竜と影3







政宗は、静かにキセルから薄い煙をくゆらせている。
絵になるな――慶次は、素直にそう思った。

あの日、慶次と元親が釘を刺しに行くと、

『仕方ねぇじゃねーか。気に入ったもんはよ』

と、政宗は開き直ったように答えた。

『…もう、からかうつもりはねぇよ。むしろ、俺の方が…』

と、口ごもる。
元親の悩みの種はまた増えたわけだが。…慶次にとっては、手強い敵の出現である。
――いや、真の敵はあいつだけど。

慶次は佐助のことを思い浮かべ、
…あの晩、幸と政宗がどうにかなっていたら。俺、間違いなく殺されてたな――
あの冷たい瞳を思い出し、少々ゾッとする。

――年末まで、あと半月を切っていた。
気温はぐっと下がり、風も冷たい日々であるが、幸村や元親などは関係なしに薄着で動き回っている。

「あ、慶次殿。こちらでしたか」

開けっ放しになっていた戸の外から、幸村の顔が覗いた。
風呂上がりだろう、さっぱりして着流し姿に変わっている。
ここは政宗たちの部屋で、慶次は遊びに…と見せかけ、実際は心中の探り合いをしていただけである。
後ろから元親も入り、

「良い湯だったぜ」
「…役得だよな、お前は。羨ましいぜ」

本気か冗談か分からない口調の政宗だったが、一斉に慶次と元親から非難の目を向けられる。が、全く響いていない。当の幸村は分かっていないので問題はないのかも知れないが…。
お前もな、という風に政宗が慶次を見る。
…幸村と同部屋のことを言っているのだろう。

(お前と違って、俺はわきまえてるもんね…)

酒を飲んでも、幸村の布団へ入ることはもうなかった。
ただ、油断すると…緊張して眠れなくなったりはするのだが。

「慶次殿、宿の皆から聞いたのですが、もうすぐ…」

興奮気味な幸村の顔を見て、慶次は、「あ、祭りのこと?」

「はい!」と、幸村は膨らんだ期待を隠せないようである。

「へぇ、こんな時期にやんのか?」
「そんなに大きいもんじゃないんだけどさ。ここら辺の皆が好きに始めたヤツで。でも、出店や催し物があって楽しいよ。…行く?」
「はい!…あの、良ければ」

幸村は、キラキラとその目を輝かせている。
それを見た政宗は、自分も行くと言い出した。

「是非!皆で行きましょう!」

幸村の満面の笑みには誰も逆らえない。

慶次も元親も、当日の政宗の行動には充分気を付けようと心に誓った。














「――真田、これもやる」
「あ…!ありがとうございまする!」

小十郎から焼き菓子を手渡され、幸村はたちまち眩しい笑顔で礼を言う。

(――面白ぇ…)

「Hey、何餌付けしてんだよ、小十郎」

自分も散々同じことをしていたくせに、政宗が横やりを入れる。
元親が、くっくっと笑い、

「犬…みてぇだよな」
「…犬…」

幸村は情けない顔になるが、好物の、正に甘い誘惑には打ち勝てない。

「俺は思ってねぇぜ?…so cute…」
「きゅー?」
「可愛いってこった」

幸村は不満そうに、「男に言う言葉じゃないでござる」と、ふてくされた。

…元親は、政宗の直情振りに冷や汗をかく。幸村の鈍感が、ことごとく跳ね返してはいるのだが。
とにかく、この人混みの中で幸村とはぐれないよう心掛けていた。
どさくさに紛れて、政宗が幸村と二人きりになろうとしかねない…。

――先日決めた通り、皆で祭りに繰り出していた。
小さいとは言っても、なかなかの人で賑わっている。
出店には甘味もあり、幸村は大喜びだった。

ズラリと並ぶ色鮮やかな提燈が、夜空に映えて幻想的な光景を描く。
――楽器の音色が鳴り響き、催し物が始まった模様である。
様々な面や、色とりどりの飾り髪を着けた踊り手たちが、音楽に合わせて軽やかに舞う。
速い旋律に乗り、翔ぶようなその躍動感に、幸村はすっかり引き込まれていた。



(…この世ではない、あやかしの世界へと迷い込んだかのような…)



陶然とした幸村のその横顔を、政宗はじっと見つめていた。

――それが欲しい。俺だけに、その顔を向けろ…

ぴったり隣に身体を寄せると、幸村の髪や首筋から、ふわっと甘い香りが漂った。

(…やっぱり、こいつの匂いだったのか)

政宗は小さく笑み、束ねたその髪にそっと触れようと…

「!」

サラッという音がしたかと思うと、踊り手の一人が、二人のすぐ目の前に降り立っていた。

――速い…!

二人して、目を見張る。
白い狐の面を被ったその踊り手は、スッと幸村の前に一輪の花を差し出した。

「某に…?」

それは、花弁が琥珀色をした光輝くもの。

「ん?」

と、後ろから元親がそれを注視すると、「これ、飴だぜ。すげぇ。食ってみろよ」

「え――」

幸村は驚きつつも、その花びらを舐めてみる。

「甘い…!」

踊り手に礼をすると、その表情は分かるはずもないが、温かいものが伝わってきた気がした。
彼はそこから消えたように跳び去り、また輪の中へ戻ったようである。
ひらひらと何かがその跡に落ちた。

黒い…鳥の羽。

「Ah…?ああ、あの飾り髪。それだったんだな」

幸村はそれを拾い上げ、大事そうに手で包む。

「――お。あいつの出番じゃねぇか?」

元親の言葉に、幸村たちは前を向いた。

――華やかな衣装をまとった慶次が、悠然とその姿を現す。

幸村は、思わず息を飲んだ。

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