竜と影4


『――舞を?』
『うん、恥ずかしいから言ってなかったんだけど』

今度の祭りで、慶次は舞を披露する予定だったらしい。照れたように笑って言った。

『そのような…!しかし、それはますます楽しみでござる!』
『ただ、それまでついてやれないのが心配…』

幸村は明るく言うが、慶次は顔を曇らせる。独り言に近かったので幸村には聞こえていない。

『…終わったらさ、一緒に回ろうな?きっとだぜ?』

念押しに、

(慶次殿も祭りが好きなのだな…)
と、幸村は単純に受け止めていた。間違いではないが…。

『舞…笑うなよ?』


―――………


――などと言っていたが。
どこに笑うところがあるというのか。

優雅に、舞う花のように。いや、慶次の周りを花が舞うかのような。
一つ一つの動きが、本当に見事で。
光と音に包まれて、舞うは恋の舞。
初めて見るその表情。――あれが、彼の恋する瞳。

燃えるような二つ。

自分にも伝わってくるようで、幸村は胸が締め付けられるような感覚に陥る。
さらに、その音がうるさいほど鼓動が速くなっていく。
彼がこちらを向く度、自分と目が合う気がするのだが…。

(――まさか、気のせいだろう)

舞が終わり、慶次はすぐ四人の元へやって来た。

「…どうだった?」

やはり、少し照れた顔で尋ねてくる。

(…いつもの慶次殿だ)

幸村は何やらホッとしながら、

「素晴らしかったです…!」

もっと上手く言いたかったのだが、胸が一杯で他に出てこない。

「良かったぜ」

政宗たちも、感心したように褒めた。

「――じゃあ、俺もこれから回るからさ。行こう!」
「…そのままで?着替えなくてよろしいのですか?」
「良いの良いの。これ、動きやすいし」

慶次は早く行きたくてたまらない様子だ。
幸村は、普段と違う格好の慶次に少しためらうが、その隣へ並ぶ。
その後ろから、他の三人もついて行った。











政宗は、段々その歩みを遅めていく。
人混みの中、四人との距離はどんどん広がっていった。
そして、彼らがほとんど見えなくなってから、大通りを離れる。
祭りの音も小さくしか届かない裏通りの路地へ、一人足を踏み入れた。

立ち止まって、呟く。

「――なあ、居るんだろ?」

四方八方をぐるりと見渡し、「俺一人だぜ?big chance じゃねぇか。…出て来いよ」

そう言って笑う。
しばらくすると、物陰から人の姿が現れた。
――それは、先ほどの狐の面を被った、あの踊り手。
政宗は口端を上げ、

「やっぱりな。…俺に気があって、尾けて来たってか?」
「…気持ちの悪いこと、言わないでくれる?」

狐の男は、吐き捨てるように言った。
面をゆっくり取り外し、政宗の前にその顔を晒す。

ふん、と政宗は顔を歪めた。

「あいつの一人立ち…って話じゃなかったのか?何をコソコソついて来てやがんだ。ためにならねぇぜ?」
「――そうだよね、旦那にバレたら大変。今はまだ気付かれてないから。…誰かさんが言わなきゃ」
「俺に、黙ってくれってお願いするか?」
「冗談」

瞬時に佐助の顔が冷たく凍り、「…馬鹿じゃない?一人で来るなんて」

だが、政宗は動じず、

「やっぱり、お前は紅なんて柄じゃねぇなぁ…。そっちの方が、断然お似合いだぜ」

と、なびく黒い飾り髪を指し嘲笑した。

「――気付いてたわけ」
「あー…今、分かった。…てめぇだな、俺を眠らせやがったのは。これからってときに邪魔しやがって」

佐助が武器を構える。
対し、政宗は、

「主の恋路にまで手を出して良いのかよ?たかが忍が」

その言葉に、佐助の身体から黒い陽炎が揺らめいた。

「何が、恋…?無理やりやろうとしてたくせに」
「あれが俺のstyleだ。――ま、逆に持ってかれたけどな」

苦笑する政宗に、佐助はほんの少しだけ敵意を緩めた。

「…次あんなことしたら、本当に殺すよ」
「さぁなぁ…。んなことになったら、あいつ悲しむぜ?」
「自惚れも大概にしたら?」

しかし、政宗は余裕の笑みで、

「だってよ、俺ら『友達』になったんだぜ」
「――好敵手、でしょ。その前に」

苛々と佐助が言った。

「そうだな。だから、お前に殺られるわけにはいかねぇ。あいつの心と命を手にするのは俺だ」

佐助の苛立ちは一層増す。

「…何なの、アンタ。惚れるか憎むかどっちかにしてよ」
「憎む、とは違うぜ。――あいつを見てたら分かるだろ?…どうしようもなく心踊るんだよ、あいつとの勝負は。この高揚は俺らにしか分からねぇ」

残念だったな、と政宗はせせら笑う。

「アンタはどっちも手に入れられないよ。俺様がいる限り」

残念だね、と佐助が冷たく笑った。

「忍ふぜいが出張んじゃねぇよ。あいつのknight気取りか?弱ぇくせに」
「意味が分かんない。…弱いかどうか、試してみる?」

政宗はハッと鼻で笑い、

「あいつも、気の毒なこったな。こんな過保護なお守がいちゃ、迷惑極まりない話だぜ。いつまで経っても恋なんてできやしねぇ」
「……」
「お前、知ってるか?あいつ、惚れてる女がいるんだぜ?片想いらしいけどな」
「…それが何」
「お前がいたら、どの道うまくいかねぇんだろうなと思ってよ」
「――違う、俺様はアンタ相手だから邪魔したんだ」

ジロリと政宗を睨む。

「そうかよ。…ったく。あいつの想う相手がてめぇだったら、力づくでも奪ってやんのによ」

(……何言ってんの、こいつ)

佐助は、一瞬呆気にとられて怒りを忘れていた。

「お前、俺ばっか目を付けてるみてぇだけどよ。…良いのか?」
「…何の話?」
「へぇ、知らねぇのか」

政宗は馬鹿にしたように、また苦笑いとともに、

「他にも、あいつに惚れてる奴がいるのによ。多分、俺よりずっと…」

佐助は、疑うような顔を政宗に向ける。
少しの間、考え込む表情をしていたが――

「――政宗様!」

小十郎の声が響き、瞬時に佐助は姿を消す。

政宗の前に、黒い羽根がいくつか舞い降りた。

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