「伊達さん、おめでとうございます!」

「来年から、警部補ですね!その若さで」

「格好良過ぎですよ、ホント。自分、ますます尊敬します!」

政宗がデスクに戻った途端、寄って来る後輩たち。


「Ah〜、thank you。まぁ、エリートさんたちに比べりゃ、遅ェupだけどな…」

「そんな!現場でバリバリやってんのに、試験も即パスされて。俺らも見習わなきゃ」

「Haha…──っと、もうこんな時間か」

政宗は荷物を持つと、「悪ィな、今日はもう上がっから」

「明日、半日休でしたよね?」
「普段休みナシなんですから、ゆっくりされて下さい」

「Sorry。──Good bye」

政宗は、スマートに去って行く。
後ろでは、彼を称える声が絶えなかった。

──とある街の、とある警察署。
そこの刑事課に所属する彼は、このように周りからの人望が厚く、仕事もできると非常に有名な人物だった。

伊達政宗。

二十代後半にして、スピード出世。
本人は試験を受けたときから、合格を確信していた…。













テーブルに並ぶ、見事な料理。
時刻は、夜七時。先ほどから、五分しか経っていない。


『格好良過ぎです──』


後輩の言葉が浮かび、苦笑いする。
…彼らが今の自分を見れば、相当驚くに違いない。

(『冷静に』…とか、よく言えたモンだぜ)


そう自嘲するほど、政宗はとにかくソワソワしていた。



『ピンポーン』


(──来た!)

ダッシュで玄関へ、素早く鍵を開ける。


「こんばんは、兄うぇ──」


間髪入れずに、その身体を抱き締めた。

自分より少し低い身長。
骨はしっかりしているが、己の鍛えられたものよりかは華奢な肩。いつ見ても驚く、細い腰…


「会いたかったぜ、my brother!幸村、元気だったか!?」

抱き心地を堪能しながら、政宗は満面の笑顔で尋ねる。

「兄上…っ、はい、元気でし──く、苦し」
「Sorry、久し振りだったもんでよ」

と、離れると、

「そうですな……某も心待ちにしておりました。合格、おめでとうございまする!」

世にも眩しく愛らしい笑顔に、政宗は目眩を起こしかけたが、何とか持ちこたえ、幸村を食卓へ案内する。


二人は、異父兄弟。

政宗の母親と、その再婚相手との子供が──幸村。
政宗が弟の存在を知ったのは、母親の死を知らされた五年前のこと。

お互い、初対面ですぐ打ち解ける。半分しか繋がりはないとはいえ、やはり兄弟なのだなと、深く頷けるくらい。
同じ街に住みながらも、家は別。何となく、たまの休日に、こうして幸村が政宗のマンションに泊まりに来るのが、恒例となった。

五年ものやり取りの中で、お互いに対する情は、それまでの歳月を埋めるかのように育っていく。
…純粋な幸村は、政宗の言うことは何でも正しいと、思い込まされている部分もあるのだが。

来年、ここの界隈にある大学を受ける幸村。
合格すれば、このマンションで同居する予定になっていた。…政宗は、待ち遠しくてたまらない。

明日は午後から、その大学のオープンキャンパスに、友人たちと行くらしい。(それで、明日は午前休を取ったのだ)


料理は、政宗が用意したもの。
幸村は、美味い美味いと何度も喜び、政宗をそれ以上に喜ばせた。

熱心に学校の話をする姿に、見惚れる。

──五年前から、ひどくなる一方の症状。
回復の兆しは、万に一つも見えはしない。


幸村が後片付けをやると言い張り、政宗は、先に風呂をもらうことにした。











「──兄上、また寝酒…」


風呂上がりの幸村が、顔をしかめながら部屋に入る。

寝室。一人にしては贅沢過ぎる、キングサイズのベッド。


「一杯だけだって…明日は午前中休みだし。早く来いよ、待ちくたびれたぜ」

と、布団を上げる。


幸村の素直さを最大限に利用した、政宗の誤った『教え』。
当家特有の、兄弟スキンシップ。…もちろん、他言無用と言い聞かせてある。

幸村が隣へ滑り込むと、すぐさま政宗の腕が彼の背に回る。
横向きの状態で、軽く抱いた。


「兄上、飲み過ぎですぞ…」
「何でだ?」
「身体が熱い…」
「………」

政宗は、幸村の服の下に手を入れ、そこらじゅうくすぐった。

「──……っっっ!」

声無く笑い転げる幸村。
…これも、『スキンシップ』だと彼は信じきっている。


「兄上…」

はぁ、と息をついて幸村は呼ぶが、


「『兄上』じゃねぇ」
「──……」

またか、と思ったのがありありと伝わってくるが、政宗はお構い無しに催促する。


「…『にーにー』?」
「……」
「(では…)『お兄ちゃん』?…『お兄様』?」
「………」
「『兄貴』」
「──…」


「…『政宗』……」
「……ッ」

政宗の肩がピクリと揺れ、しばしの時間、二人して無言。
徐々に、幸村の力が緩んでいく。…眠りの世界へと旅立とうとしている証拠だ。

政宗は、もう一度力を込め、


「…来てくれて嬉しかったぜ、幸村」

と、耳元で囁く。


「……さ…むね……」

幸村は、まどろんだ口調で政宗の名を呼び、それ以降は完全に沈黙した…











穏やかに眠る弟の顔を見ながら、政宗は微笑んでいた。
これも、五年前から続く幸福。

自分は、何という幸運な運命の持ち主であることか。
彼の、たった一人の兄。
『にーにー』云々、そんな呼ばれ方も、自分だけに向けられる特別。(無理やり言わせているだけだが)

弟だからだと思っていた。初めから目に入って、離れなかったのは。

話せて、…親しくできて嬉しかったのは。
その全ての表情や仕草が、どうしようもなく可愛くて愛しくて、──切なくなるのは。

こんな風に一緒に夜を過ごして、よく何もしないでいられると、自分でも感心するが…
それは、実際の彼やその寝顔が、思っていたより遥かに幼く、白くて綺麗であるからなのだろう。

政宗は、それとは別人のような彼を毎晩抱いている。──妄想の中で。
…その度に押し寄せる、強い罪悪感と絶望感。

幸村を定期的に来させるのは、自身を抑制させるためでもある。
不思議と、こうして間近にしている方が、彼の心は凪いでくる。まるで、自分までもが清らかな存在になったかのような、図々しい錯覚まで起こしてしまう。


「…ん……にぅ…ぇ…」

幸村が寝言を放つ。夢に、己を見てくれているのか。

その舌っ足らずさは、普段の彼には決してないもので──政宗は、ほんの少し体温が上がるのを自覚した。
重ねてはいけない。…そう強く警告し、頭を振る。

五年前より男らしく成長したというのに、どうしてだか、一層強く囚われて身動きができなくなっている。
女に無関心だというわけではない。…彼だけが、特別なのだ。

きっと、この先彼が自分より逞しくなったとしても、何ら変わりはしないだろう。
そうではなく、根の深いところから掴まれているため、本当に対処のしようがない病なのだ。…既に、末期の。


兄弟ということが何よりも誇らしく、母親に感謝しない日々はない。だが同じほど、
この血の繋がりが、何より憎らしくて断ち切りたい渇望に、延々苦しみ続けて来た。

同性であることなど、全く大した障害ではない。何故、よりによって…
こうまで想える相手が、どうして。こんな惨い仕打ちはないだろう。

一生、叶うはずがない。──告げる権利さえ。

他の誰もが持つそれを、他の誰より彼を想っている自分だけが、手にすることができない。
そうして、いつか自分の元から去って行く。…自分以外の、誰かとともに。



(見たくねぇ…)


この瞳までえぐれば、本当に真っ暗になってしまう。だが、自分にとっては、それを見た時点で…


──気付けば、両手が幸村の首を包んでいた。


(…このまま……)







『カラン』



サイドテーブルのグラスからの、氷が傾く音。

…やけに、大きく響いたように感じた。



政宗は手を離し、


(何考えてんだ…)



こんなのは、自分のキャラには全然似合わない。
自身の職業を思い出し、本当に何を馬鹿な、と顔を歪める。


「Sorry…バカな兄貴でよ…」


小さく呟き、軽く頬に触れる。

最後に向けた苦笑は、もういつも通りの彼のものだった。













目覚めてみると、幸村が朝食を用意してくれていた。
彼は照れたように、


「兄上のようにはいきませぬが…」
「んなことねーよ。Thanks」


(Ha〜…新婚みてぇ…!)


昨晩のネガティブの、影すら見えない政宗。基本、やはり彼はこういう性格なのだ…。


「某、もうすぐ出ますゆえ…」
「Ha!?昼からだろ?」

幸村は眉を寄せ、

「やはり聞いておりませんでしたか…待ち合わせ時間が変わったと、あれほど昨日言いましたのに。友人の一人からの希望で」

「…そうだったか?」
「兄上は、いつも人の話を聞いておられぬ」


(しゃーねーだろ、お前見るので手一杯なんだから。…ったく、時間変えた野郎ただじゃおかねぇ)

ブツクサ言っていたのが聞こえたのか、


「また来月来まする。受験勉強も、順調でございまするよ」

少し恥ずかしそうに、

「早く、あに……政宗…どの…と、一緒に暮らしたい……ゆえ」

「幸村ァァッ!!」
「は、はいっ?」

突然の絶叫に、幸村はビクッとなるが、

「そーいうことは、事前に言ってからって、何度も言ったろがッ?…ったく、録れなかったじゃねーか。最高の台詞だったのに…」


ああ、いつもの彼だ──と、ホッとするのだった。



─────………



『兄上も、お忙しいでしょうが、身体は大事に…』


幸村が出て行った後ゆっくり朝食を味わい、政宗は久々にのんびりしてから出勤した。













昼前に署へ着くと、何やら騒然とした様子。

入りざま、


「ついさっき入ったんですが、○○のバイパスで玉突き事故です!相当な被害みたいで」



『○○のバイパス』



政宗は返事もせずに、再び廊下へと飛び出した。

震える手で、ケータイをかける。



『──はい?』
「!幸村!?お前…っ、無事か…!?」
『え?』
「てか、今どこだ!?」
『え?あの、大学ですが』


(大学…!?)

そこで、ハッとする政宗。


『集合時間が変わって…』



(そ……う、か…)



『兄上?どうかされたのですか?声が…』

幸村の案じる声に、政宗はすぐに自分を取り戻し、

「いや、何でも…」



──政宗は、昨晩の自分をぶん殴ってしまいたかった。



(兄弟とか…告げられねぇとか…、…んなの、全然問題じゃねぇ…!)



政宗は、少しだけ震わせた声で、

「いや…すまねぇ。俺が……バカだっただけだ」
『兄上…?』


…もう、戻らなければ。


「悪ィ、かけといて…。──とりあえずだけどよ、幸村」
『はい?』



「お前……いてくれて、ありがとな。…兄ちゃんは、お前が一番大切だ。──愛してるぜ、幸村」


向こう側から、『あああ兄上!?』と、ものすごい大音声が届いたが、何一つやらかしたとも思えなかった。

上司から睨まれても、今日も定時で帰り、彼を大学まで迎えに行こう。
そして、どんなに引かれても言ってやる。何度でも。…怒らせるまで。


「──…だから、ゆっくり見てろ?あ、それとな…」





9時集合って誰が決めたんですか?

( 全財産くれてやる! )







‐2011.9.14 up‐

何もかもすみません;

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