花の嵐3


「幸、こっち」

素早く入った慶次が、片手で布団を持ち上げて見せる。

…一緒に?

お決まりの如く、幸村の顔は真っ赤になった。

「む、無理でござる!眠れるわけが――」
「大丈夫、大丈夫。何もしないから」

慶次は相変わらずの笑顔。

「そういうことでは――」
「お願い。眠くなってきたら、戻るから。…それまで、近くで」
「…ぅ…」

――慶次殿。

前から一度言いたかったことだが。…その顔は。

その顔には、初めから――きっと最後まで、自分は逆らえないだろう。

友となった、あの日からずっと…



「あったかい」

へへ、と照れたような顔を間近にすれば、幸村の眠気は一向に起こるはずもない。

「……」
「……」

しばらく二人とも無言だったが、流れる空気は思っていたほど気まずいものではなく。
幸村は、その心が徐々に落ち着いてくるのを感じていた。

「――ありがとう」
「え?」

何のことかと慶次を見る。

「俺…今、すっげぇ幸せ。…お前のお陰」
「あ…」

慶次は軽く目を閉じ、

「三月に…いや、二月にいっぺんは甲斐に行く。本当は、毎日でも会いたいけど」
「…慶次殿」
「いつか…乱世が終わったら…。二人で、色んなとこ行ってみよう?」
「は、い――」
「元親に、船貸してもらってさ。ま、あいつも居てもいいけど?」
「はい…!それはきっと――楽しいことにございましょう!」

二人はお互い微笑み合う。

「まー、あいつは居心地悪いかも知れねぇけどな…。俺、容赦なくお前を愛しまくるから」
「!!」
「ああ、妙な意味じゃなくてさ。や、間違いじゃねぇけど…」
「…っ」

固まる幸村に、そのままの笑顔で、

「こんな幸が見られる日が来るなんて、本当に…夢みたいだ」

その言葉に、幸村の胸はギュッと締め付けられた。

「夢では…ありませぬ」
「…うん」



――ありがとう、本当に。



あの、隠していた哀しみから、俺と…彼女への想いを。…まるごと救い出してくれて。
こんなにも愛しいと…夢中にさせてくれ。
今や、心から自分の生を感じられる。

芯から燃え上がるような、みなぎる命が。



「…俺は、これからも一生一人だけを愛するよ。――お前にもう、ここぞとばかりに持ってかれちまった。全部…」

「慶次殿…」
「――だからさ」

慶次は少し上体を起こし、幸村の顔を上から覗き込んだ。
そして、頬に手で触れ、その唇を見つめてくる。

幸村は、一瞬睫毛を揺らしたが、その瞳を静かに閉じた。



…だから、さ。
俺は、充分幸せだ。…あのときにもそう思ったのに。
引っ張られるままに、望みは大きくなっていき。…お前に甘えてしまって。
結局、俺の方がガキで…堪え性がなかったってことだったんだよな。

慶次の脳裏に、出会ってからの幸村の姿や表情、もらった言葉が雨のように降り注ぐ。


一番、幸せそうな。

…大好きな、彼の顔は。


最初から、分かっていたのに。…あいつが、何でお前にそんなことをしたのかってことも…もう。

だから…



「…?」

幸村は、おず、と目を開く。
口付けは、思いに反し、その額に落とされていた。

「慶次…殿…?」

「…ありがと。良い夢を見せてくれて」

本当にそんな日々を送れたら、どんなに――

「それと…ごめん」
「え…」

幸村の心が波立つ。
…どうして、また…そのように、辛そうな顔を?

「俺、黙ってた。…分かってたのに。すげぇ狡いこと考えてて」
「…?何…が…」
「忘れなくて良いんだ」
「え?」
「…あいつのこと」

幸村が、驚いたように慶次を見る。が、すぐにその瞳に不安の影が落ちたので、慶次は安心させるよう目を細めた。

「あいつ、きっと…お前の前からいなくなったりしないから」
「……!」

慶次は少し笑うと、

「俺ってすげーよな?幸の考えてること、何でもすぐ分かるって」
「…は…い」
「だからさ、良いんだ…忘れなくて」
「し、かし…」
「あいつのさ、本当の気持ち…。嘘ばっかりだったって、本当にそう思う?」
「――っ」
「十年以上もさ、偽れるもの?そんなにあいつは抜かりない?…それほどお前は、察しが悪い?」

なわけないよな――?

「…そんなんで、ここまで来られるわけねぇよ。…お前も、あいつも……あんな顔になるわけがない」

「……で、しょう…か…」

その声は消え入りそうだが、一抹の希望も見え隠れしていた。

「だよ。…お前の気持ちが受け入れられなくても、それ以上に大切な想いが…あいつにも、切り離せないくらいあるはず」

幸村はまたもやハッとする。
それは、自分が気付いた想いと全く同じこと。

――本当に、どうして…何もかもが分かるのだろう。

「それに…お前の気持ちへの返事、まだ聞いてないじゃないか。あいつの」
「それは…慶次殿が先ほど言ったように…」
「本人から、聞かなきゃ…な」

と、いつものように微笑む。

「…俺が言った通りになったら…そのときは、もらいに行く」
「もらいに…」

幸村の胸を指し、

「お前の、ここ。何年かかっても、いつか必ず。…さっきまでやろうとしてた、狡いやり方じゃなく。正々堂々、自分の力で」


…手に入れてみせるよ。

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