氷解4


「ごめん、旦那。…俺様は、どうしようもなく弱い…」
「さ、すけ…?」
「しかも、意地が悪い。…嘘つきだし、黒いし、――嫉妬深い」

幸村は、段々これが現実であることが見えてきた。


「――白状するよ」

と、佐助は苦しそうに息をつき、幸村を腕の中にしたまま、その顔を見つめてきた。

泣いているような、笑っているような…その表情。


「俺様は…旦那。アンタに…すっかり奪われちまった」


トン、と幸村の胸を指す。――幸村は、まだ分かっていない。…刻が、まだ追い付いていないようだ。

佐助は、クスッと笑うと、

「やっぱ、回りくどいと駄目?」

幸村の瞳を、しっかりと覗き込む。
そして、言った。



「…アンタに惚れた……真田幸村」
「――……!」




幸村の瞳に、佐助の姿が映し出される。
苦しくなるほどの、その真っ直ぐな瞳。


「主として…友としては、とうの昔に惚れてたんだ。さっきも言ったけど…アンタのその温かくて優しい心と、熱い魂に、俺様の氷は溶かされて。アンタに好かれたい一心で演ってた俺様が、いつしか本当の自分になってて。…アンタや大将に逢えなかったら、俺様は心のないただの忍として生きてたと思う。考えるだけでゾッとするよ」

佐助の、ただの忍になることへの恐怖はそこからだったのか、とぼんやり浮かんだ。

「つまり…あれは単なる嫉妬じゃなくて。アンタをとられる…アンタが俺様から離れると思うと、寂しくて――たまらなく苦しくなって。…なのに、自分の気持ちを言う勇気もなくてさ。それで、忍の立場を建前に、あんな嘘を。旦那の気を引こうとして。旦那の方が辛かっただろうに……言わせて」

そう苦悶に歪む顔は、幸村が初めて見るものだった。


「こんな嘘つきの言葉だけど…信じて。
――心から旦那のことが……好き、なんだ」

「さすけ…」

佐助の目の下が少し色付く。
幸村は、吸い寄せられるようにそれを見ていた。

「かすがのこととか…変わり身の早い奴って思うだろうけどさ。あいつのことを本当に大切に想う気持ちにさせてくれたのは、旦那だったんだ。…旦那が心をくれたから、俺様は恋を知ることができた。――軍神とうまくいったって聞いてさ、あの幸せそうな顔…。悔しさよりも、嬉しさの方が勝ってた。この俺様が…」

眉根を下げて、佐助は小さく笑う。

「俺様も成長したなーと思ってたのにさ。
…旦那の前では、格好つけられなかったな。昔は逆だったのに、今じゃ俺様の方がよっぼどアンタに甘えてる」
「……?」

意味が分かっていない幸村を、佐助は優しく見つめた。

「笑っちゃうよな、俺様ってば自分に嫉妬してたなんてさ。旦那が『さよ』に、あまりに見たことない…もう、ホントここが苦しくなるほどの顔をするもんだから」
「そん…な」

幸村の頬が、ほんのり色付く。

「あの妓楼でさ、『綺麗』って言われたとき。…その瞳に惹き付けられてたまらなかった」

佐助が、じっと幸村の瞳を見据えた。
居たたまれなくなった幸村は、少し目をそらす。

「アンタの、あの艶やかな姿。見たこともない……あんな、綺麗なもの」
「――……」

もはや、幸村の顔は大火事になっていた。


(呆れられるか、笑われるかだと思っていたのに…)


「独眼竜と二人になったときは、思わずあいつを殺しそうなくらいだったよ。祭りでも、あいつはアンタにベタベタと」


佐助は溜め息をつき、「…そして、風来坊」


「あいつには…参ったねぇ。実は――今も、怖いんだ。だって、あいつは俺様が焦がれてやまないものを沢山持ってる。…俺様も、旦那をあんな風に…大切にしたい。



――……愛し、たい」


佐助の頬に、赤味が射す。

幸村は、まだ信じられないような思いで、その姿を見ていた。


「…旦那、良かったの?」
「?何が…」

「風来坊。…あんなに優しくて温かくて、旦那に心底惚れてて。旦那の幸せを一番に考えてる…あの、どうしようもない……イイ男。――選ばなくて」

幸村の、嘘のつけない心は、やはりここでも曲がることができない。


「選ぼうと…した」

伏し目になった為、幸村の頬の上に睫毛の影が落ちる。

「非道にも、彼を利用しようと。どうしても…どうしても、お前が消せず。忘れたいと…」

佐助の、幸村を抱く腕の力が強くなった。


「…そんなに俺様のこと想ってくれてたんだ」

ニコッと笑う佐助を見て、幸村の胸がチクリと痛む。

「すまぬ、佐助…。本当は、それだけではない。……俺は、彼の熱に浮かされ――恐らく、喜んでいた」


佐助の顔を見るのが、怖い。
本当のことだから――自分がどうしようもなくて。

佐助のことが、心の底から好きだというのに。…別の場所に、彼という存在が咲いてしまって。

元親殿たちという大事な友たちも…。
お前と比べたりできない、大切な。


「…良いんだよ。俺様、無敵の言葉をもらったから。…もう、あんなダダこねたりしないからさ」

佐助は恥じるように笑った。



「俺様が、頑張りゃ済む話だろ?――あれよりももっと色男になって…旦那をこれまで以上に、俺様に惚れさせれば」

そう言って見せた笑顔は、見たこともないくらいの。





……とろけるような。





幸村は、クラッと軽い目眩を起こした。

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