想い3


「…いてて。――shit」

心の中で格好付けたばかりだというのに、身体の痛みに邪魔をされ、ついこぼしてしまう。



(おい。…起きろよ)


幸村の額にかかる髪に触り、次に頬へ。

そして、その唇に指を滑らせる。


穏やかな寝息がかかり、政宗はあの晩の熱を思い返した。



……これ。
もらったら、さすがに目を開けるだろうな。



試してみるか?



少し逡巡していると、その長い睫毛にも目が引かれてしまう。



これが濡れたら、さぞや――



(…やべ。息上がってきた)



順番は逆だが、もう構やしねぇ…


…その唇へ迫ると、


「……」
「……」


いつの間にか、幸村の目が開いていた。
さすがに政宗も硬直する。

この状況。…どう言い訳すれば。


「まさむねどの…?」

しかし、幸村はまだ夢うつつのようで、何も分かっていないらしい。


(…危ねぇ…)


政宗は情けなくも心底ホッとし、同時に残念にも思う。



「…よう。起きたか?」
「はい…」

皆は、と聞くので説明してやる。

「――やはり、政宗殿はお強い…」

幸村は小さく笑うが、痛みに眉を寄せ、「すみませぬ…不甲斐なくも、起き上がれず」

「気にすんな、疲れだろ。俺もだ。…夜にゃ、動けるようになってるだろうよ」

政宗は苦笑いした。
それから自身の両手を見つめ、

「お前も…。さすが俺の認めた相手。…まだ燃えてるみてぇだぜ」
「…某とて。いつも、政宗殿の閃光に全身が打たれたように感じまする」
「――それを、別の意味でも言わせてぇところなんだがな」

いつものように不敵に笑う。

「…?」
「ま。それもまたの機会に、だな」

幸村にはまるで伝わってはいないだろうが、政宗はひとまず満足げな表情になる。

「だからよ、それまでにお前も死ぬんじゃねーぜ?…お前は俺が倒して……それから、その心だってもらうつもりなんだからな」

そう言い、幸村の心臓の辺りを手の甲で軽く叩いた。


そのとき、お前はどういう反応を見せるんだろうな?
倒したときに見たい瞳とは違い、これは俺ばっかりにも予想がつかねぇよ。

知りたいような、知らないままでも良いような。
本当に、俺らしくもねぇ。


政宗は、自分で自分を笑う。


「…政宗殿、某も同じことを貴殿に申し上げたい…。――それと」

幸村は自分の胸に両の手を乗せ、

「既に、この心は……政宗殿のもの。…政宗殿の他に、あのように打ち震える相手はおりませぬ」

「残念でしたなぁ…」と、幸村は疲労からだろう、いつもよりも数段小さな声で言い、彼なりのものと思えるしたり顔で微笑んだ。






…政宗は、幸村の布団に顔を埋めた。


(何が、残念……)




――負け、だ。
完全に。



「政宗殿?」

悪気のない幸村は、全くもって理解してはいない。


分かってるよ。
お前の言ってる『心』ってのが、そういう意味じゃねぇってことくらいは。

好敵手としての、という意味だって…。
何故なら、俺もそうだからだ。

…だけど、俺はそれ以上に。



だから――今は、俺の惨敗だ。

今は、な。



「…くそ。次は必ず勝つぜ?」


(今は、その言葉だけで充分だ)

俺には、他の誰も持っていないお前との繋がりがある。
考えてみれば、何て良い立場だったんだ?
――これは、絶対手放さねぇ。

だが、俺は呆れるほど強欲で、また自信家なもんだからよ。やっぱり、全てを手に入れたいわけなんだよな。


…覚悟しとけよ?


たとえ、その心が他の奴に掴まれていたとしても。

必ず俺はそれを奪い取ってやる――



「――何、ニヤついてんの?」

いつ開けられていたのか、襖の前に慶次が呆れ顔で立っていた。
隣には水を持った小十郎もいる。

「…何でもねぇ。部屋に戻るぞ」

政宗は小十郎を促しながら、「じゃ、また夜にな」

と二人に言い残し、部屋を後にした。











――ま、見てたんだけどな…

慶次は、心の中で呟いた。
こっそり。…男のやることじゃないけど、本当に。

油断も隙もない――政宗の顔が幸村へ近付いたときに止めようとしたのだが。
その必要がなくなったので、気付かれないのをいいことに、しばらく盗み見していた。小十郎とともに。

「慶次殿…」

そう呼ぶ声は、いつもと違い弱々しい。

「うん、大丈夫かい?…まだ寝てて良いよ。俺、準備で先に行くけど、元親に頼んであるからさ」
「すみませぬ…」

慶次はいつも通りに微笑む。

「――あの」

幸村が言いにくそうに慶次を見上げ、「いえ…」


(うん、その行為はすっごく気になるから)

幸は知らないと思うけど。
特に、俺に対してやると、「兄」性本能?とかその他諸々触発しちゃうんだぜ?


「何だよ、遠慮すんなって。…あ、腹減った?それとも喉渇いた?――ほら」

と、盆に載せた握り飯や湯呑みを見せる。

「あ、今は…。ありがとうございまする」
「うん、好きなときに食べて。…あれ?」

(じゃあ…)

慶次は首を傾げた。




「………頭を」

幸村は、ポツリと、

「……撫でては下さりませぬか……?」




その顔は真っ赤になり、だが大きな目はしっかり慶次を見据えていた。
笑われる覚悟はできている、とでも言うかのように。


一方、慶次の頭の中と心臓は大変なことになっていた。





おいおい、勘違いすんな!?
幸は、ただ頭を撫でてくれと。子供っぽい頼みに赤くなってるだけで。


…ちょっと違う言葉を当てはめたら、俺、天にも昇る気持ちになれるなぁ……とか。





違う違う!

目を覚ませ俺!!





…などという抱懐は全く出さず、

「何だよ、そんなこと」

と、慶次はこの上ない笑顔とともに、幸村の頭を優しく撫でてやる。

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