夢結び(後)-3



幸村は、布団の中で目を細めながら、


「佐助のあんな姿は、初めてだ」

「…こっちの俺様には絶対言わないで下さいお願い」
「言わぬ言わぬ。…そうか、知られておったのか」

ならば隠す必要はなかったなと、幸村は照れた目で佐助を見た。

「先ほどの言葉、嬉しかったぞ。もう一月ここにいたい、というのと…」

「──ぇえッ?」
「戯れだと、分かっておってもな」

佐助であるからと。
自分で言っておいて、恥ずかしげに視線をそらす。…わずかだが、佐助は自分の小心を悔やんだ。

その後、幸村はまた佐助に向き直り、

「まさか、昔のお前に会えるとはな。夢のようで、まこと楽しかった。…ありがとう」

「……う、ん」
「これからも…いて欲しい。弁丸と幸村の、傍に」


「……御意に…」


再び佐助に礼を言うと、幸村は眠りに落ちた。
佐助はその寝顔を見ていたが、今夜に限って、早くも睡魔が訪れる。けれども、またあの夢を見られるのだしと、まどろみに従った。

…が、今夜の夢はそれまでのと違い、こちらで過ごした出来事や、その間見た幸村の表情が、おぼろげに映し出されるものであった。













夢を見ている最中、頬に何か触れた気がした。かすかだが、唇にも。


『…再び、あいまみえようぞ……』


──夢の中の彼が、言った。









翌日佐助が目を覚ますと、信じがたいことに、既に夕刻になっていた。一度も気が付かず、『何で…』と呆然としたが、

これも『夢』の力なんだろう。幸村の書き置きには、『起こしたのだが…』とあるので。
佐助は支度すると、館の外へ出た。



(本当なんだ…)


あの林に着いた頃には、辺りはもう薄暗くなっていた。先日見たときはただの小山だったのに、その中心にぽっかりと洞が空いている。覗き込むと、小さな円い光が見えた。

そこから離れ、佐助は初めて来た日と同じく、大樹の上まで跳んだ。遠目に城下町の灯が見えると、胸がギュッと掴まれる。

──会いたい


会いたい、
最後に一度で良いから、一目だけでも


…触れたい、
そう、触れたかったんだ、ずっと。なのに、何でこんな

何のために見せたんだ…こんな夢。…嫌だ、戻りたくない。



(あの人の、傍にいたい……!)



佐助は落ちるように下へ降りると、洞の入口に目をやった。中からは、先ほどはなかった静かな光の粒が、招くように漏れ出ていた──それに背を向け、佐助は駆け出す。

が、


「っ…アンタは?」
「誰でも良い。あんたの行くべきとこは、こっちじゃねぇだろう」

と、その若い忍は光漏れる洞を指す。佐助は、ハッと彼を見改めると、

「真田の忍だな!?なぁ、旦那…幸村様に伝えてくれ、俺様、あそこでずっと待ってるから」
「幸村様は、もう戻んねぇよ」

はっ?と眉を寄せる佐助を、彼は変わらず苦々しげに睨み、

「俺は、あんたがそこに消えるのを見届けるよう言われて来たんだ。さっさと行けよ、呼ばれてるんだろ?」

「嫌だッ、残るって決めた、戻らねぇって何でだよ!言え!」
「っ…」
「こんなことで死にたい!?幸村様に二度と会えずに!」
「…チッ……」

喉元に当てられた刃に舌打ちし、忍は両手を上げた。それでも手を下げない佐助を、横目に見ると、


「戦に発たれるからだよ。…きっとこれが最後になる、大きな戦にな」











佐助は呆気にとられ、腕を下ろす。…が、忍は何もしてこなかった。


「戦は……終わったって、旦那…」

「これが終われば、じきにそうなるのかもな」
「…じゃ、また戻れば…」

しかし、彼の表情は、佐助の考え通りの答えを示していた。


(何で……何で、旦那…)


その問いの答えも、最初から分かりきっている。己に最高の夢を見せるために、あんな嘘を突き通したのだ。


「──俺も行く。俺が、必ず守るっ…」
「…今のあんたじゃ、大した力になんねぇよ」
「!?」

佐助は目を見開き、「俺のこと分かってんのか!?」

それに、「はぁ…」と彼は息を吐くと、

「幸村様の様子と、あんたを見て分かった。…知らねぇだろうが、昔任務で何度か一緒になった。俺はまだガキ、あんたはその頃の歳で、数年後にゃ真田忍隊の長になってたよ」

「…じゃあ、アンタは俺様の部下?なら頼むよ、」
「そりゃこっちの台詞──幸村様を守りたいんなら、大人しく行ってくれ!」

何かをずっと抑えていたらしい彼は、苦悶に顔を歪めて叫んだ。


「あんたは、七年前の戦で死んだんだ!…頼むから、あの人を連れてかないでくれ…っ」




佐助の視界が、暗転した。





(──死んだ?)


七年前に……俺様が?

そんな馬鹿な
だって今の俺様は、あそこで旦那と二人、もう何年も……


…じゃあ旦那は、
七年前から今まで、ずっと、


ずっと……



暗闇の地に、膝から崩れ落ちる。
ならば、元の世に戻っても、自分の余命は儚いもの。──…ああ、そうか!

それで、自分はこちらの世に運ばれたのだ!何より大事な彼を、もう一人にしないために。


(……でも、弁丸様は?)


つい昨晩、弁丸と幸村の傍にいると、彼に誓ったばかりなのに。どうしてか、今では弁丸よりも幸村の存在の方が、遥かに大きくなっている。何故……

それに、そのためなら、何故この歳の自分が選ばれたのだろう?もっと上の自分であれば、幸村も頼ってきただろうし、戦で力を奮えたのに。



(あ…)


サラサラサラ…と、あの洞から漏れていた光が、辺りと足元をおぼろに照らした。その先には、小さな円い光が見える。


ああ──今度こそ、分かった


佐助は、光の射す方へ踏み出した。

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