氷解3


「必ず、良き主になる。…佐助が嘘をつかず、本当の自分でいつもいられるような。全てが嘘だというのは違うはずだと…恥ずかしながら、人に言われて思ったことだが、どうか」

どうか…

「俺の…俺とのこの繋がりだけは捨てないでくれないか。もう、どこからが恋情なのか分からぬのだが…。それは、別の形で――お前が仕えるに値すると思ってくれるような俺になるための糧に、と。そう誓ったのだ」

(そして…確かめねば)

「しかし、戸惑うと思う。俺の、抱いてしまった感情を知ってしまった今では。…先ほど言ったように、これからは決してお前に嫌な思いはさせぬ」

(だが、既に嫌悪していることであろうな…)

「…すまぬ。迷惑な話ではあろうが、はっきりお前の気持ちを聞かせてくれないだろうか。…そうすれば俺も、諦め……が」

最後の方は、震える声になってしまう。


――こんなにも、怖い…ことなのか。



それまでほとんど黙っていた佐助が、ようやく幸村をまともに正面から見て口を開いた。

「…旦那。その前に、謝らせて」
「何…?」
「――俺様、嘘ついてた」
「ああ、しかしそれは…」

全部、ではないよな――?

「違う。嘘…だったんだ。あの夜に言ったこと。嘘だって言ったあの言葉が、全部」
「……?」

佐助は、ふっと笑い、

「これじゃ、謎かけみたいだよな。――つまり、ずっと無理してたとか、優しい振りしてた…とか。あれ全部、嘘」
「え…」

幸村は、唖然とする。

「ごめん。旦那のことだから、すっごく悩んで、傷付いたよな。…ごめん、本当に」
「佐助……何故」

怒りも忘れ、幸村が尋ねた。

「うん…。――ただの、焼きもち」
「やき…?」

何のことか、さっぱり分からない。

「無理なんて、もうずっと前からしていないし、旦那の前では、俺様は本当に優しい気持ちになれる。――アンタがそうしてくれた。…俺様を変えてくれた。多分、さっき旦那が言ってた、俺様を笑わせたかったってやつのお陰なんだろうね」

「佐助…」

「…俺様も、アンタが大事だよ。だから、旦那を苦しめる奴は…例え焦がれる女だとしても許せなかった。…でも、それと同じくらい嫉妬もしてた。あいつらや…風来坊にも」
「嫉妬――?」

それは、一体どういう…

「だから、あれは本当の気持ちだったんだ。…旦那が大事なら、風来坊に嫉妬なんかするはずないのにさ。あんなに旦那のことを想ってくれる奴」
「……」
「旦那が小さい頃は、俺様がついてやらなきゃって思うことに、多分…満足感を得てたんだ。――結局、大人になっても俺様はそれにすがってたみたい。…旦那は、俺様を初めて頼ってくれて、初めて優しくしてくれて。俺様に心をくれた。…温かい、心を」

「真……か?」


…では、あったのだと考えて良いのか?

お前にあげられたものは何もないと。ずっとそう思ってきたんだ。


「うん。だから――そんな旦那を、俺様は独り占めしたかったんだろうね。…友達でも何でも…許せないほどの…」


幸村は、心がすっかり落ち着きを取り戻したのを感じていた。

大事だと言ってくれた、あの一言だけで。
…充分過ぎる。


「…何で、こんなになったのか、分かる…?」

佐助が、幸村の顔を覗き込む。

「…?」
「分かんないよな、やっぱり。…旦那だもんな」
「佐助…?」
「なぁ。一つ――お願いがあるんだけど」

と、咳払いをし、「俺様への想い…ってやつ。――ちゃんと、聞かせて欲しい」

「な…」

幸村は、赤くなり、「それはもう…言ったではないか…」

「お願い。ちゃんと…はっきり。…どういう風に――俺様を?」
「そ、れは…」
「じゃないと、俺様も答えない」


意地悪な言い草に見返すが、その真剣な顔が幸村の胸をえぐるので、小さく頷いた。


「ひどく、嫌な気分になるやも知れぬぞ…」
「良いから。…早く」


幸村は、一息つき、


「…俺は、お前の前で一番俺らしくいられる。俺のことは、お前が一番分かってくれているから。…お前は、俺がそうありたいと思っているものを沢山持っている。…それは、嘘とは言わせぬぞ」


話しながら、慶次と泊まった甲斐の宿での会話を思い出していく。


「楽しいことや嬉しいことがあれば、まずお前に言いたくなり…それでお前が笑ってくれると、俺はすごく幸せになれる。…お前に会えぬと寂しく、逆だと力が湧き、もっと強くなりたいと思う。…お前を死なせたくないからだ。俺が、嫌なのだ。とてつもなく我儘な考えだが」


…駄目だ。もう、止まらぬ…


「お前には、必ず幸せになってもらいたくて…。だから、かすが殿のことを。――だというのに、いつか俺の元から去るのかと思うと、苦しくて。お前を想うと…止められず。どうすれば失くせるのか分からず。…分からぬ。無理だ。やはり……無理だ。すまぬ、さす…」


幸村の声が途切れる。

今度こそ、全ての時間が完全に停止したに違いない。
――何故って、…何も音がしない。周りの音全てが。

聴こえる…のは、心臓の音。だが、自分のものではなく…


これは、抑えてきた望み。
夢さえ見てはいけないと思っていた、状況。
自分は、幻を見ているのだな。……こんなことが起きるはずがない。



佐助が、自分を。



…その腕に抱く、など。

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