独白4
しばらく経ってようやく、かすがは目線を下に向けたまま、おずおずと口を開いた。
「謙信様に、お言葉を頂いたのだ…」
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昨晩、部屋に戻った謙信から話を聞いたかすがは、すぐ佐助の元へ向かおうとした。もちろん気がかりなのもあったが、怒りの方が勝っていた。そこを、謙信に止められたらしい。単に、かすがに会いに来ただけのようだと。
落ち着いたかすがは、佐助を見逃してくれたことに感謝の意を述べると、主の表情がいつもと違うことに気が付いた。
『あのしのびのことが、しんぱいですか?』
いつものように丁寧な言い回しだが、明らかに普段よりも強い口調に、鋭い視線。
(こ、これは…もしや)
いや、そんなはずがない。自惚れるな、馬鹿な自分め…
都合の良い考えを振り切ろうとするが、謙信は容赦なく無言で近付いてくる。
距離が縮まるにつれてかすがの思考能力は低下していき、その顔がすぐ間近にきたときには、頭も心臓も爆発してしまいそうだった。
混乱のせいで謙信の問いに答えられなかったことが、彼の心をさらに煽ってしまったのだとは思いも付かないかすがである。
謙信は言う。
私の為にその命を使え、と前に言ったが、どうもお前は勘違いをしているようだ、と。
かすがには、その意図が分からない。
自分は、いつも彼の為に命を賭して働いてきた。彼を傷付けるものは、何であっても許さない。彼を傍で守ること――自分にとって、これ以上の幸福はないのだ。
『おまえは、わたくしをまもって、しにゆこうとしていたのではないか?』
ハッと、かすがは謙信の顔を見つめ直す。
それは以前、豊臣軍の軍師である竹中半兵衛と戦った際に、彼にも同じことを言われたからであった。
竹中は、親友に生きて尽力し続けることを最重要としており、彼とは真逆のかすがの精神を、ここぞとばかりに罵った。
『似ているようで、全く違うよ。君は間違っている』、と。
あの、静かに燃えるような紫紺の瞳に、悲しげな闇を秘めて。
大事なことに気付かされ、それ以来迷いのない心で謙信に尽くしてきたつもりだったのだが。
『そういうふうにそのいのちをつかうことは、みとめぬ』
『謙、信様…』
やっと出た声も、掠れて上手く操れない。
『しのびとしてだけではなく、ずっとわたくしのそばに…。せんらんのよがおわっても、はなれることはゆるさない。わたくしのためにはたらき、いきていくのです。いのちをつかえとは、そういういみだ…』
囁くように、だが、真摯な声色ではっきりと言う。
かすがは、今まで見たこともない、聞いたこともない彼の姿と声に翻弄されながらも。
今聞いた言葉は聞き間違いじゃないか、これは夢ではないか――と、片頬を思いきりつねっていた。
(…痛い。ものすごく)
じわっと涙が出てきた。
(ああ、力を入れ過ぎたから――)
『戦乱の世が終われば、忍なんて捨てられる運命さ』
と、竹中の言ったあの言葉。
言われなくても覚悟していたことなのに、ふとしたときに小さく刺す針を伴って、かすがの心に絡み付いていた。
(信じ、られない…)
痛いけど、本当に現実なんだろうか?
謙信が、ふっと微笑み、つねって赤くなったかすがの頬に優しく触れる。
ひんやりと心地良いその手が、段々自分の熱によって温められていく。
(むしろ今、直ちに逝ってしまいそうです…)
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かすがは、コホンと小さく咳払いをし、
「…という顛末だ」
―――………
………
…俺様、真っ白。ヤバい、固まった。
えっと、立て直さなきゃ、いつもの顔で。
――って、どうやるんだっけ??
そんな佐助の様子を見たかすがの方が狼狽えて、
「だから、話すほどのものじゃないと思ったんだ。お前なら呆れると思って…。言えばいいじゃないか、そんなことで、って」
お前は言われ慣れてるんだろうが、私は初めてで…だから言いたくなかったのに、などとブツブツ言いながら、かすがは居心地の悪そうな顔をする。
…いや、俺様もそんなの言われたことないし。だいたい、呆れるようなことじゃないじゃん。…ていうか、決定打じゃんそれ!
つまり何?あのとき軍神が嘘ついたのって、二人の時間を邪魔されたくなかったからで。しかも俺様に嫉妬して、それが後押しになったと?…かすがに言い寄る。
俺様の、あのあれが二人をくっつけたと。
そーいうことですか?
――あり得ない。俺様、何やってんの?
女、落とすの得意だったよね?なのに、何一番大事な女みすみす敵に渡しちゃってんの?いや、かすがは物じゃないけど…というか、最初から彼女の心はあいつのものだったわけだけど!
…まだ、逆転の可能性はあったかも知れないのに。
『動かざること山の如し』――その結果が、これか。
はぁぁ、と深い溜め息をつく。
「何だ、文句があるならはっきり」
「いやいや、違うって!…良かったじゃん。それ、愛の告白」
「な!」
途端、ぼっという音が聞こえてきそうなほどに、かすがの白い顔が真っ赤に染まる。
その顔を見ていると、佐助の心は徐々に落ち着きを取り戻してきた。
「ほら、大事な幼なじみがいよいよ嫁に行っちゃうのかと思うと、やっぱ寂しいもんがあるみたいでさ?ちょっと葛藤してたっていうか」
やっと、いつものように振る舞え出す。
「よ、嫁!?馬鹿、違う!」
「もう同じようなもんじゃーん。嫁よりも良い立場じゃない。戦場にだってついて行けるんだから」
「そっ、それは当たり前だろッ。私は謙信様のつるぎ…!」
「あーあー、妬けちゃうねぇ。…お前には、忍を辞めて幸せになって欲しかったんだけどな」
俺が幸せにしてやりたかった。…って言いたいとこだけど。
空気を読むのが一流の俺様には、やっぱりできない芸当のようだ。
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