『石田くんって、意外と良い感じだよね』

『うん。あの…挨拶してくれるとことかね』

『そうそう。私こないだ一番乗りだったときさ、「おはよう」って言われて…つい、勘違いしそうになっちゃった』

『良いな〜!てか、分かる!』
『ねー!超カッコ良いし』

………………
…………








(全く身に覚えがない…)


大学入学から数ヶ月経ったある日、耳に入って来た会話。

確かに他人と接する機会が以前より増えた気はしていたが、単に警戒心の低い人間が多いせいだと思っていた。


…『挨拶』

それが本当ならば、一つだけ思い当たるものがある。その行動の、要因になりそうな…



『ボソボソ』


(!)


玄関のドアを開けようとしていた手を止め、階下を覗き込む。

…隣人と、そのまた隣に住む人物。二人は、大学以前からの友人同士であるらしい。
夜も遅いためか小声で話しながら、階段を登って来る。


「おお、石田殿!こんばんは、奇遇ですな」

隣人が、にこやかに歩み寄って来た。


──真田幸村。

学部は違うが、わざわざ引っ越しの挨拶に部屋を訪ねて来たので、顔見知りになっていた。その際も、このような顔で…


「オウ、珍しいな〜。アンタとこんな時間に会うなんて」

真田の友人、長曾我部元親。

…が、はっきり言って二人とはたまに顔を合わせる程度で、会話らしい会話などした試しがない。さっさと部屋に入れば良かったものを、自分としたことが…


「そこの温泉センターに行って参りました!石田殿は、もう行かれましたか?」
「いや…」
「オススメだぜ?今度行ってみろよ」

「あ…」

真田が、ハッとしたかと思うと、

「石田殿!蜂!」
「なッ?」

私の腕を掴み、大きく振った。



『チャリーン』



「──…」
「…あ…っ……」



蜂は去り、助かったが…

同時に、部屋の鍵も、暗闇広がる茂みへ飛んでいった。













『申し訳ございませぬ…』


(…プッ…)


あのしょぼくれた顔を思い出し、つい吹きそうになる。

結局鍵は見付からず、大家に連絡しようにも──夜中。
真田の哀願により、今晩は彼の部屋に邪魔することに。罪の意識が多大であるらしく、わざわざ風呂まで沸かして。

変わった匂いの入浴剤だと、箱を見てみれば、『ミルクティーの香り』。『カフェシリーズ』らしく、他にも、ジュースだアイスだのネーミングが…



(…女子か)


ボディーソープまで甘いという、徹底振り。
…匂いに酔う前に、出ることにした。









「あ、石田殿!」
「………」

真田がソファから起き上がる──傍らには、長曾我部。
目の錯覚でなければ、この二人、くっ付いて寝ていなかったか?今。

いや、そんな馬鹿な。


「どちらにされまするか!?」

真田が、嬉々とした顔で二種類のアイスを持って来た。…別に食べたくもない。


「では、これを」

…何をしている?私は。
夜中にこのような物、


「おお、予想が当たり申した!そちらがお好きそうだと思っておったのです!」
「──…」

「オメー、そっちが食いたかっただけだろ」

長曾我部のからかいに、むっとしていたが、

「違いまするぞ、石田殿…」

と呟く顔を見れば、そうしたくなる奴の気持ちも、分かる気がした。

そして、出された飲み物まで甘いもの。…これは、最早もてなしではない。


「申し訳ございませぬ、客人用の布団を持ち合わせませんで。一応、昨日干したばかりなのですが…」

と、真田はベッドを指すのだが。


「お前はどこで…?」


──というか、長曾我部。
貴様は、いつまでそこにいる気だ?部屋は隣だろうが。何故…


「某はソファで寝まするので」

おやすみなさいませ…と言われれば、寝室のドアを閉めるしかない。

ベッドに入ると、確かに昨日干したばかりだけあって、まだふっくらしていた。
日の香りに混じる、甘い匂い。
昨日も、あの入浴剤を使ったんだろうか…





(眠れない…)


喉が渇いて、仕方がない。
水道水でも良いので、飲ませてもらおうと、ドアを開けようとすると…


───………


『急に、どうされたのです…?』
『分かんねぇ…俺にもよく。…ただ、気付いたらそうだったんだ…』
『そんな…』


──何やら、深刻そうな話し声が。

とりあえず、戻るか?
しかし、喉がカラカラで、たまらない…


『元親殿、今一度よく考えて下さ…』
『無理だ!惚れちまったもんは、もうどうしようもねぇ…!』


(な、何ィ…!?)


ドアを細く開けてみると、長曾我部が膝に両手を乗せ、肩を震わせている。


『頼む、幸村…!もう止まれねーんだ。これを逃せば、俺…』
『元親殿…』
『毎晩毎晩、苦しくて仕方ねんだよ。…いつも夢に出て来んだ。講義にも集中できねぇ』
『………』
『絶対、他にフラつかねぇ。決めたんだ、一生大事にするって』


(…長曾我部、貴様そこまで…)


自分ともあろう者が、似合わず手に汗を握っていた。


(だが、しかし──)



『愛してんだ…っ、分かってくれ!』
『も、元親殿…!』

ガタタッ、ドサドサ


「…ッ!やめんか、貴様ァァ!人が寝ている傍で──」

そう飛び出して行くと、




「……え?」
「…はい?」


目に入ったのは、ソファに押し倒された真田──

…ではなく。


床に散らばる、数冊の雑誌と、

腕を組む真田の前で、土下座にも似た格好と、情けない顔をした長曾我部の姿だった。









「何だと…?」


──話は、こうだった。

長曾我部は、バイクを持っているのだが、それは高校の先輩から譲り受けたもの。以前より、新しいものを欲していたらしいのだが、

出会ってしまったらしい。…運命の相手に。


『短期のアルバイト?しかも、二ヶ月!?講義は、どうなさるおつもりで?』
『夜間のバイトだから、大丈…』

『しかし体力仕事でっ……無理でござろう!』
『平気だって。俺、丈夫だしよ!でも、時々休むかも知んねーから、ノートとか…』

『…知りませぬ。おやめ下され、そのような…今でなくても、良いでござろう?急にどうされたのです…?』


………………


──という、全く見当違いの真相だった。



「すまねぇ、起こしちまって」
「申し訳ござらぬ、石田殿…」

「…いや」

長曾我部の熱意は伝わったらしく、真田は最終的に首を縦に振った。


「ただし、条件がありまする」
「お、おう!何でも聞くぜ!」

「…某も、やりまする。そのバイト」

「は!?」
「!?」

私も、奴と同じく目をむいた。


「二人でやれば、一月で済む話でござろう?」
「いや、お前…」
「一月なら、体力も持ちましょう」
「バカ、俺はお前に恵んでもらってまで、」

「勘違いしないで下され」

真田は小さく笑うと、


「某も使うからでござる。いつか、元親殿が一人だけの物にしたくなったときまで…嫌というほど、乗せて頂きまするゆえ」


「幸村…」

長曾我部は、それは輝く顔で、

「バカヤロー…俺ァ、ハナからそのつもりで──だから、コレなんだしよ。見ろ、このシート…ぜってぇ楽なんだって、これ」


後は、仲良く二人の世界。
私は猛烈に脱力し、茶を買いに、近所の自販機へと出る。

戻ってみると、二人はソファで眠りについていた。


(…やはり、錯覚ではなかったか)


彼らは、ぴったり寄り添うようにして寝ていた。

恐らく、真田が落ちないようにとの配慮なのだろうが…
私は長曾我部の腕を真田の腰からどかし、彼が落ちないようローテーブルをソファの前に置き、寝室へと戻る。



『おはようございまする、石田殿…』


大分やさぐれた気持ちを抱えつつも、あの笑顔を思い浮かべ、甘い香りに包まれて眠った。













思いきり幸せな夢を見た。

…私が、長曾我部の立場になっているという。(バイクの免許など持っていないくせに)


ケータイを見て、ギョッとするが──直後、今日は土曜だということを思い出す。


(他人の家で、こんなに…)


──未だに香る、この匂い…


寝室を出ると、

「あ、おはようございまする、石田殿!…これ…」

真田が、何かを手渡す。…驚いたことに、私の部屋の鍵だった。


「誠にご迷惑をおかけし申した」
「いや…」

(しかし、よくぞ見付けられ…)


「お詫びに、ごちそうさせて下され!近くに美味い店があるのです」

と、真田は寝室に消えた。
私がいたため、着替えができなかったからだろう。


「…ちょっと感動かぁ?明け方から、必死こいて探してたみてーだぜ?」

長曾我部が、ニヤニヤ笑っている。


「………」

「なぁ、お前ホントは甘いモン苦手なんだろ」

おかしそうに、「引っ越しの挨拶に、あいつ、菓子持ってったろ…?」


『お隣の方、すごく気に入って下さったようで!石田殿という、とても親切な方なのです!親しくなれたら良いのですが…』


「って、大はしゃぎでよ」
「………」

「あれだろ?好きでもねぇのに、あの顔見てっと、頷きたくなるもんな。早めに言っとかねーと、あいつどんどん調子乗んぜ?」

身に覚えがあるらしい──長曾我部は、そう思わせるような苦笑を浮かべた。


「良い奴だろ?変わってっけどよ。…俺の自慢」
「………」

「仲良くしてやってくれよ。あいつ、お前のことスゲェ気に入ってるみてーだから」


「…貴様は……良いのか…?」

私は、よく分からない気持ちで尋ねていた。


(こいつは、一体真田をどう…)


「おっ?何だ何だ?俺とも仲良くしてくれんのか!?」
「…何?」

「いや〜、そりゃ嬉しいぜ!よろしくな!てか、ご近所さんだしよ」
「ふざけるな、何故(一番の敵と)」

「石田って、すげぇモテるだろ?一つ、伝授してくんねーかな。俺ら、彼女イナイ歴生まれてから現在まで。切な過ぎだろ…?」

よよよ…と嘆く真似をする長曾我部。


(何…?真田はともかく、この男が…!?)

しばし思考が止まったが、


「だからよ…」

「──よし…任せるが良い、長曾我部。私が、必ず良い縁を取り持ってやる!」

「へ」

「こちらこそ、貴様と親しくなれて喜びに心打ち震えている!貴様と私は、既に親友同然、そして、貴様と真田も『親友』ということで、間違いないな!?」

「あ、ああ…?(てか、親友なら、貴様呼びやめて欲しいんだが)」


久し振りに心が踊る。…真田に初めて会ったとき以来の、高揚。


「お待たせ致した!さぁ、向かいましょう!」


…真田。

私は、『親友』になるつもりはない──お前とは。
そう勝手に誓い、小さく笑う。


だが…

そのような下心なく、私にも同じ笑顔を向ける長曾我部、それに、よく似た温かなものを返す真田。…私に対しても。

それも、心地好いかもな…などと思ってしまい、

やはり、いつもと違う時間帯での睡眠は良くない。


…二人には見えぬよう、そう苦笑した。





遅めに起きたAM10:00

( …たまには悪くない )






‐2011.9.17 up‐

お題は、【biondino 様】より拝借・感謝^^

スミマセン…何て曖昧(@_@;)
仲良くさせたかった。
またも三成が不安定; cool&hot。てことで…;

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