想い4


「おかしいでござろう…?童のようで」
「そんなことないよ」

可愛い、と喉まで出てきたのを何とか抑える。

「慶次殿のこの手は、安心致す…。最初は、恥ずかしかったというのに」

その台詞と無意識の上目遣いに慶次の心はわし掴みも良いところである。

「そ…うかい?…嬉しいねぇ」

(おわ、声裏返っ…)



「――負けて、しまいました…。お館様に、必ずや勝利して戻ると誓いましたのに。これでは、会わせる顔が…」

幸村は、辛そうに声を詰まらせる。
それを聞き、さすがに慶次もぼんやりした頭を覚醒させた。

「慶次殿にも良くして頂きましたのに…。これでは、真の強さなど――」

ポロッとその目から涙がこぼれ、幸村は慌てて手の甲で拭う。
「泣いては、さらに弱い…」

ぐっと堪えるその瞳は、今にも濡れんばかりである。



「――泣いて、良いよ」

慶次は頭を撫でながら、優しく微笑んだ。

「誰も見てないから。…悔し涙は、良いんだよ。男はそれで強くなるって言うじゃないか」
「――……っ」

幸村の双眸から、透明な珠が落ちていく。


「…幸は強くなった。ここに来る前よりずっと」
本当だよ、と慶次は柔らかく言う。
「それに」と、幸村を真っ直ぐに見て、

「もう、幸は『真の強さ』ってやつ、手に入れてるんだよ」
「えっ…」

驚いたように幸村が慶次を見た。

「虎のオッサンが言ってたのは、実際に優勝することなんかじゃなくて…」
慶次は胸に手をやり、「ここの強さ。…信じるもの。――揺るぎない想い」



だから本当は。
お前は、最初っからもう持っていたんだ。気付いていなかっただけで。
真面目な分、考え過ぎてしまっていて。

――誰よりも、お前は強いんだ。


「想い…」

幸村は、目を閉じる。

浮かぶのは――尊敬する師の顔。
武田の面々。
甲斐の民たち。
…そして、もう一人の自分と思えるほどの大きな存在。

彼への気持ちを自覚するまでは、ただ一心に師の役に立つことだけを目指して強くなろうとしていた。――しかし、今は。


…これが、自分の揺るぎない心。

真の強さ…



「――なのでしょうか」

「…で、良いんだよ。明確な答えなんてないんだからさ。皆、自分で決めて持つものなんだ…きっと」
慶次は温かく笑い、「幸がそう思ったんなら、それが正解だ」

頭を撫でる手は、絶えず優しい。

「――ありがとうございまする。某に…気付かせて下さり…」

ここで暮らした日々が、この気持ちを、信念を育ててくれた。
人を、国を思うその重さを。

そう言うと、慶次は照れたように、

「俺じゃなくても、虎のオッサンが同じこと言ったとは思うけどな。…でも、幸の力になれたんなら、嬉しいや」

「力になったどころではござらぬ」

慶次を見つめ、「さらに与えてくれた…。大切な存在を。――貴殿という、唯一無二の」


手がピタリと止まり、慶次の頬が少し赤らんだ。



(…あ)



この間は、嬉しいからだと言っていた。
その顔も、そうだと考えて良いのだろうか。

であれば、自分も嬉しいのに。


「幸はすごいよ、本当に」

小さくついた息とともに、「ここぞってときに、望んでいたもの以上の言葉をくれる」

「――某が?」
幸村は目を丸くし、「それは慶次殿の方でござろう」

いつも、その温かい言葉で自分を導いてくれた。
どれだけ救われて来たことか。


「いやぁ……政宗のこと、ちょっと羨ましいなって。さっきまでそう思ってたからさ」
「政宗殿が?」
「うん」

慶次はポリポリと頬を掻き、

「心が打ち震える――って。…ごめん、聞こえた」
「あ…いえ」
「二人、すっげー楽しそうに戦っててさ。なかなか間に…入れなかった」

苦笑する慶次の顔を、幸村は不思議そうに見る。
…何故、羨ましいなど。



「某は、嫌でござる」
「えっ?」
「……慶次殿が、政宗殿のようになるのは」

「――幸」

「上手く言えませぬが、某と政宗殿は……恐らく、お館様と上杉殿たちのような。そんな相手を得られた某たちは確かに恵まれておりまする。――ですが」

幸村は、頭に置かれたままの慶次の手に触れた。

「慶次殿のような方は他におりますまい…。先ほど言ったのと同じことではありますが、貴殿という方は唯一人。…温かいものを下さるのです。だから、某もそういうものを返したく…」

困ったように目を伏せ、「…やはり、上手く言えませぬ」



「――なぁ」

置かれた幸村の手を、慶次が強く握った。
「ちょっと…起きられる?」

「あ…はい」

唐突な言葉に幸村は戸惑うが、身体の痛みは大分マシになっていた。
慶次に背中を支えられながら、上体だけを起き上がる。

「大丈夫です、一人でも…」


そう振り向こうとすると、慶次が後ろからその腕を回してきた。



身体に障らぬよう、果てしない優しさで、幸村をふんわりと包み込む。



――花の香りが漂ってくる。



背中が、熱い……





「俺は、卑怯だ。お前が知らないのを良いことに、また。…今も、幸の顔を見るのが怖くて…こんな」

苦しげに唸る声が、うなじに触れた。

思わず逃れようとする幸村を、慶次は許さない。

「――だから。このままで聞いて……」


震える語尾。…背中から伝わる心臓の音。





「……嫌、です」


幸村は、腕を振りほどき、「どうしてそのように悲しい声を?…何故そんなにも苦しまなければならぬのです!?顔を――」

見せて下され、と慶次に向き合うと。


そこにあったのは、やはり辛そうに歪む表情に――あの、燃えるような二つの瞳。

それが今、間違いなく自分に真っ直ぐ向けられていた。



幸村は、目が、心が、射抜かれたように動けなくなる。




「けい…じ、どの…」




やめて下され、その瞳は…ひどく落ち着かぬ…




だが、慶次はやめず、もう隠そうともしない。


そして、言った。









「好きなんだ――お前が」

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