氷解5


「旦那?」

力の抜けた身体を、佐助がぐっと支える。

「……」


「す、すまぬ…」

幸村が離れようとすると、佐助が力を込めてきた。


そして、片手で鉢金を外し、足元に置く。
…サラッと流れる橙色の髪。

素早く籠手を取り、それも放る。


「……?」


左腕は幸村の腰を、右手はその頭の後ろをしっかり抱いている。


「――ま。俺様、手早いけどね。…そこは、竜と似てるかな」
「政宗殿…?」

どうしてその名がここで出てくるのか、幸村には分かっていない。

「…で、旦那は。ほんっとに無意識で人を惑わすよね。怖いのはそれが全部当たりだってことだよ」
「なん…?」

「言った俺様が悪いんだけど…。駄目じゃない、俺様の前で……二人きりのときに、よりによってあいつの名前を。…そんな声で呼ぶなんてさぁ」



口端を薄く引き上げる――その、妖艶な笑顔。



「んんっ――」


突然、落とされた――口付け。

避けようにも、頭を支えられているので身動きがとれない。



熱く、激しく。

…頭が、全身が――痺れる。


つい一日前のあれとは比較にならないような、遠慮のない蹂躙。




「……!」

何を――?


幸村が戸惑うのも当然、佐助の舌が彼の歯列をなぞっているのだ。

わけが分からず、きっちり歯を食い縛る。


「……」

佐助は薄目を開け、その長い指先で幸村の耳の後ろから首筋をゆっくりと撫でた。


「――あっ…」

条件反射で口が開いてしまい、そこから待ち構えていた舌が入り込む。



な、な――?


何故、こんな…



口内から耳に響く音に羞恥は極まり、逃れようと必死になるが。


「ん…っ、ふ……っ」

それを悟った佐助の唇に熱がこもる。




…おかしい。

どこもかしこも力が入らない。



少し目を開けてみると、すぐ前にある、端整なその顔。

自分の唇を貪る姿が――言いようもなく艶かしい。


すぐに目を閉じた。



心臓が……壊れてしまうのではないだろうか。このままでは…



一体どれほどの刻が――もしかすると、ほとんど経っていないのかも知れないが。
やっと離れてくれ、こわごわ目を開くと。


いつもの余裕のある佐助の様子は、完全に消え去っていた。

戦のときに見せる静かな昂りとは違う…熱。



「…何で」

自分が濡らしたその唇に指で触れ、

「何でこんなに…」




柔らかくて……甘いの?



そこだけ小声で囁かれ、幸村は耳まで真っ赤になる。


「は、破廉恥…」
「――あ、久し振りに聞いた。旦那のそれ」

小さく笑い、「…もっと言わせたいなぁ」

「さ、すけ…」

幸村が、泣きそうな顔になる。

「だって。…旦那がいけないんだよ、あんな顔するから。それに…」

と、指を唇に置いたまま、「初めて。…口付けで、こんなに興奮したの」

「佐助!」

聞いているのも我慢がならないように、幸村が握った拳をぶるぶる震わせる。

「あ、ごめん。夢中になったの、の間違い」
「……っ!」

その拳をひょいっと避け、幸村から離れる。
幸村は少しよろけるが、何とか立ってはいられた。

「ほらほら。そんなことじゃあ、またされちゃうよー」

後ろに逃げた佐助を振り返ると、今度はその頬に唇が軽く触れる。

「なぁ…っ!」
「だって、仕方ねーじゃん、好きなんだから。今の内に少しでも慣れててもらおうと思ってさ?…まあ、モテモテの旦那に早くツバつけとかなきゃってのも本音だけど」

「うぅ…」

正に言葉通りの意味となってしまったが。

「旦那には気の毒だけど、観念して俺様に合わせてよ。その代わり、いーっぱい気持ち良くしてあげるから」
「おっ、お前は――!」



幸村は、佐助の豹変振りに翻弄されるが。

…これが、夢ではないことは確かである。



天にも昇る気持ちの中で。





(…また)




(――また、救われた…)



あの温かい笑顔がチラついて、少し涙が滲みそうになった。







*2010.10〜下書き、2011.6.22 up
(当サイト公開‥2011.6.19〜)

あとがき


ここまで読んで下さり、ありがとうございます!

本当に長くて申し訳ないです;
やっと、両想いになれた…(~_~;)
あともう少しでまとまりまする。

お付き合いして下さってる方、本当に感謝です(;ω;)

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