花の嵐4


「狡いのは…某の方だ…」

幸村は目を伏せる。



…その、どこまでも優しい心に逃げ込んで。
一番欲しかった慰めの言葉を言わせてしまった。…よりによって、貴殿に。
その心中はいかほどか。…自惚れ、かも知れないが。
どうしてそこまでできる…。



――なら、自分のするべきこと…は。



幸村は、決心したように慶次を見据え、

「分かり、申した…。はっきり、確かめて参りまする」
「…うん」

短く頷き、慶次は布団から出ようとしたが、

(あれ…?)

着流しの袖が、びくともしない。

「幸、手が踏んでる…」

が、よく見るとそうではなく、幸村がしっかりと掴んでいるせいなのだった。
戸惑う慶次に、幸村は、

「慶次殿が……どこかへ行ってしまいそうなので」

少し、心細そうな瞳を向ける。
そんなつもりはなかったというのに、慶次はギクリとした。…どこかには、そのような考えを抱いていたのだろうか。

もしかして、それであんな不安な顔を…?

「どこにも行かないよ?…どうして」
「……」

幸村のその手が、そっと離されたかと思うと、

「ゆっ、幸…?」

慶次の焦る声。
それもそのはず、何と幸村の方から腕を回してきたのだから。


「…すみませぬ。無性に…このようにしたくなり」

幸村自身も戸惑った様子で、

「慶次殿がそんな顔のままなのは、嫌でござる。…今晩は、決して離しませぬ」
「幸、あの、ちょっと」

ていうか、最後のは殺し文句…!

「…また、泣くのではないかと…一人で」

(え、俺が――?いつ、そんな)

疑問が浮かぶも、危険なこの状況をどうにかする方が先決である。

「わ、分かった…!ここで――寝るから。とりあえず、離して」
「…真にござりまするか?」

うっ――

疑わしそうに、見上げてくる幸村。

(た、耐えろ俺…)


「うん。…って。幸、眠れねぇとか言ってなかった?」
「…慶次殿が先に眠れば、某も休める…かと」
「じゃあ、俺早く寝ないとだな」
「是非そうして下され。…逃げようとしても無駄ですぞ」

幸村は、またもその袖を握る。
慶次は観念したように、

「…はい」と、目を閉じるが。

「慶次殿」
「んー?」
「…某も…。某も、慶次殿に気持ちを伝えておりませぬが」
「だから、お前のは知ってるって」
「――まだ、言っていないことが沢山ありまする…」
「……」
「慶次殿は、いつも人のことばかり…。某のせいなのですが」
「…」
「確かめて参りまする…から。慶次殿にも……聞いて頂き…」

しかし、慶次の返事はない。

「慶次殿……眠ってしまわれましたか?」

幸村が、小声で慶次を窺う。



――……
………
……



……眠れるわけねぇだろ…



こりゃ一体、何の拷問だ?



精一杯、格好付けたってのに。
今目を開ければ――多分、全部台無しになる。


…だから、お前がどれだけあいつを好きなのかは知ってるって。


もう、こんな風に二人でいる時間はないんだから。…今日くらいは逃げさせてくれよ。

その心の向き先を、これほど分かってるっていうのに。…お前の声が甘く聴こえる俺は、本当にどうしようもないから。

頼むから、お前にとって優しい――良い奴のままにさせといてくれ。



身動きすらできずにやり過ごしていると、


…すぅ…


――非常に自然な寝息が耳に飛び込んできた。


(…うっそぉ……)

信じがたいことに、幸村が早くも寝入っている。

(この……人の気も知らないで…)

そろっと身体を動かすが、袖を掴む力だけは、変わらず強いままで。

慶次は、今度こそもう諦めた。



――っとに、敵わねぇ…



そう徹夜を覚悟するが。
不思議なことに、その無邪気な寝顔を見ていると、段々心が凪いでくる。
さらに、その手から伝わってくるかのように身体がぽかぽかと温められ、少しずつ瞼が重くなっていった。



今、この時間だけは。俺だけの…とか。
…思うくらいなら、許されるよな?



朝、元親に何て説明しよう…

そう思ったのを最後に、慶次の意識は途切れた。







*2010.10〜下書き、2011.6.20 up
(当サイト公開‥2011.6.19〜)

あとがき


ここまで読んで下さり、ありがとうございます!

幸村に一途な慶次になりました。
私の脳ではこれが彼でありまして。
政宗とは別な感じのクサさ。

ラピタのシーンでありますよね、飛空船の見張りのとこで主人公とヒロインが話してるのを、筒みたいなので盗み聞きされてたやつ。金属糸電話みたいな。

思いきりアレの…

本当にすみません。どうしても、やりたかった…。

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