氷解2


「…政宗様も、少々見習うべきかも知れませぬな」
「ふん」

その横顔を見た小十郎は、「失礼致しました。…既に、分かっておられたようで」

「…何がだ。さっきからゴチャゴチャと。
――お前らも!」

二人へ向き直り、「でけぇ男どもが、暑苦しいってんだよ!…今日は、飲むぞ!鬼島津との大酒勝負大会もあるしよ!」

「お前は出ねぇ方が…」
「うるせぇ!…じゃ、お前ら代表で気張って来いよ」
「うわ、もう撤回した」

だが、いつもの横柄振りが慶次にはひどく心地が良かった。

「政宗様、騎馬戦は…」
「知るか。俺の許しなく勝手に来やがったんだ、俺ァ応援でいーだろ?」
「まぁ、ねぇ」
「あいつらなら大丈夫だ。ちゃんと士気は上げっからよ。小十郎、頼むぜ」
「…はっ」
「終わったら、片倉さんも飲もうな?」

慶次の言葉に、小十郎は少し笑って頷いた。

(――あ、また珍しいものが見られた)


慶次は、三人の顔を眺める。一人ずつ、気付かれないように。


(…ああ)

温かい。

……独りじゃない。



幸が言ってくれた、俺の『暖かさ』は。…きっと、これがあるから。
こうやって、周りに沢山もらってるから。

お前もその内の一つで。
――同時に、かけがえのない大きな一つなんだ。

だから、どうか。


どうか……幸せに。――誰よりも。



お前が望む、一番の。





その魂が、

ずっとそうして燃え続けていられる…その場所で。














祭りの会場からさらに山の上にある、今はもう無人の寺。
その境内にある大木の太い枝に、佇む一つの影。――いつものように、片足だけを着き、もう一方は胡座をかくという器用な格好。


「…こんな所におったのか」
「!!」

本当に驚いたらしい――衝動で、佐助の身体が木から落ちる。

「さす――」

幸村が急いで駆け寄るが、さすがは忍、体勢を整え、ふわりと降り立った。

「すまぬ!突然、驚かせた。まさか――」

お前が気付かぬ…とは。

「だ、んな…。どうして」

佐助は明らかに動揺している。
目を合わせるのも避けているようで、幸村の胸は痛むが、約束した決心を奮い立たす。

「騎馬戦は終わってしまったぞ。結局、引き分けになったが。佐助、職務怠慢…ではないか」
「…俺様の影武者、居ただろ?」
「俺にはすぐ分かる。皆や、お館様までを騙せても」
「しっかり騙されてたくせに…」

幸村は気まずい顔をし、

「ああ…情けない。お前の気配に気付けなかったとは。…己が信じられぬ」
「ま、俺様が優秀なんだって。…で、旦那は人を信用し過ぎ」
「…楓殿も、お前なのだな」
「――さあね」
「道理で。…似ている、と思ったのだ」
「……」

思案するように顔に手を当てているので、佐助の表情は見えない…。

「――何故…来てくれたのだ」
「何故って…」

幸村は、相変わらず目をそらす相手の顔を、真っ直ぐ見る。

「…俺は、嬉しかったのだ。お前がどういうつもりで来たかは分からぬが、影武者まで用意して…俺の元へ。気付かれぬよう、俺の意志を尊重して…。それでも、忍を務めてくれていた」
「――……」

「俺の…気持ち、驚いただろうな」
「……!」

いきなりその話になるとは思っていなかったのだろう、佐助は身体を強ばらせた。

「…慶次殿に、お前の気持ちを聞くべきだと教えられて。――分かってはいるが」

「あ、あのさ…」

佐助は幸村をチラッと見て、「本当、なの?旦那が、その……俺様、を」

「あ、あ…」

幸村の顔が赤らむ。
それを見た佐助は、口に手を置いて下を向いた。


…どういう反応をすればいいのか、悩んでいるのだろうな。

やっぱり、お前は。
嘘ばかりの人間なら…そんな顔は見せないはず。


「…だがな、先に俺の気持ちを聞いてくれるか?…お前への慕情が生まれる前からも想っていたことを」
「う…ん」

さすがの佐助も、自分への…など聞くと、落ち着かない様子である。
ましてや、相手が相手だけに。


「お前は、日の本一の忍で、武田に欠かせぬ将。…そして、俺の最大の友だ。佐助は誰よりも強い。――ずっと憧れてきた。その、強く優しい姿に」
「――だから、それは」
「ああ。嘘だと言うのだろう?…その優しさは嘘だったのだと」
「…そうだよ」
「違う」

「え?」

思わず佐助は、幸村を見てしまう。

「思い出したのだ、昔のことを。…佐助と初めて会ってからの頃を。…確かに、お前はよく嘘をついていた。いつも哀しい目をしていたくせに、俺の前では笑っていたのだ」
「――まさか」
「本当だ。…だから、俺は――今ならこの言葉を使うが――お前を心から笑わせたかった。どうすればお前があんな瞳をしなくなるのか…。とにかく、お前の喜ぶ顔が見たくて。…不純にも、鍛練も初めはそれで頑張ることができた」

佐助の目が、気のせいかも知れないが、少し揺れたように思えた。

「…今は、そんなことすっかり忘れておった。何故なら、お前のそんな瞳はもう全く見なくなっていたからだ。…もし、お前が嘘を隠すのが上手くなっていて、俺がそのことを見抜けていなかったのだとしたら。俺は、最低の主…いや、最低の人間だ」

「旦那…」

「お前にそのように呼んでもらえる資格もない。――だから、本当にそうだというのなら……ここで一度、今までの俺を消してくれ。殴ってくれてもいい」
「……」
「――ただ、図々しいが…挽回する許しをもらえないか?…俺は、佐助が。…忍だからではなく、お前という人間が必要だ。――佐助が大切なんだ。…武田のために、国のために、お前とともに尽くしていきたい。お前、でなければ。…勝手にも、お前をもう半分の自分だと思ってきた。失くすと……俺は」


――駄目だ。言葉を上手く操れない。

もっときちんと伝えたいというのに。

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