独白3
(…くそ)
何が一番ヤバかったって、あの軍神に完全に見惚れてしまっていたことだ。
何だ、あれ。本当に同じ人間か?――いや、あれは背景や演出のせいだ。今夜は綺麗な月だったから…あの氷とかもさ。
しかし、脳裏にはあの顔や瞳、姿形ばかりが浮かんできて、佐助はげんなりする。
(何なんだ、自分は…。男に、しかも恋敵に見惚れるなんて)
さらに、かすがが一目惚れする気持ちも頷ける、とか。――完璧に負けてるじゃないか。
確かに自分は面食いのきらいがあったけど…これは無いんじゃない?相手の美しさにひれ伏す、なんてさぁ。
かすがも、あの美しさに魅せられてるだけなんじゃないの?ありゃ何かの術だ、絶対。いつか簡単に心の臓がやられちゃうね…
俺様だってさ、女に人気あるのよ?今までの仕事でも、どれだけ美味しい目に…じゃなくて、大変な目に遭ってきたことか。顔だって、綺麗とかざらに言われてきたし
(…そりゃあ、あれには敵わないかも知れないけど)
でも、忍同士だし、お互いのことよく分かってるし。絶対、俺たち相性良いのに。
かすがも、俺の前では気を許してる感じじゃん。海のように大きく深い心で包んであげられる、好条件持ちの、こんなイイ男いないでしょうが。
…ああ、でも。
見た目も敵わない上に、強さでも圧倒的に向こうが勝ってたな。あんなに簡単に背後を取られるなんて。
帰ったら修行だな。旦那に手合わせしてもらおう。
(…旦那、せっかくああ言ってくれたけど。俺様、色々とダメだったよ…)
ごちゃごちゃと考え巡らせている内に瞼が重くなり、夜が明けるまでの短い間、浅い眠りについていたらしい。
気が付くと外から鳥の鳴き声がしており、明かり取りの窓から白い光が射し込んでいた。
昨日のことが夢だったら良かったのに。無かったことにしたい。
そう苦々しい気分で扉を開け、外に出る。まだ早朝で吐く息が白い。
「!」
佐助は、サッと横に飛び退く。――元いた場所にクナイが数本。
すぐに見上げると、屋根の上にかすがが立っていた。
「あっぶなー!いきなりご挨拶じゃないの」
いつもの調子で笑いかける。
が、相手は数日前の別れ際に見せたものを上回る怒りの形相で、スッと華麗に降り立った。
「馬鹿野郎!何故、あんな危険なことをしたんだ、お前ともあろう奴が!謙信様のお慈悲がなければ、今頃…!」
鬼のように怒ってはいるが、声は悲痛だ。
「聞いたんだ?…ごめん」
素直に頭を下げる。
お互いのことをよく分かっているという認識は正しかったらしい。佐助の後悔や反省がすぐ伝わったようで、般若の表情は緩めてくれた。
「いつものようにしてくれれば良かったんだ」
「…だよな。俺、昨日はどうかしてた。もう二度とやらない。本当に、ごめん。――元気?」
「って、この間会ったばかりだろう。まさか、そんなことを聞くために来たのか?」
すっかり呆れ顔のかすがである。
「いや、この付近に仕事で来たからさ、ちょっと顔見に寄ってこうかなって。次、いつ機会があるか分かんないし」
「まぁな。…次は、こんな無茶をするなよ」
と、言ったときのかすがの顔は、柔らかい微笑みを含んだものになっていた。
(珍しい…)
「――何か良いことあった?」
「なっ!何もない!」
少し慌てた様子で顔を背けるが、その頬は少し色付いている。
…本当に分かりやすい。
どうせ、軍神絡みのことに違いないだろうが。
「何だ…本当に何もないと言ってるだろ!」
そう言う顔は必死に見えて、ますます怪しい。
だが、これ以上は問いただしても無駄そうだと判断し、
「そういえば、軍神もえらく早起きなんだな。もう、かすがが昨日のこと知ってるなんてさ」
「いや、昨日既に聞いていたからな。それで、今日改めて会うように謙信様から言われて。どうせこの辺だろうと、早めに来てみたんだ。…って、おい?」
かすがが訝しげな表情になる。
「昨日…休んでたんじゃないの?軍神から、任務続きでもう寝てるって聞いたけど」
「いや?というか、あのとき私も謙信様のお傍にいたんだ。私が出向こうとしたんだが、止められて」
(何?…ってことは、軍神の奴、嘘ついてたわけ?――何で)
「お前だったと聞いて青ざめたんだが…私の昔の仲間だと知ってらっしゃって、温情ある計らいをして下さったと。それで、その後な…」
そこで、かすがは急に言葉を切った。
何か思い出したかのようにその先を飲み込み、押し黙っている。
「?――何よ、その後は?」
「…何でもない。それよりお前、任務の途中だろう。早く戻った方が良いんじゃないか」
明らかに動揺している。――やっぱり、さっきから怪し過ぎ。
「いきなり話変えて…。任務はもう終わったよ。ここに寄る時間も計算してたし。言いかけて止めるなんて反則!気になるでしょうが。仕事に支障が出たら、かすがのせいだよ」
「何でそうなる…!何度も言わすな、本当に何もないんだッ」
言いながら、顔は朱に染まっていく。
分かりきってはいたことだが、佐助は改めて胸の辺りがチクリと痛むのを感じた。
こういうときに、自分はいつも表情を変えない。いつもの飄々とした涼しい顔でいる。
最近、そのことが果たして器用で良いことなのか、少し疑問に思うのは何故だろうか。
「バレバレ、なんだけどなぁ。何か良いことあったんでしょ?…『謙信様』と」
うっ、とかすがの眉根がみるみる下がる。本当に分かりやすい。任務のときとは大違いだ。
「良いことならいいじゃないー。俺様にも幸せ気分を分けてよ」
ニッコリと、特上の笑顔を向ける。相手の警戒心を緩めさせる、俺様特製の武器!同じ忍のかすがには、いつもなら効かないけど…
嫌なことならともかく、良いことが恋愛関連であるなら、大抵は喜びを隠せるものじゃない。ついつい口の締まりも弛くなるもの。
言っちゃおうかな、と思わせるのは得意中の得意。まぁ、仕事でも必要不可欠な能力ではあるのだが。
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