望む心2

髪結いも終わり、幸村の顔色はもう随分戻ったように思えるが…

「ねぇ、旦那」
「何だ?」
「えーっと…怖い夢を見たときは、その内容を人に話すと良いらしいよ」
「――……」

しかし、幸村は眉に皺を寄せた。

「まっ、夢なんだからさ。…話すと、それが消えるんだって。正夢にならないとか」

もう、ほとんど佐助の作り話である。

「そうなのか…?」

最後の言葉を聞いた幸村は、すぐさま頭の中に今朝の夢を思い巡らせた。
話す相手が酷い目に遭うという結末に気が引けるが、訥々と佐助に語っていく。


「――そう。そんな夢を…」

言ったきり、佐助は沈黙した。

「佐助…すまぬ。夢とはいえ…」

幸村は項垂れた。

「何言ってんの。だから夢じゃない。…馬っ鹿だなぁ…」

クスッと笑い、「…そんなに、怖かった?」


「ああ――本当に夢で良かった。起きると、…手が震えていた」

佐助は、その手を握って優しく微笑む。

「…そんなことは、起きないよ」
「真か?…これで、正夢にならぬのだな?」
「うん。――それが迷信でも、絶対に起こらない」

どこかきっぱりとした佐助の口調に、幸村は珍しく疑いを持った。

「やけに…言い切るのだな」
「あら。旦那にしちゃ、ちょっと鋭い?」

おどけてみせる佐助に、幸村は不安な顔になる。

「違う違う、そんな顔しないでってば。
――何故かってーと…長くなるからさ」

部屋の外は、大分騒がしくなってきていた。

「今日、城に着いて…落ち着いてから話すよ」

ね、と手を合わせて懇願してくる。

「…分かった。――きっとだぞ」

幸村もそこは譲り、「では、即刻発つとしよう!お館様がお待ちだ」

得た力を、存分に見て頂かなければ!


「――だね」

あれも久し振りに見ることになるのか…。
武田名物、師弟殴り愛――

佐助は、チラッと幸村の頬に目をやる。

(耐性落ちてるかも知れないから、手加減してよね…大将)


「あ――そうだ、旦那」

遠慮がちに、「あの…給金のことだけど」

「ああ!もちろん、嫌でも受け取ってもらうからな」
「あ――うん。…ありがと。でも、半分で良いから。後は旦那の分ね」
「いいや、全部お前のものだ」

頑として聞きそうにない主に、佐助は諦めの表情になる。

「…分かったよ。――じゃ、半分は団子代」

ふっと笑い、「ちょっと…欲しいものがあってさ」

幸村も、顔を輝かせる。

「そうか!何でも好きな物を買うと良い!」
「ホント?…じゃ、帰ったらすぐにでも――良いかなぁ」
「もちろんだ!」

大きく頷き、「ところで、何を買うのだ?」

その問いには答えず、ただ微笑むばかりの佐助であった。














「おやかたさむぁぁぁー!!」

バキッ!

「ゆきむるぁぁぁぁ!!」

どごぉッ!

「おーやーかーたーさーむぁー!!」

ズガガガガ!

「ゆぅーきぃーむぅーるぁああ!」

バーン!



――延々繰り広げられる、叫び合いと技の掛け合い。
稽古場の周りの塀や建物は、ほぼ半壊状態。
武田の者たちは、懐かしむようにその光景を眺めていた。

戻って早々、始められた二人の手合わせ。
言葉よりも、こちらで表した方が、その成長振りがよく分かるだろうとはいえ…。


「はーあ、…いい加減止めないと」

屋根の上で見守っていた佐助が、下へ降り立った。
これからまた、この役目も果たしていかなきゃ――だ。

何とか二人を止めた後、信玄の部屋へ幸村とともに呼ばれた。

わざと遅れて行くと、思った通り師弟の熱い語り合いは既に済まされていたようで――幸村の頬には涙の跡が残っていた。

(あーあー…。ほんっとに涙腺弱いんだから)



「――佐助も。…ご苦労であったな」


信玄は…もしかしたら気付いているのかも知れない。影武者のことも、…他のことも、全て。本当なら、許されることではない…はずだが。

もし、このまま知らない振りをしてくれる、…のであれば。


「今晩はの、お主らと騎馬隊帰還の祝いの宴を…」

「――あの、たぃ…お館様!」

佐助は、決心したように、「…お願いが、あるんですけど」

信玄は気を悪くするでもなく、「何じゃ?」


「…あの。――ちょっと、休みが…欲しいんです、が」
「何じゃ、そんなことか。わざわざ頼まずとも…」
「あー…の。今日と明日と…まあ、できたら三日ほど…」
「ああ、そのくらい。お主、相変わらずよう働くのう」

信玄は豪快に笑った。

そうさせてるのは大将でしょーが!…そんな心の叫びは、どうにか仕舞っておく。


「ありがとうございます。…あと、旦那も休ませてやりたいんですが」
「もちろんじゃ。ゆるりと休むが良いぞ、幸村」
「は!ありがとうございまする、お館様!」

恐らく、幸村は今日くらいしか休むつもりはないのだろうが…。

「――それと…今夜の宴、申し訳ないですけど旦那は出られません」

え…?

幸村が、不思議そうな顔で佐助を見た。

「……」

信玄は無言である。


「…今日、明日…。あの、湯治場へ行くつもりなんで」
「湯治場…?俺は、何故宴に出られぬのだ」

佐助は、ガクッと肩を落とした。

「アンタも一緒に行くからだよ、湯治場に」
「俺も?…何故」
「……長旅で、疲れてるから」
「それほどでもないが…」


(やっぱり、伝わんねぇ…)


「俺様は疲れてるの。…一人で行けって?」

じとっと睨み、「俺様の買いたいもの、あそこの料理と宿泊代」

あくまで、それだけ。
旦那と打ち上げ。慰安会。


(――って、思ってくれりゃ良いんだけど…)


「佐助…お主」

信玄が、渋い顔で佐助を窺っている。

「いや、これは…頑固な主をゆっくり休ませたい、従者の心遣い?であって」
「何故、疑問形なんじゃ」
「え?そうでした?いやー、最近喉の調子が…」


「お館様!どうかお許しを!」


幸村が、ガバッと頭を下げた。

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