蜜4
「――元親殿!…政宗殿、片倉殿!」
三人へと駆け寄り、呼びかける。
傍には慶次の姿もあった。
「おう!今、そっち行こうとしてたんだよ」
元親が笑顔で、「名残惜しいけどよ。…元気でやれよな」
ぽん、と幸村の頭に手を乗せた。
「次に会うときには…元親殿くらいの背丈になっておきまする」
その言葉に、全員が吹き出す。
「な…!」と、むくれる幸村へ、
「…いや、まあ…まだ伸びるかも知れねぇけど。充分じゃねーか、そんくらいありゃあ。俺らが普通よりでっかいだけだって」
笑いを堪えながら、元親はその手をどかそうとしない。
「某は、まだ満足しておりませぬ。ゆくゆくは、お館様のような…」
と、幸村は目を輝かせる。脳裏には、敬愛する師のいかつい風貌が羨望の想いとともに思い浮かべられているのだろう。
四人は、一斉に顔色を悪くする。
「…大事なのは見た目じゃねーだろ!な!?」
引きつった顔で、元親が説得した…。
むぅ、と唸りながら、幸村は政宗の前に歩み寄る。
そして、すぐ間近まで迫り、測るように頭上に手の平を置いた。
「政宗殿には――もう少し頑張れば…」
「――……」
(…あ、まずいかも)
無言のままの政宗に対し、他の三人が同時に思ったそのとき――
「まっ、政宗殿?」
目にも留まらぬ素早さで、政宗は幸村を抱き締めていた。
「Hum…今ぐれぇがちょうど良いな、抱くのに。…別にでかくなっても構わねぇが、俺もその分伸びてるだろうぜ」
「はあ…あのー…?」
政宗の気持ちには、どこまでも鈍い幸村。
「ん?これか?南蛮式の挨拶だ」
「はあ、なるほど」
おーい、と二人に突っ込みたくなる面々だが、あまりの気付かれなさ振りに、政宗への同情も湧いてくる。
可哀想だから、最後くらいは…
「――んで、これも」
政宗はそう一言、幸村の頬に軽く口付けた。
「……!!」
幸村は目を丸くし、政宗を見る。
「お別れのkiss――っとォ、」
パッと幸村から離れたのとほぼ同時、足元へドドドドッと黒い物が落ちてくる。
忍の基本武具――クナイ。
「さす――」
驚いて見ると、佐助はさらに大型手裏剣を持ち上げていた。
「――死ね」
今にも、政宗へ技ごとぶつけてきそうな勢い。
元親が真っ先に青ざめ、政宗を引きずって行く。
「野郎共っ、帰るとするぜ!あんたらも!」
と、伊達軍も誘う。
「元親殿!政宗殿…!」
幸村は、タッと駆け、「お元気で!きっと、また…!」
その赤い槍を振ろうとし――思い直したように、手を振った。
「おーう!いつか、俺んとこにも遊びに来い!今度は、船に乗せてやらぁ!元気でなー!」
あの、カラッとした笑みを向けながら、元親が手を振り返す。
その横で、無理やり歩かされながらも余裕顔の政宗は、
「Good bye,my honey! See you again!」
幸村は、首を傾げた…。
「…達者でな」
小十郎が、幸村の肩を軽く叩いていく。
「片倉殿も、お元気で…」
その少し寂しそうな笑顔に、小十郎は微笑んだ。
…幸村には見る機会の多かった、その表情。
「しばらくは穏やかなもんだろうから…国に手合わせでもしに来い。政宗様だけでなく、俺も相手になってやる」
「真にござりますか!」
ぱあっと明るい顔になる。
「ああ。…お前の好物用意してやるぞ。俺の作った野菜も特別に食わせてやろう」
「巷で有名な、片倉殿の…!」
それはそれは美味との噂だ。
「政宗様は、料理がお得意なのだ。…来た際には、知らない振りをしておけよ」
と、少々不敵に笑う。
「片倉殿も――某の弱点のことは、くれぐれも内密にお頼み申す…!」
必死な顔に、小十郎はやはり含み笑いをしながら、
「ああ――」そう頷き、政宗たちの元へ足早に向かった。
「…何、仲良さげに話してたんだ?」
政宗が面白くなさそうに尋ねる。
「手合わせに来いと誘っておりました。…美味いものを食わせてやると」
「でかした、小十郎!」
早々に上機嫌になる政宗。
「Hum…何食わせてやるか…。もちろん、俺もあいつを頂くが…」
元親が、鬼のツノを生やして政宗の首を締める。
その様子を、小十郎はいつもの如く溜め息をつきながら眺めていた。
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幸村が戻ると、
「…はあ、行っちゃったなー」
一息ついたように、慶次がもらした。
その隣では佐助が腕を組み、仏頂面で立っている。
「佐助…」
ゴクリと固唾を飲み込んだ。
う――ものすごく怒っている…
「……」
佐助は無言のまま幸村に近寄り、その肩や上着などを、汚れを落とすように手で払う。
そして懐紙を取り出し、幸村の頬をゴシゴシ拭き始めた。
「いッ…!佐助、何だ…っ?」
その腕を振り切っても、佐助は深い溜め息を吐くばかりである。
(何なのだ…?)
「…ぶっ」
それまで二人を見ていた慶次が、我慢できないように吹き出した。
えっ、という風に幸村は顔を向けるのだが。
くくく、と慶次は抑えるように笑い、
「妬いてんだよ。…政宗に」
「…うるさいな」
佐助は低い声で返し、「あの馬鹿が旦那に移ったら困る」
ああ、と幸村はやっと分かったという顔をした。
「佐助、違うのだ。あれは、南蛮の挨拶らしい。俺も驚いたのだが」
「旦那…」
生真面目に言う幸村に、佐助は泣きそうな、情けない顔に変わる。
「片倉さん、何て?」
そんな佐助をよそに、慶次は明るく尋ねた。
「はい、国へ手合わせに来るようお誘い頂き…!某の好物や、片倉殿の野菜をご馳走して下さると」
嬉しそうな笑顔で答える幸村に、佐助は再び渋い顔になる。
「えー…。まさか、本当に行く気じゃないよね?」
「――やはり…無理、だろうか…?」
たちまち落胆する幸村。見ていて気の毒になるほど…。
「…もう、教えてやれば?政宗の…」
言いかけた慶次だったが、その刺すような視線に、慌てて口を閉ざした。
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