きょうのおやつだけどさぁ」

「………」
「…えっ!?ゆ、ゆき…っ?」

突然ぼろぼろ涙を流し始める幸村に、慶次は仰天する。

「だんじたるもの、つよくなければ!」と、転んでも気丈に振る舞う彼なので、どうしたのだろうと慌てふためき、

とにかくは他の女の子たちから見えない場所へ連れ、涙が引くまで、頭や肩をぽんぽんと撫でた。











佐助と幸村はよく「兄弟?」と言われるが、武田家に同居しているだけで、血の繋がりはない。高校生の佐助が幸村と一緒にいれば、そう思われるのは無理もないが。

二人の出会いはほんの数年前だが、本当の兄弟以上に仲が良い。なので、佐助はそれをすぐに悟り、


「旦那、今日何か嫌なことでもあったの?」
「え?」

幸村は何度か瞬きをすると、「いやなことは、なかった」

「そう…」

嘘をついている風ではない。
夕飯も残さず食べているのは、いつも通りだが…

彼のことだから、『嫌だった』と自覚していないだけかも知れない。佐助は、気分を変えてやろうと、

「今日のおやつ、何だった?」

「ケーキ…さんかくじゃなくて、うえがまるいやつ」
「カップケーキかぁ。美味しかった?」
「うむ…」

幸村は席を立ち、「…あ。おたよりがあったのだ」

「あー、発表会の」

幸村が保育園バッグから出したプリント用紙を受け取り、『去年のも可愛かったよなぁ』と、佐助は破顔する。

可愛い演劇衣装に身を包み、元気良く歌う幸村──佐助の目には、他の子たちなど舞台の小道具にしか見えなかった…。


「あ、大将かな?」
「!!おれがでるっ!」

玄関のチャイムに顔を輝かせ飛び出す姿に、『取り越し苦労だったかな』と苦笑する。

佐助も後を追うと、


「あら?どったの、こんな時間に」
「突然すまん」

信玄ではなく、幸村を通じて親しくしている小十郎(社会人)だった。
その隣には、幸村と同い年で同じ保育園に通う、政宗の姿。

いつも生意気な態度な彼が、今日は妙に大人しい。


「真田、今日なくし物しただろう?」
「え…」
「そうなの、旦那?」

驚く幸村に佐助が尋ねると、彼はコクリと頷き、

「ほいくえんバッグにいれた、きょうのおやつが…」
「これ…だよな?」

「あっ!」

小十郎が差し出した、透明の小袋に入ったカップケーキに、幸村は目を丸くした。


「言い出せなかったみてぇでよ」
「なになに?話が見えないんだけど」

「実はな…」











(きょうのsweets、でりしゃすだったな…)


ケーキはプレーンとショコラの二種類もあって、どちらも最高に美味だった。幼児にしては舌が肥えている政宗でも、夢中になったほどで、


(…お?)


床に落ちていた、ショコラ味のカップケーキ。傍には、ケーキが乗せられていたカゴがあり、

「なぁなぁ、せんせい」
「どうしたの?政宗くん」
「ひとつあまってた…もらっちまっちゃ、だめかな…?」

↑普段と全然違う、子供らしいキラキラ上目遣い。

「──しょっ、しょうがないなぁっ…皆には内緒ね?こっそり持って帰るのよ?」
「Thanks!」

政宗は、笑顔でバッグにケーキを入れた。


(あ、ゆきむら)


外から教室に戻った彼に近付くと、

「…あれ?あれ…っ?ケーキが……っ」

慌ててバッグを探り、机の周りをキョロキョロ、下を覗き始める幸村。

政宗は、すぐに自分の勘違いに気付いたのだが、


(と、『とられた』っていわれたら…)


先日、同じ組の男の子が他の女の子のおやつを勝手に食べて、大問題になった件が浮かぶ。

女の子は大泣きで、「○○くんなんかだいっきらい!」と──


そのまま言い出せず、茫然自失となった幸村への罪悪感に苛まれながら、迎えに来た小十郎のもとへと走った…











「ゆきむら、so…ごめん……まちがえて…だまってて……」
「まさむねどの…」

幸村は、初めて目にする政宗のひどく落ち込んだ顔を驚き見るが、


「…これ、すげぇうまかったから…おまえに、もういっこあげようとおもって…」

彼を喜ばせられると有頂天だった分、『やってしまった』というショックは大きかったことだろう。

佐助は、『そーいうことか』と息をつくと、

「旦那…バッグのチャック、ちゃんと閉めたの?」
「あっ、ぅ…」

やっぱり、と呆れ声を上げ、

「何回も言ったよねぇ?そんなんだから、こないだもオモチャなくしちゃったんでしょー?」
「すま、ぬぅ…」

思い出し、反省に項垂れる幸村。佐助は再び苦笑すると、

「まーくんに拾われなかったら、絶対戻って来なかったよ?」
「あっ…」
「っ!」

幸村と政宗がハッと佐助を見上げ、小十郎は感謝の視線を送る。


「まさむねどの、ありがとうございまする!」
「や、おれのせいで…」
「まぁ、知らなかったんだしさ。だいたい、ちゃんとしなかった旦那が悪いんだし」
「そうなのでござる!これからはぜったいしめるぞ、さすけっ」

「そうそう。来年は一年生になるんだからね?」

うむ!とハツラツとした返しに、佐助だけでなく小十郎も笑みを誘われた。


「詫びだ、もらってくれ」
「いーのに…じゃ、上がってかない?」
「しかし…」

小十郎は恐縮するが、


「うぉぉぉ、すごいおかしでござらぁぁ!」
「ぜんぶうめーんだ。おれは、これがすきでよ」
「それがし、おさらだしまする!まさむねどのは、あけててくだされ!」

キャッキャッとはしゃぎ、子供二人は部屋の中へ。

それにまた笑み、保護者たちも後へと続いたのだった。











「旦那、これは明日にしようね?今日は沢山食べたから」
「でも…」

幸村は、あのカップケーキを手にするが、

「ダーメ。明日のお楽しみ」
「さすけ、おなかいっぱいなのか?」
「一杯でしょ?あんなに食べといて…」


──ん?

佐助は立ち止まり、


「や、俺様はそうでもないけど……え?」
「では、たべられるよなっ?」

そう笑顔で差し出す幸村に、『まさか』と思っていると、


「さすけがすきだから、ひとつのこしたんだっ!」



『好き』だから──…



「………」

固まる佐助。


「これ、すきなんだろうっ?」
「……へ?」
「『ほしい』って、いっておったから。テレビみて」

「──あぁ…」

佐助は、すぐにそれを思い出した。
テレビのCMに、これと似たケーキを映す菓子店の宣伝があるのだが、


『これ欲しいんだけどね〜(高くて、手ぇ出せねーんだよな…)』


確かに、そう呟いた記憶がある。

…それにしても、よくぞそんな些細な一言を覚えていたものだ。佐助は、静かに感動を噛み締めた。(ちょっぴり残念だったが)


「そっか。俺様のために…ありがと、旦那」
「う、うむっ!はやくたべてみてくれっ。すごくおいしいから!」

「うわ〜、楽しみ〜」

佐助は一口食べると、「うん、美味い!」

「そうだろう!?」
「今まで食べた中で、一番美味しいよ」

当然、幸村の気持ちがそうさせたのだ。食べたかっただろうに、我慢して自分のために…


「よかった!またでたら、もってかえるからなっ?」
「わ〜、俺様大感激〜」


──あのケーキは、旦那に食べさせてやりたくて言ったんだけど。


これをまた味わいたいがために、黙っておくことにした佐助。

口の中の甘味が頭にまで回ったのか、しばらくは使い物にならなかった。



………………………



「さっきさぁ、旦那が俺様が好きって言ったのかと思っちゃった」

「?おれはさすけがすきだぞっ?」
「(よしっ!)ホント?嬉し〜」

「さすけはっ?おれはっ?」
「んー…俺様は違うかなー」

「え…」


「だって、俺様は旦那が『大好き』だもん」


途端に輝く顔と、「おれもそっち!おれもさすけが──」という言葉に、幸せも噛み締めた佐助だった。













そして、翌日の保育園。お迎えラッシュが、過ぎた頃──


「けいじどの、きのうはありがとうございました」
「え?」

幸村と二人だけの時間に夢中になっていた慶次は、キョトンとするが、

「ケーキ、みつかりもうした。まさむねどのが、ひろってくれてて」
「…ああ!よかったじゃん!」
「はい、なので…」

幸村は、バッグからそれを取り、慶次の前に差し出した。



………………………



『ゆき、だいじょうぶだって!さっき、「いいことおしえてあげよっか?」っていったろ?…ほらっ』

『……!』

慶次が見せたカップケーキに、幸村の涙はピタリと止まる。


『ゆきにあげようとおもって、のこしといたんだ。これで、にーちゃんにあげられるじゃん!なっ?』
『けい、じ、どの……でも…』

『だからさ、もうなくなって。「だんじはなかない」んだろー?』



………………………



「あれー?にーちゃんにあげなかったの?」
「さすけには、みつかったのをあげたので…」
「あ、そっか。じゃあ、ゆきがたべればよかったのに」

慶次は笑って言うが、


「はい、そうしようとおもって」


(え…)


ケーキの袋を開け、半分を慶次に手渡す幸村。
手で割ったらしく切り口はガタガタだったが、大きい方を彼に譲った。


「ありがとうございまする。…ほんとうは、チョコあじもたべたかったのです」

「ゆき…」

にこにこ笑う幸村に嬉しくなりながら、「じゃ、ぜんぶ!」と戻そうとした慶次だが、

「これも、すごくおいしいのだといっておりました。けいじどのにも、たべてほしくて…」

「そっ…か」

何故か胸が苦しくなり焦る慶次だが、何とか笑顔で返す。

いただきます、と言い合い、口に入れ…


「「……!!」」

感動の目を合わせた。


「うめー!」
「はい!きのうのより、おいしゅうござる!」
「みんなは、ふつうのやつのほうが、うまいっていってたけど…」
「それがしは、こっちのほうがすきでござる」
「おれも〜…あ、」

慶次は、ふと思い出すと、

「まつねーちゃんがいってたんだけど、『すきなひととたべると、いつもよりおいしくなる』って。…だからかも!」

「!なぞがとけましたな、けいじどの!きっとそうでござるよ!」

これは大発見だ、とわいわい騒ぐ二人。


(だから、さすけも『いちばんおいしい』と…)


幸村は一層嬉しくなり、昨日一緒にお菓子を食べた政宗はどうだったのだろう、と浮かんだ。自分は、すごく美味しかったが…

いつもより美味しかったのか、明日聞いてみよう──そう胸にしまうと、笑みがこぼれた。





「それがし、けいじどのもだいすきでござるっ」

「おれも、ゆきがだいすきだよ」


…その微妙な違いなど、幼児には分かるはずもなく。

よって、昨夜の誰かたちと同じく、幸せ気分に溺れる慶次なのだった。





3時のおやつは誰のもの?







お題は【biondino】様より拝借・感謝^^

さぎの様、サイト一周年とお誕生日おめでとうございます!いつも素敵な絵をありがとうございます^^ 勝手にこんなのをすみません; これからも応援しております!‐2012.7.6

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