氷解1
※慶次、元親、政宗、小十郎が何か仲良くてちょっとクサいかも;
幸村が、佐助に自分の気持ちへの答えを尋ねに行きます。
※微々破廉恥な描写があります。
本当に微々たるもの。
温かい…
もう少しだけ…このまま眠っていたい。
干されたばかりの、ふかふかの布団にいるような。どこまでも気持ち良く、離れがたい…。
――それに、この。
甘い果実を、蜜を、口にしたときに広がる香りに似た…。
蝶や蜂のように誘われ――囚われる。
まだ、そうやって捕まっていたいのに。
閉じた瞼を柔らかく刺す、邪魔な光。
あーあ……覚めたくねぇな。
せっかく幸せな夢を見ていたのに。
「……」
慶次は、ゆっくりと目を開いた。
(もう一回寝たら、続き見られるかな…)
そう思いながら、身体を横に向けると、
(…夢の続きだ)
そこには、愛しい人の、静かに眠る顔。
何だ、この…すっべすべの肌。すっげー…
知ってたけど、本当に長い睫毛。…しかもフサフサ。
健康というか、頑丈というか。だからなのか?これ…
と、慶次はそのツヤのある唇を見つめた。
(ちょっと、触りたい。…ほんの、少しだけ)
恐る恐る、中指と薬指で軽く触れる。
……やっぱり。
見た目通り、つるつる、すべすべ。そんで、思った以上に、
――柔らかい。
「ん…」
違和感を感じたのか、幸村が首を動かし彼の指から離れた。
くすぐったさもあったのだろう、唇を着物の肩で擦った後、こちらに寝返りを打つ。…つまり、慶次と向き合う形になった。
二人がそうしたせいで掛け布団が持ち上げられ隙間が空き、温もりが逃げていく。
冷気から逃れるように、幸村が慶次に寄ってくる。
…だから、どうして…
――何でこんなに甘い匂いがするんだよ…
すぐ目の前にまで近付いた、あどけない顔。
少し、動けば――届く。
「…Stop」
「!」
聞き慣れた声に、慶次は固まった。
「ま、政宗…?」
幸村のいる側の隣の布団で、政宗が寝転がってこちらを見ている。いや、よく見ると一人ではなく…
「――ぶはっ」
手前で口を塞がれていたらしい元親が、ぜぇぜぇと呼吸を整え――さらに政宗の向こう側には小十郎。
…何だこれ。
「うわー…。何か、すげぇ光景。皆で布団並べて?…片倉さんまで」
慶次は呆然とするが、あまりの珍妙な図に笑い始めた。
「いつ来てたんだよー!全っ然、気付かなかった」
「俺は、止めたんだ。けど、こいつが」
と、元親は気まずそうに、「すまねぇ。もっと早くに声かけるつもりが」
「悪ィな。あともう少しのところを邪魔してよ」
ニヤッと政宗が笑う。
「こいつ、ホンット悪趣味だぜ!…どうせなら、待ってやれよ」
「Ha?馬鹿か、俺も未遂なのによ」
「てーめぇ、昨日は…!」
「昨日?」
元親は慌てて、「何でもねえ!――とにかく、邪魔して悪かった」
「いや…ありがと」
その言葉に、三人は目を丸くする。
「危ねぇ危ねぇ。…すっかり寝惚けてて」
苦笑いする慶次。
「――そうじゃないだろう」
小十郎が、少し気遣わしげに言った。
だが、慶次は首を振り、
「この状況だと説得力ないけど、俺ら、そういうのじゃねぇから。…何もなかったんだよ、一緒に寝ただけ」
「……」
三人は、無言である。
「あれ…もしかして、知ってた?――あ、そっか。昨日俺らが話してたとき、部屋の外にいた、とか?」
元親が、ギクッと肩を揺らし、政宗がそれを睨む。
「そりゃあ入り辛かったよなー。ごめん、ごめん。で、元親に付き合って皆でここに?」
「…すまねぇ」
肩を落とす元親に、慶次は笑いかける。
「いや、それ俺の台詞だから」
「…ったく。お前はお人好しだな」
政宗が呆れたように言った。
「え、何?まさか政宗、反省してんの?」
「ちが」
「あ、ちょっと待った。幸が起きちまう…」
布団からそっと出ようとするのだが。
(あ…)
その袖が、未だに強い力で握られたままになっている。
……幸……
慶次の頬が、かすかにほころぶ。
「…もう、脱いじまえ」
元親の一言でようやく出られ、四人は政宗たちの部屋へ移動した。
着替えを済ませた慶次に政宗が、
「…初めからそうしてりゃ、一緒に寝なくても済んだんじゃねぇか?」
「だなー。そんなことも思い付けなかったよ」
「…分かんねぇな」
「いやぁ、舞い上がってて」
照れ笑いする慶次に、
「そうじゃねぇよ」と、溜め息をつく。
「…何で、あいつの応援しちまうんだよ。もう少しでお前のものにできたのに。だから、お人好しだっつったんだ」
「あー…そういうこと」
「しかも、相手があいつだったとはな。俺なら、すぐにでも殺って、ヤる」
「おい!変なとこで切んな!何やるつもりだよ」
元親が、あわわと突っ込む。
「そりゃお前――。朝っぱらから良いのか?そんな話」
「…政宗様」
小十郎の、呆れつつも咎める声が場を収めた。
「…とにかく。お前は…。――馬鹿な奴だっていう話だ」
しかし、慶次は怒るでもなく、
「そうだな…。ホント…そう思う」
と、微笑む。
「慶次!」
情にもろい元親が、たまらず慶次の肩を抱いた。
「お前は、本っ当に馬鹿だ!大馬鹿だ…!」
「ちょ…言い過ぎ」
「けどな、俺には分かるぞ。…分かってっからな、お前の気持ち」
そう言いながら、慶次の背中をバンバン叩く。
「いッて。本当に痛ぇ!」
「お前も、幸村も。…何だって、そんなに健気だっつんだよ…」
「…元親」
慶次は、もう文句を言わなかった。
[ 65/88 ][*前へ] [次へ#]