花の嵐1
※慶次→幸村
前田慶次、推して参る。
元親、政宗、小十郎も、温かく?見守っています。
佐助はお休み。
某アニメのアレだろうというものがあります…。
後書きで陳謝。
晴れ渡った青い空。
地平線に広がる、白い雲。
手前に見下ろす、整然とした美しい都の街。
頭上を、数羽の鷹が流れるように大きく旋回する。
「絶景――ですな!」
「だろ?下から見上げんのも良いけどよ、やっぱこっちだよな!俺の特等席よ」
幸村が明るい笑顔で振り返ると、元親は鼻が高そうに応えた。
元旦の午後、祭りの初日。
宿に戻ったのが真夜中だった為、たっぷり朝寝坊してからの足運びとなった。
――早速、元親自慢のからくり機械の頂きへと登らせてもらっていた。
巨大な馬の形で、下にいる長曾我部の者たちの姿が小さく見える。
「あの鷹は、まつ姉ちゃんのとこの奴らだ」
「こちらに来ないでしょうか…」
招くように、鷹に手を振る幸村。――いかにも楽しそうである。
「…元気、じゃねぇか」
「――だな」
幸村には気付かれないよう、顔を見合わせる政宗、元親、小十郎。
三人は、昨晩――正しくは今日になるが――のことを思い返す。
武田騎馬隊の泊まる屋敷へ迎えに行くと、ちょうど良く幸村が門から現れたのだが。…その顔は、見たこともないほど憔悴しきっており。
どうしたのか尋ねたくても、無理に笑い俯く顔に遮られ、結局分からないまま。
夜が明けて顔を合わせてみると、いつも通りの彼に戻っていたのだった。
「下の操る部屋見に行ってみるか?隠れ家みてぇで面白いぜ!」
全員こぞって、興味津々に頷いた。
が、幸村は思い直したように、
「すみませぬ、もう少しここに…」
「おう、構わねぇぜ?んじゃ、後で声かけるからよ」
元親たちは床に付いている蓋型の扉を開け、下へ降りて行った。
幸村は柵に背を預け、再び空へ目を向ける。
こんなにも澄みきった、気持ちの良い光景だというのに。…一向にこの胸の内は曇ったまま。
自分のせい――なのだが。
…もう、戻れぬのだ。…以前のような、あの日々には。
恐らく、彼は自分の忍を辞めるだろう。
武田を…自分の配下を離れることはないだろうが。…今までの立場は、他の者に任せるに違いあるまい。
…あの笑顔を見ることは、きっと、二度とない…
あれほど大切に想っていた彼のことを、何も分かっていなかったとは。…無理をさせていたことに気付けなかったなんて。
自分は沢山もらっていたくせに、相手に与えていたのは、偽ることと苦しみと。
――何という愚かな。
一体、自分は彼の何を見ていたというのか。深い絆だと…もう一人の自分だと思っていたのも、単なる幻想に過ぎず。
こんな主から、ただならぬ感情まで告げられて。…どれだけ彼を苦しめれば気が済むというのだろう。
幸村は、胸を押さえた。…血が流れ出ているように、痛い。
明るい青に目が眩み、首を下に向ける。
白い床に映る雲の影をぼんやり追う内に、黄昏の朱が落ちてきた。
「…?」
足元へ、急に大きな影が被さる。
幸村は、顔を上げた。
「…でよ、これはな…」
「Hu〜m…」
「ほぉー…」
「……っだよ、そのうっすい反応!」
意気揚々とからくりについて語っていた元親が、政宗たちに唸りを上げる。
「聞ーてるって」
「ああ、これは何かと思ってな」
適当に返す政宗を隠すように小十郎が、天井から繋がっている幾つかの管を指し尋ねた。
「おっ、良い質問だ。これはな…」
と管の蓋を開け、その空洞へ口を近付けると…
『――慶次殿?』
そこからいきなり幸村の声が聞こえ、全員が目を見開いた。
部屋を見渡すと、…慶次の姿がない。
元親は慌てて静かに蓋を閉めようとしたが、政宗がその手を止めた。
(おい…っ)
『勝手に戻っちまった』
はにかむような、慶次の口調。
『…何か――あった?昨日…。花火の後…』
『――……』
それは、元親も知りたかったことである。
幸村には悪いとは思いながらも、その手を離した。…政宗が、よし、というように頷く。
『…ちょっと、ごめん』
『え?』
衣擦れの音に、面食らったような幸村の声。
『…幸、これって』
『…?――あっ…!』
『それ…』
『あ、あの、これは』
『……口付けの、あと…?』
その言葉に、三人は目を合わせた。
『あいつに…。――そっ…か』
慶次の声が深く沈んでいく。
『――その、元気のなさは…もしかして、俺に気を遣って?』
『え…』
『馬っ鹿だなぁ…お前は優し過ぎなんだから。…良かったじゃん、想いが叶って』
『は…』
『だから…。お前の気持ち、受け取ってもらえたんだろ…?』
…少し震えた気がしたのは、管を通る空気の揺れのせいではないのだろう。
『良かったな、本当に。…お前が幸せなら俺…』
『……』
『――幸?』
『某は…幸せに見えまするか…?』
『ゆ…き』
『すみませぬ、慶次殿。…某は、そのように思って頂けるほど優しくなど、全くござらん…』
そうではないのです、と、幸村は血を吐くように話した。
あの部屋であった、全てのことを。
『違う…!お前は悪くない…!』
『っ、離して――下され、慶次殿…っ』
幸村は絞り出すような声で、『某には、このようにしてもらう資格などありませぬ…。貴殿に想ってもらえるような者では――』
『…何だよ、それ。――つまり、幸は俺も否定するのか?俺の、心を』
『…!?、そうではなく』
『そうじゃないか!…どうしてそこまで自分を責める必要がある?お前が…お前だけが、まるで非道な奴のように。俺は、お前のことをそんな完璧な人間だと思って惚れたんじゃない…!』
『慶、次…殿』
幸村は、少し息を飲んだようだったが、
『…そうではないのです。某は、慶次殿に…あまりに身勝手なことをするかも知れぬので』
『……』
『だから、離して下され…。某は、やはりそのような……貴殿を利用する真似は』
(幸村…)
苦しげなその声に、元親は自分の言った言葉を悔やんでいた。
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