吐露2
「まあ――よ」
元親はポツリと、「お前にはまだ分からねぇと思うけど…。好きだなぁと思った奴にはよ、もっと近付きたくなるもんなんだ」
「はい。――いえ、某もそれくらいは分かり申す」
「ああ…と。多分、お前の考えてるより上の意味でよ。…もっと自分を知って欲しくて…また相手のことも知りたくて、な。――そんで、手を触れたり抱き締めたり…」
幸村は、無言になる。
「だから、あいつの想いが溢れて、ついやっちまうんだろうな。『ギュ』ってやつ」
――あれは、そういうことで、だったのか。…あの熱は、知らぬ間に自分にもそれが伝わっていたから、なのだろうか。
「…で、肌を重ねたいのは――一番近くでお互いのことを感じたいと思うから…じゃねぇかと。全て欲しいってのは、すっげぇ愛しいって思ってるからってことで――。…その、気持ち悪ィとか思ってやらねぇでもらいてぇんだ…」
幸村がそんな性格ではないことは、彼も重々承知しているが。
「散々嫌がってた俺が言う台詞じゃねぇんだけどよ。あいつの……慶次の、お前に対するヤツは本物だって思えるからよ」
「――はい」
「好いた女は多いかも知れねぇが、男のお前にここまで参っちまうなんざ…。心底惚れてんだと思うぜ」
元親は、優しく笑い、「――てより、お前がすげぇのかもな」
「そ、んな…」
幸村は目を丸くして謙遜する。
――お前の、その強くて熱い魂。
真面目で、真っ直ぐな性分。
自分にも他人にも、ひたすら懸命な姿。
優しく、嘘偽りのないその心…。
男でも女でも、関係なく惹かれるその精神が。
「某は…幸せ者でござる。慶次殿に、そこまで想って頂いて」
幸村が声を詰まらせ、そう呟いた。
「それ聞いたら、あいつ一瞬で舞い上がるぜ?」
ニヤッとした元親に、幸村も微笑むが――
「…ここまで想われておきながら、某は何故…」
辛そうな表情に変わり、元親の目を見る。
「某も――某だって、慶次殿が好きです。…大切です。…嬉しかったし、あのように胸が苦しく…熱くなったのは初めてでござる。……このまま」
このまま、慶次殿の嵐に飲み込まれてしまえば良いのに。
――あの、花の嵐に。
「幸村…」
その想いに、元親の顔も歪む。
「どうしたら、できるのです?――ここにあるものを……ここに在る人への想いを消すには?…どう、すれば」
「――すまねぇ。俺が、余計なことを」
しかし幸村は首を振り、
「違う…。某自身の問題です。――某はともかく、慶次殿のあのように辛い顔は…もう見たくありませぬ」
「馬っ鹿野郎、こんなときにまで人の心配すんなよ。あいつはそれ以上にお前に沢山もらってらあ。…だから、お前は。自分のことを一番に考えれば良いんだよ」
「そのような…」
「言うこと聞けって。…誰が、無理した心なんて欲しいもんかよ」
諭すように溜め息をついた元親に、幸村はますます落ち込んだ顔になる。
「――ま、お前が、忘れる為にあいつを利用するってんなら。俺は、それはそれで良いんじゃねぇかとも思うけどな」
「そんな…」
「利用って言葉が気になるか?…あいつは一つも嫌だとは思わねーだろうよ。――むしろ、こんな機会逃すものかと」
元親は幸村の胸を指し、「すぐさま捉えて…離さねぇだろうな」
「……」
「そのときのあいつは、すっげぇと思うぜ?…そりゃもう、ここぞとばかりにお前を大事に…」
…愛しむんだろうよ。
今でさえ、あんなに…
「別に良いじゃねぇか、それでも。――たまには、そんな…甘えてもよ。お前、充分想い苦しんだんだろ」
「元親殿…」
元親は、幸村の頭をわしわしと撫でた。
「俺は、お前がお前らしくいられりゃそれで良い。…お前が一番望むもんがそこにあったら、尚良いと思う。俺は慶次じゃなく、幸村の味方だ。これからもな」
優しく、頼もしく笑う元親。
嬉しくも、苦しい思いが幸村を襲う。
自分はどこまで恵まれているというのか。
「変な恩義を感じてんじゃねぇぜ。俺らは友達ってヤツなんだろ?…それに、お前にゃ俺も沢山もらった。俺の方が、お前にあげられたものなんて…」
「それこそ多く…!」
「へぇ」と元親は照れたように笑い、
「こういうもんなんじゃねーか?そうやってお互い知らねぇ内に思い合ってよ。…だから、もう考え過ぎんな。断ったって、甘えたって…。あいつとお前も…友達なんだからよ」
元親の言葉が、ゆっくりと幸村の胸に沁み込んでいく。
澄んだ空気を伝って、祭りのざわめきや音楽が聴こえてきた。
この間の夜のことが思い出される。――あの、熱。
きっと、一度任せてしまえばもう後戻りはできないと思えるほどの、強い流れ。
(これがなくなれば…。この苦しみもなくなる…)
――祭りの音が、思考に連動するよう大きくなっていく…。
ドン、ドン、パラパラ…
夜空に赤や黄、青や白など、彩り豊かな花が咲く。
たまに、ヒゲ面親父の似顔絵をかたどったものも上がるが。
年が明けてすぐに上げられた「ザビー花火」
前夜祭は地元の催し物や出店などで大盛り上がりで、ヒゲ面の宣教師による派手な余興は大好評を見せていた。
会場で会った慶次は思った以上にいつも通りで、幸村を安堵させたのだが。それが、彼の優しさであるのは分かりきっているので、いつまでもそうしてはいられないとも思う。
五人は、各所で焚かれている火の周りで暖を取りながら、次々上がる花火を眺めていた。
「あれは…何の形でございましょう」
「Ah〜、ありゃあheartってんだ。心とか、love…愛、とかの象徴だ」
「ああ。愛の伝道師・ザビー様――だもんな」
「へぇー…あれ、そういうものなんだ」
慶次が噛み締めるように言い、幸村へニッコリと微笑む。
わけも分からず、幸村は顔が赤くなるのを感じた。
(俺らが居んの、忘れんじゃねーぞ…)
…他の三人は、咳払いでもしたい気分である。
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