蜜1
※いよいよ、都とお別れ。
慶次に、佐助と想いが通じたことを言わなければ、とする幸村。
元親、政宗、小十郎たちとの別れの挨拶
…な話です。クサいの注意。よめる展開;
「はぁ…ようやく。片倉殿、すみませぬ」
幸村が、申し訳なさそうに小十郎を見た。
彼の背には気持ち良さそうに眠る慶次、腕にはフラフラと歩く元親が抱えられている。
「いや、大したことじゃねぇ。…そっちも、すまねぇな」
苦笑いし、幸村の背に目をやる。
そこには、同じように熟睡しきっている政宗がいた。
――昼間の大酒勝負大会の、散々たる結果である。…結局、政宗も参加していた。
当然、幸村が慶次と元親を抱えようとしたのだが、何しろ二人して大柄なため――下敷きになってしまったのを、小十郎が救ってくれたのだ。
そして今、やっとのことで宿の前へ。
「…政宗様も、ほとほと運のない…」
「え?」
「いや――何でもねぇ」
幸村たちの部屋に戻ると、宿の気遣いか布団が既に敷かれていた。
小十郎は、二人をそれぞれ寝かせ、
「じゃ…後は俺が」
と、政宗に手を伸ばすが、
「いえ、もうすぐそこなのですから、某が」
幸村は部屋を出ようとする。
すると、
「…ん」と、政宗が目を開けた。
「あ、起こしてしまいましたな。すぐ布団までお連れ致すゆえ」
「!!」
自分の状況に驚いた政宗は、幸村の背から急いで下りたが――
「布団…?――お前、案外…積極的じゃねぇか」
「?はぁ…」
当然、キョトンとする幸村。
「政宗様…」
小十郎が、もはや哀れみの目で声をかける。
「小十郎…何でここに。…おい、そういう趣向か?」
「何のことでござろう…?」
「気にするな。寝惚けておられるだけだ」
溜め息とともに小十郎が近付くのだが。
「政宗殿…!?」
再び政宗は幸村へおぶさり、その身体のあちこちを触ってきた。
「ちょ、ちょっと…あの…?」
「面倒くせぇ。…布団まで待てねぇ」
「はあ?何を――うぉわッ、どこ触って」
慌てて腰下に伸ばされたその手を振り払う。
「Ah〜、sorry…ちっと早過ぎた」
ニヤッと笑い、幸村を押し倒し――着物の合わせ目から手を入れ、腹をまさぐった。
「や、やめ…!く、はは…っ」
幸村は、くすぐったさに足をばたつかせる。
「面白ぇー…。ガキみてぇだな」
政宗は、くっくっと笑いながら、幸村の腹や腰を触り、口付けたり軽く舐めたりなどし始めた。
「な――あ…っ。はっ、くすぐった…あっ、政、宗、どのッ」
離そうと、政宗の頭を掴むのだが、
「んー…?何だ、もっと…ってか?」
「違ーう!!」
さっきまで酔い潰れてぐったりしておったのに!何だ!?この力は!シラフの自分が全く敵わん…!
このままでは、…笑い死ぬ――?
「――でッ」
短い唸り声とともに、突然その手が止まった。
そろそろと起き上がってみると、政宗は完全に沈黙しており、その上には拳を固めた元親が。
「…よし、守れた…」
一言もらすと、そのまま倒れ――寝入ってしまったようだ。
「見上げた保護者根性だぜ」
小十郎が涙ぐましそうに言い、政宗を抱え上げる。
「すまねぇな、酒癖の悪い主でよ。…覚えてりゃいいんだが」
「いっ、いえ…!むしろ、忘れていて頂きたい!」
幸村は恥ずかしそうに着物を整え、
「慶次殿にも言われました…幼子のようだと。――片倉殿、決して誰にも口外しないで下され。政宗殿が忘れていたら、特に…!」
「わ、分かった…」
小十郎は、勢いに圧されるのだが。
――俺が止めなかったことは咎めないのか。
本当に、何をされようとしていたのか分かっていないんだな…。
政宗様、何て報われない。…まあ、やり方にも問題があるが。
「…必ずですぞ?」
真剣な瞳ではあるが、先ほどの行為のせいか、いささか潤んでいる。
(だからお前は…何だって、そういう…)
「俺は嘘つかねぇ」
「――そう、でしょうな…」
何を思い出したのか、幸村は柔らかく微笑んだ。
――瞬間、小十郎の頭に突風のようなものが吹き荒ぶ。
「片倉殿…?」
覗き込んでくる幸村へ、小十郎は大きく咳払いすると、
「いや…。――じゃあ。…そいつ、運べるか?」
元親を指す。
「はい!心配には及びませぬ。…では、おやすみなさいませ」
「ああ…おやすみ」
小十郎は、廊下へ出てから息をついた。
背の政宗に、チラリと目をやる。
(負けて…しまいましたな。…主従二人して)
不憫な主を少しでも慰めるため、先刻のことを話してやるか…
――それとも、あの愛らしい笑顔との約束を守るのか。
…なかなかに選びがたい。
「…ふぅ」
幸村は息をつく。
明後日、騎馬隊が都を発つ。…もちろん、自分もともに。
宿の一人一人に挨拶をし、湯浴みを済ませてから部屋へ戻ると、結構な時間が経ってしまっていた。
「キキッ」
夢吉が肩へ飛び乗り、窺うように、つぶらな瞳を向けてくる。
可愛らしいその姿に、思わず笑みがこぼれた。
「…もうすぐ、見られなくなってしまうのですな…」
その頭を優しく撫でると、気持ち良さそうにすり寄ってくる。
幸村が布団に座ると、夢吉はピョンッと降り立ち、隣で寝息をたてる慶次の枕元へ移った。
それを目で追うまま――慶次を見つめる。
(…明日は、話せるだろうか)
あれから会場へ戻ると、三人は既にベロンベロンになっていて、慶次と会話することもままならなかったのだ。
(もう……会えない…?)
どうなのだろう。…佐助の返事を聞いたら、彼はどうするのだろう。
あの祭りの夜では、必ず会いに行くと言ってくれた。…そして、昨晩も。
しかし、それは。…自分が、彼の気持ちを受け入れようとしていたからであって。
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