望む心3
(だ、だだ旦那!?)
ま、まさか俺様との仲を大将に…っ
「某、佐助と行って参りとうございまする!」
真っ直ぐ、純粋な瞳を向ける幸村。
恐らく、佐助が珍しく――というより、初めてかも知れない――欲しいと言ったものだったので、叶えてやろうと必死なのだろう。
信玄も、その顔を見て「うむぅ…」と唸った。
佐助には、まだ少々怪しむような顔をしていたが…。
「俺たちが今晩居なくても――他にも労ってやらなきゃいけない者たちは大勢いるでしょう?」
騎馬隊もそうだが、暗に『彼』のことも含めたつもりだ。色々と口うるさくも、大事なものを教えてくれた、あの従順な部下。
(俺も…あいつと同じですよ大将。身の程違いとはよく分かってる。…でもこの想いは)
「ふ……む」
しばらく佐助の顔を見ていたが、信玄は大きく頷いた。
「まあ――良かろう。…ゆっくりして来るが良いわ」
…自分のこの気持ちは伝わっただろうか?
その答えに顔を輝かせて喜んでいる幸村を見て、佐助は嬉しくも、少しだけ後ろめたさが湧いたのを感じていた。
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「旦那、早く」
佐助が待ちきれない様子で幸村を外へ誘う。
幸村はおかしそうに、
「そんなに行きたかったのか」
(…何やら、童のようだな)
「――あのねー…。分かってねぇなぁ、もう」
佐助は、口を尖らせ、
「俺様は、アンタとゆっくりしたかったの。…二人で」
「!!」
「京でも、声かけたくてもできなくてさ。んで、通じ合えたってのに…。帰り道も、皆いたし」
「そ、そうか…」
幸村は、頬を染める。
「…何だかなぁー…。旦那より、俺様の方が惚れてない?これ」
「な、何を申す、俺の方が…!」
言いかけたのを切り、
「ともに居られるだけで…幸せだったゆえ。二人だけ…などと思いもよらなかった…」
すまぬ、と律儀に頭を下げてくる。――赤面したまま。
たまらず、佐助は幸村を抱き寄せた。
「――!!」
焦る幸村を尻目に、自分の、まるで初めて恋を知った少年のようなこの動悸振りは、一体何なんだと。
こんなものは自分には似合わない、恥ずかし過ぎるだろ馬鹿が、とそう突っ込みながらも。
てっとり早く準備を済ませて、面食らう幸村をよそに宿へと急いだ佐助であった。
――良い、眺めだな…
窓から見えるのは、白い雪化粧が施された木々。月明かりに照らされて、夜だというのに明るく感じられる。
…それにしても、何という贅沢な。
二人は、宿の中でも値の高い離れの部屋を借りていた。
隣近所には誰もいない。食事も、外の道を歩いて宿の者が運んでくれるのだ。
食べ終わり、あとは甘味と酒だけ置いてもらい、気の毒なので片付けは明日やってもらうことにしていた。
湯殿も、少し小さめではあるが、部屋のすぐ傍にあり便利である。
幸村は食前に済ませ、佐助は今入っている最中。
『旦那、先に寝ないでよ――』
と。
(だから、一緒に入れば良かったものを)
しかし、誰が先に寝たりするものか。こんな、そうありはしないだろう日に。
台に並ぶ甘味をじっと見つめる。…正直、早く食べたくはある、が。
好物は、大切な人と一緒に食べると、尚美味い…
丁寧に敷かれた二組の布団は、それぞれ普通のものより大分広い。
(お館様くらいだと、ちょうど良いだろうか…)
「ふー、気持ち良かったー!」
戸が開き、佐助が入ってくる。「あ、旦那起きてた。良かったぁ」
静かに幸村の前へ座り込んだ。
「当然だ。待っていたのだぞ」
「え、食べて良いっつったのに。俺様の分も」
「いや…。佐助と一緒に食べたかった」
正直に言うと、彼は少し照れたように微笑んだ。
「そか。…ありがと。んじゃ、早速食べよ」
そう酒を注ぐのだが、「…ん?何?」
何か付いてる?と、佐助は自分の顔を触る。
「い、いや。何でも…」
慌てて幸村は目をそらした。
つい、まじまじと見てしまったのは――久し振りに見た、その…
「…あ、そっか。旦那、最近見てなかったっけ」
いつも顔に施している戦化粧を落とした、彼の素顔。
「変な感じだろ?見慣れないから」
苦笑しながら、杯を口に付け、
「旦那は、どっちが良い?」
…そう尋ねてくる唇は、酒で濡れていて。
「ど、どっちって」
徐々に胸の鼓動が速くなってくる。
「なぁ…?」
その顔を近付けてくるので、思いきりそむけて幸村も酒を煽った。
「――ど、ちらも良い……と思う。お前は、整った顔…ゆえ」
酒のせいでなく頬を染めながら、自ら酌をし、杯を傾ける。
佐助は、ニコリと笑い、
「うん、素直でよろしい」
と、皿に載った小さな丸い菓子を指で取り、幸村の口の前に持ってくる。
「はい、どーぞ」
「…自分で食べる」
幸村はその指から奪おうとするが、ひょいっとかわされ、
「お願ーい。…これ、俺様の特別報酬だろ?」
「む…」
仕方なく、幸村は指から口へ受け取った。
「…美味しい?」
「ああ…!」
目を輝かせながら答える姿に、佐助もますます笑みがこぼれる。
「佐助、もっと」
(え…)
哀願する顔に、らしくもなくドキッとした。
「…?――あ、もう自分で食べて良いのか…」
恥じたように幸村は、皿へ手を伸ばすが…
「――駄目。…もうちょっと」
佐助が皿ごと取り、またも一粒をその口に当てる。
早く味わいたいのだろう、幸村も与えられるままに含んでいった。
その度に溢れる、幸せそうな笑顔。
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