望む心6
薄明かりの中、何も身に着けないその上半身が浮かび上がる。
所々に散らばる、戦闘の傷痕。
身軽そうな風体からは想像もつかなかった、その逞しく鍛えられた胸や腕。
――他のどんなものより、惹き付けられるほどの。
幸村は、そっと手を伸ばして傷痕の一つをなぞった。
佐助は苦笑いし、
「見苦しくてごめん。傷一つない旦那に比べて、俺様のってば…」
「…そのようなこと思っておらぬ。お前の強さの、証ではないか」
俺に傷が残らないのは、お前がいつも自分より先に手当てを丁寧にしてくれるからだ。
お前がそんなに傷を持っているのは、俺を守り多くの敵を屠って来たため。
俺が気付かぬ…知らぬところで。――恐らく、想像以上の血を浴びさせている。
そんなお前を、俺が死なせぬ…守るなど、あまりに甘過ぎる驕慢だろうか。
「強い奴は傷なんて受けないよ。…今更だけど、汚れてる俺様がアンタに触れるなんて…おこがましいな」
止められないけどさ、と佐助は付け足す。
「馬鹿者…お前は汚れてなどおらぬ。――そう思うのは、俺のせいだ。俺のためにお前はいつも辛い目に――んぅ、っ」
しかし、遮るように佐助がその唇を塞いだ。
「…そっちの方が、お馬鹿さん…。俺はアンタの忍なんだから、当然のことでしょーが。旦那がそんな風に思う必要はないの。…俺様がどうして安い給金でもずっと旦那の忍辞めないのか――もう知ってるよね?」
幸村の手を優しく包んでくる。
「給金のことは…すまぬ」
「ばーか。違うっての。…アンタは給金よりも良いものをいつもくれたから。しかも、俺様に心をくれただけじゃなく、…今、アンタ自身のその心までを俺様に」
はぁ、と一種陶酔にも見える表情を作る。
「そう思ってくれるのなら…」
幸村は佐助の頬に手を触れながら、
「約束してくれ。…汚れているなどと思わぬと。――辛いときは俺に胸の内をさらけ出すと。…頼むから」
…お前だけが辛いのは、絶対に嫌だ。
その必死な様子が、佐助の微笑を誘う。
「分かった。――ありがと」
…何て純粋で綺麗な旦那。
そう、アンタなら辛くてできっこないだろうね、俺様と同じこと。…優し過ぎるから。だから、俺様をそんな風に労ってくれる。
でも――ごめん。…俺様は、そんなに可愛い性根の持ち主じゃなくて。
だって、何より辛くて…怖いのは。
――旦那がいなくなることだから。
そうさせないための暗躍なんて、苦でもなく…そこまで罪悪感も感じない俺様って、結構終わってるとは思うんだけど。
旦那に恋する前までもそうだったんだから、これからどれだけそっちに傾くのかなとも。
…でも、
アンタがそうやっていてくれたら、それで。
俺様が在る理由なんだから。その障害を取り除くのは、呼吸するのと同じことだろ?
…本当は、果てしなく旦那に相応しい相手じゃないんだけどさ。
だけど――やっぱりどうしても欲しいから。
その代わりに、二度目の誓いは必ず遂げる。
俺は、一生旦那の元で、アンタのその命と魂を守り、そして…
「…っん――さす、け」
そんな想いを巡らせながらも、佐助の唇と指先は幸村の至るところをじっくり愛撫し続ける。
――痛い思いをさせるのは…短く済ませてやりたい。
でも、その前にも苦しい…気持ち悪いだろうことをしなきゃいけないから。だから、気持ち良いことはたっぷりやってあげる――
「旦那…さっきどうしてずっと俺様の身体見てたの…?」
「っは…ぁ…っ――傷、を…っ」
「…嘘。傷を見たのは、ほんの少し」
言いながら、佐助は手元に置いていた薬入れの蓋を片手で開け、中をすくい取る。…透明な、とろりとしたものが佐助の指で艶めいた。
あの、上司と主思いの彼からの贈り物――だ。
『――主に、くれぐれも無茶はさせないで下さいよ』
何でバレてる…と、崩れ落ちそうになったが、――まぁ、そこは『先輩』の忠言を大人しく聞くことにしておいた。
…今度こそは止まることなく、だが限りない優しさでその場所に触れた。
「う、あっ…」
傍の肌をほぐすように…そこへは触れそうで触れない。しかし、その動きにより、冷たい液体はじわじわと沁み込んでいった。
「…んっ――く…」
違和感はあるものの、むず痒い感覚が襲うのだろう。幸村の口から切なげな声がもれる。
「ねぇ…どうして?」
幸村の首筋に充分潤わせた舌を這わせる。何度も――何度も。…背と同様に、彼の啼きどころの一つを。
「あぁっ…や、め…っは…ぁ」
「ね、教えて…?」
優しい声色で、その顔を覗き込む。
首筋への仕打ちからは解放され、幸村は息を震わせながら、
「…見惚れて…た。よく、楓殿に…なれた、ものだ…と」
思わず佐助は口元を弛ませて、
「旦那は、こんな腕と腰で…何だってあんなに強いんだか。重い槍二つも持ってさ」
「…る、さい。お前とそう…変わらぬ」
「ざーんねん。俺様のが勝ち」
その腕を見せつける。
「…く」
「そーんな怒んないの。旦那、充分男らしいよ。ほら、俺様の方が歳が上だし背もあるから。旦那は顔小っこいし、均整とれててすっごく綺麗だよ」
「ごまかし――うっ」
さすがにその声が今までのものとは違う色に変わる。
佐助の指が、秘めやかな場所へ。
「…ごめん。気を紛らわせながら…と思って…」
再び、唇と空いた指先が、幸村に快楽を落としていく。
「…あっ…はぁっ……んっ――」
幸村は気持ち良くも、痛いような…痒いような、妙な感覚に陥っていった。
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