竜と影2

早速、幸村は着替えようとするが。


(…似合う、か…)

慶次たちはああ言ってくれていたが、本当だろうか。
衣装はこの上なく素晴らしい物だ。しかし…

……佐助がこの姿を見たら、何と言っただろう。…呆れたんじゃないだろうか?
とりあえず、ここに彼がいなくて良かった…

幸村は、眠る政宗の顔を覗いた。
彼も、慶次も元親もよく似合っていた。皆、別人のようで。
…だからだろうか?

政宗のあの目に、一瞬吸い込まれそうに感じたのは。……触れられた唇が、ピリリと痛んだ感じがしたのは。
あれは、何だったのだろう。――不思議な、感覚。
それに話とは。…良かったのだろうか、聞かないままだったが。



「――何にせよ、良かったぜ」

そう大きく息をついた元親の声で、幸村は我に返った。
慶次も元親も、既に着替えを終わらせている。

「じゃ、俺ら先に帰るから。後はよろしくな、片倉さん」

と、さっさと部屋を出ようとする。

「――ほら、幸も。帰ろ」
「は、はあ…」
「そうだぜ。いつまでもこいつの近くにいたら駄目だ。行くぞ」

二人して、幸村の背をぐいぐい押す。
やたら労られている気がするのはどうしてなのか…
やはり、いまいち何もかもよく分からないままの幸村であった。














「――お帰り、桜ちゃん」

部屋の隅にできた影をまとい、佐助がそう声をかけた。
その声から、上司の機嫌がすこぶる悪いことを、桜…もとい、部下は悟る。
今日は天気も悪く、外は朝から薄暗い。

「お前、大丈夫だった?連れてかれた後」

佐助は、そこは少し案じるような声で言った。――小十郎とのことである。

「はい、初めからあの二人を残す策だったようで。逆に頭を下げられましたよ」
「――あ、そう」
「長こそ、先に戻ってしまわれて。…よろしかったのですか?」

部下に任せ、佐助は夜半過ぎに妓楼を後にしていた。
楓の姿を早々に消し――

「うん、薬良く効いてたしね。お前がいたし」

佐助は抑揚のない声で、「それに…あのままいたら、あいつを殺しそうだったから」

部下にあの話を聞いてから、政宗にはよく注意して見ていたのだが、そうしておいて本当に良かった、と佐助は思う。
飲み比べを提案してきた時点で怪しかったが、案の定。
…幸村を酔わせて何をしようとしているのか。
隠した怒りとともに、幸村の分までほとんど飲んでやった。

あの追加を頼まれたとき。
政宗のその後の行動が容易く想像ついてキレてしまいそうだったが、何とか抑え、酒に一服盛った。そして、天井裏から二人の様子を覗いていたのだが。
なかなか政宗に変化が起きない。
――どれだけ鈍いんだ、あの男。
業を煮やした佐助は、すんでのところで上から針を吹いて政宗を眠らせた。
もちろん、針は回収済みである。――桜が部屋を訪ねて来た際に。

(…旦那も)

竜の嗜好を知らなかったとはいえ、無防備過ぎるんだよ…
しかも、あいつを煽ることばっかやって…。わざとじゃないのは分かってるけど。
……ああ、もう。

止めどない苛立ちが、佐助の頭を煮えたぎらせる。

「それにしても…。若様、よくお似合いでしたよね」
「……」

――初めは、少々遊び半分だった。妓楼に二人して入り込んだのは。
部下が政宗のことを間近で張っておきたいと言うので、じゃあ…と、佐助は彼にも衣装を渡したのであった。
…部下の勘は、非常に侮れないものだった。

佐助は、幸村があの姿で現れたときのことを思い浮かべる。
あれで、政宗の目の色が変わったのがすぐに分かった。
何故なら。

……自分も。
魅せられていた、…からだ。

クラリ、とした。…あの夜のように。いや、あれ以上に。

ただ、衣装や髪が変わっただけ――なのに。化粧だって、微々たるものだ。
何なんだ、あのすごさは。
自分なんか、楓になるときどれほど大変か…

…だけど、あれは女というよりも。
不思議な…。だが、惹き付けられる、透明な魅力を持った…
触れたくなる――のは、分かるが。

佐助は、再び怒りを沸き上がらせた。

あの紅を。…あのまま、政宗が奪っていたらと思うと。

「…それは、主を思う従者の怒りですか?
――それとも」

部下が静かに問う。
佐助は苛立ちを隠さないまま、

「…何が言いたいわけ?」

そのまま詰め寄り、「お前も、言うのか?俺様と旦那が、兄弟みたいだって?…そうじゃない」

そんなもんじゃないんだ…と、佐助は掠れた声で唸った。

「…では、どういうものなのです?…その憎しみの目は?何故、そんなにも苛立って。
――忍、なのに」

平常心を…と、続けようとした部下の胸倉が掴まれ、畳に叩き付けられる。
その上へ、佐助は馬乗りになった。

「そうだ、忍だな。…お前もな」

佐助は、政宗の言葉を思い出した。

『あんな奴と一緒にすんなよ――』

そうだ、あいつの言う通りだ。
俺様と、片倉のダンナとじゃ立場がまるで違う。
…地を這いずり、闇にうごめく。

「しかし、若様は…」

押さえ付けられても尚、口を開こうとする部下の顎をぐっと掴む。

「……もう、黙れ」

その唇には、桜のときの名残だろう、紅がうっすら付いたままだった。

佐助の脳裏に、あの紅が浮かんだ。

[ 42/88 ]

[*前へ] [次へ#]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -