「ねー…旦那」
「ん?」
ソファに寝そべり本を読んでいた幸村が、佐助に視線をやる。
佐助は床に座り、ソファの足に背をもたれているので、横顔しか見えない。
そして、テレビから目を離さないまま、
「ちょっとびっくりすること言うから、絶対叫ばないでね。叫んだら、団子三日禁止」
「なッ?三日もか…!?」
「うん。頑張って耐えて」
「くっ…」
(一体何だと言うのだ…)
佐助は、笑みを含んだ声で、
「実はねぇ──」
「じゃあね、真田くん」
「はい、さようなら先輩」
「旦那、また後でね」
「…おう」
幸村が軽く手を上げると、二人は笑顔で振り返す。
そして、仲良さげに並んで昇降口から校舎の外へ出て行った。
『彼女ができたんだ』
佐助からそう聞いたのが、もう三週間ほど前のこと。
照れたように笑う姿がひどく不似合いに見えて、こちらも吹き出しそうになったが…
何故か、『破廉恥!』と叫ぶ気は起こらなかった。
…その前に、腹の辺りからストンと何かが抜け落ちた感覚がし、一瞬頭がふわっとなったせいか。
エレベーターが下降するときに感じるような、あの。
(………)
佐助が彼女に見せる笑顔、二人が並ぶ姿、どちらも未だに見慣れない。
つい、他の友人にそうもらしてしまうと、
『そりゃそうだろ、あいつ彼女できたの初めてだし。お前いつも一緒だったんだから、そう見えるのは当然』
──と返され、ひどく納得した。
確かに、佐助が自分以外の人間と『二人だけで』『あのように親しく』している姿など、見たことがない。
だから、このように不思議な気持ちになってしまうのだろう。
中学までは部活が忙しく、人気があったものの、そういった状況までにはならなかった。
引退後も、受験勉強によって、それは回避されていたようだ。
そして、高校入学から数ヶ月の、今…
「──……」
二人の姿が見えなくなってから、呼ばれていた職員室へと向かった。
「…呼び出しの理由、分かるか?」
「?」
幸村は、前に置かれた答案用紙を眺める。
数学──九十八点。
(何故…?)
完璧な回答。…全て赤丸であるのに。
担任教師である小十郎は、ため息をつき、
「ここだ、ここ」
と、一番上の、氏名を書く欄を指す。
──“真田幸村村”
(う……わ…)
幸村は赤面し、「も、申し訳…」
小十郎は、複雑そうな顔で、
「お前…。──悪いことじゃねぇが、最近気張り過ぎだ。元々真面目にやってんだ、そうがむしゃらになることもねぇだろうが…」
「え……」
「ちゃんと寝て食ってんのか?部活してねぇからって、ナメんじゃねぇぞ?」
何か悩み事でもあるのか、と問い詰められるが、何もないのだから隠すものもない。
小十郎は、終始渋い顔でいたが…
「…まぁ、とにかく寝ろ」
最後は穏やかな声で言われ、解放された。
頭も身体も、ふわふわする。
視界が白く、淡い。
…心配する顔が、覗いている…
───………
「──旦那!気が付いた!?」
(え…)
周りは、白いカーテン。…佐助の、ホッとする顔。
「んもー…驚いたよ。アンタが倒れるなんて、初めてだったから、何が何やら」
と、ベッドを囲むカーテンを開ける。──どうやら、保健室のようだった。
「俺…?」
「体育のとき、バリバリ元気にやってたのに、急にへたってなって…。俺様がすぐ運んだけど。…ごめん」
「えっ?」
佐助は眉を寄せ、
「体調悪くしてたこと、全然気付けなかった…。そういえば、最近ご飯よく残してたな、って。勉強も頑張って──知らなくてさ」
「あ、いや…っ!部活してないと、やはり少食になったというか」
「片倉先生に、すっげぇ怒鳴られた。あの人、マジで俺様のことオカンだと思ってんね」
たはは…、と困り顔で笑う。
「俺が悪いのに…」
「いや、俺様も自分に超ムカついたから。…さ、帰ろう?今日は、元気の出るメニュー盛り沢山にするからさ!一緒に買い物してこう。おやつも、いつもより許したげるよ」
と、ニッコリ笑った。
(彼女は…?)
…そう頭を掠めたが、口には出さなかった。
以前と変わらないその優しさに、目の周りが熱くなる。
胸が温かくなるのに、…痛くもなる。
(…いつまでも、甘えていてはいけない…)
自分の心の狭さと、…その原因は、薄々理解できていた。
(…せめて、煩わせることだけは、もうするまい)
やはり優しく笑うその顔に、幸村は、固く心に誓う。
小十郎にも、礼を言わなければ。
……そう、思っていたのに。
「わ、別れた…?」
「うん」
佐助は、ぶすっと、「…何か、ドッと疲れたからさ。…だから、今日はサボる」
と、布団に潜り込んでしまう。
「………」
幸村は唖然としながらも、ベッドへ近付いた。
朝、佐助が全く部屋から出て来ないので、訪ねてみれば…
いつもの出発時刻は、過ぎている。──だが…
「な、何があったのだ…?」
「──……」
佐助は顔を出し──
…話は、特にドラマ的でも何でもない。
昨日の休日、デートをしたらしい。
午前中、水族館、午後から、繁華街。買い物、映画…。
「──ね、どこもおかしくないよね?」
「ああ…」
「…何で、あんな機嫌悪くなったんだろ…」
「うぅむ…」
佐助に分からずして、幸村に分かるはずもない。
「水族館、ほら旦那とよく行ってたとこ。久々だったから、超懐かしくて」
「おぉ、そうかなとは思ったんだが」
「これ、お土産。本物、スゲーでっかいの。旦那、絶対喜ぶと思うよ」
と、小さなぬいぐるみを手渡す。
「おお、ありがとう…」
(…よもや、昔話ばかりしていたのではあるまいな…?)
──いや、まさか。
佐助とあろう者が、そのような愚行はするまい…
「映画は、何を観たのだ?」
「邦画の恋愛物」
(──うむ、妥当な気がするが…)
「『○○』のV、超観たかったけどさ…旦那といつも観てっから、涙飲んで諦めた」
(…それ、言ってはおらぬよな…?)
「そうそう、買い物してるとき、良いの見つけたんだよ。旦那に似合いそうなやつ──はい」
と、紙袋を渡す。
(………)
「ホント分かんねぇ。別れ際まで、ずっと楽しく話してたんだけどなぁ…」
「…どのような…?」
「学校の話とか」
───………
『──でも、私なんて全然だからさぁ…』
『え、んなことないよ。先輩、一番可愛いと思うよ?皆、言ってるし』
『そ、そうかなぁ』
「──とかさ」
(それで、何故…?)
幸村は、破廉恥と思うことも忘れ、頭をもたげる。
「その後、お互いの家族の話になって…」
『仲良いんだね、お兄さんと』
『過保護で困るよ〜。彼氏できたとか知られたら、どうなるか…』
『いやぁ、でもお兄さんの気持ち、俺様すげー分かるもん。しゃあないって』
『えっ…?』
(ああ──『先輩みたいな可愛い妹なら、どんな兄でもそうなるっしょ〜』…などと、言ったのであろうな)
幸村は思うのだが…
『俺様も、旦那に彼女できたら、絶対フツーじゃいられないもん、きっと。考えるだけで泣きそう』
『……………』
(………)←目が点になる幸村。
「でさ、その後…」
『…ホント、仲良いよね…二人。──ちょっと、妬けちゃうかも』
『え?何が?』
先輩は、イタズラっぽく笑い、
『…ね、私とあの子、どっちが大事?』
佐助は、何だそんなことかと、吹き出した。
『そりゃもちろん──』
「──旦那?」
佐助は目を丸くした。
幸村が、自分の布団を抱え、再び部屋に戻って来たので。
「何ごと?」
「俺も休む。…やはり、身体がまだ本調子ではないようだ」
「へっ!?」
「学校へは連絡した。心配するな」
と、布団へ入る。
「いやいや!てか、何でわざわざ俺様の部屋で?」
「…良いじゃないか。看るのに面倒でなくて」
「つーか全然元気じゃん!旦那がサボりとか、ダメダメ!すぐ行きなって!俺様のことで遅れたって言えば」
「…佐助」
幸村は、布団から顔だけを佐助に向け、
「…俺も、お前と同じだ。…だからな、…まぁ、泣きはしなかったが、その…」
──きっと、地獄に落ちる。…幸村は思った。
(他人の不幸を、ここまで悦ぶなんて…)
「旦那…」
佐助の顔が見辛くて、布団を頭から被る。
しばらくそうしていると…
『〜〜♪♪』
急に流れ出した音楽に、思わず起き上がった。
テレビ一杯の、迫力映像。
それは…
「V観る前に、Uのおさらいしてた方が良いかな〜と思って」
…いつも二人で観に行く、例の映画。
「これ観たら、俺様が美味しいご飯作るよ」
「…さすけ…」
佐助は、幸村の隣に寝そべり、
「──ありがと」
小声だったので、「え?」と聞き返してみたが、案の定「何でもない」と、苦笑される。
本当はしっかり耳に刻んでいた幸村だったが、あの日以上に照れた顔を見せられ、返す言葉を飲み込んだ。
──そのようなデートも、『あの答え』も、どちらも確実にあり得ないだろう。…幸村でも分かるし、忠言もできる。
だが…
どんな罰が待っていようと、知らぬ振りを続けさせてもらう。──自分が告げる、その日まで。
…そう心に決め、幸村は、佐助の隣へ同じように寝転んだ。
只今8時25分過ぎ
( 最も有意義な欠席 )
‐2011.9.14 up‐
お題は、【
biondino 様】
から、お借り致しました。ありがとうございました(^^)
無自覚佐助。
最高に爽やかな笑顔で、答えて欲しい♪
誰が一番大事なのか(*^^*)
[ 9/25 ][*前へ] [次へ#]