紅3
幸村は、三人とは違い洋服ではなく――
しかし、異国の衣装ではある。
海を隔てた西の大国の、どこかの地の物か。袴のようなものを穿いてはいるが、それに被さる色も鮮やかな豪華な衣。
色味は赤や白、藍など様々だが、初めて見る紋様と綺麗に合わせられている。
半透明のような帯で締められ、いつもよりもずっと彼を華奢に見せていた。
そして、その髪は下ろされ耳の横には大きめの花飾り、さらに軽くだがその顔には化粧が施され――
恥ずかしさから染めた頬の桃色が、ますますその姿をそれらしく演出させる。
「…幸村?」
元親が、その姿を凝視する。
「…は、あ…」
幸村は、眉を情けなくハの字にし、元親を見上げた。
「うわッ本当だ!こいつ、幸村だ!」
バッと後ろを振り返ると、未だに全員固まっている。
「何だ、慶次。ボーッとしてよ。ほら、得意の褒め言葉をくれてやれ。…すっげぇ似合ってるよな?」
元親に促されても呆けている慶次を見て、幸村はますます居たたまれなくなってきたようだ。
「何故、某だけ…まるで、おなごのような。――変でござろう」
「いや、んなこた」
「そんなことない!似合う!!すっごく!!!」
慶次は、言いかけた元親を押しのけて、幸村の肩に手を乗せ言った。
「ほらこれ、袴…みたいなのあるし!化粧なんて、役者はもっとするんだぜ?…この着物には、そうした方が映えるから」
「おいコラ、てめぇ…」
元親は、慶次に文句の一つでも浴びせようとするが、
「幸、かわっ――。…格好良いよ、すっごく」
と、あの常にはみ出そうな想いを何とか抑えようとする彼の必死さに、許してやることにする。
そう言われて、ようやく幸村は部屋へと入った。
「――あ、貴女は」
幸村が、驚いたように楓を見る。
「こんな姿では分かり辛いでしょうが、あの晩は世話になり申した…」
真正直に話し、深々と頭を下げた。
「――まあ、あのときの?」
楓は、びっくりしたように「…こんなに綺麗な方やったんやねぇ」
その微笑みに、幸村はすぐ赤くなる。
「楓殿…。良い名ですな」
幸村も笑みを返す。
桜も加わり、三人はほのぼのとした空気を一画に生み出していた。
「…Hey」
政宗が元親に小声で、「あいつと俺を、二人にしろよ」
「あ?楓って姉さんか?それとも、あの桜って娘?んなもん自分でやれよ」
「馬鹿、そうじゃねぇ。…もう一人の、あいつだ」
政宗は、三人の方を顎でしゃくった。
―――………
「…どっちが、馬鹿だ?――ったく、てめぇも。…俺が協力するわけねーだろ」
「Ha、俺もってこたぁ、やっぱあいつもか?」
政宗はニヤッと、慶次の方を見て言う。…彼は、まだ頭の中に花が飛んでいそうな状態のままである。
「知らねぇ」
「…聞かずとも、見てりゃ分かるけどな」
(じゃあ、自分で何とかするしかねぇなぁ…)
政宗は、苦笑いする。
そこには、不穏げなものが立ち昇っていた。
(…上手くいったな)
政宗は、勝ち誇ったように微笑んだ。
その目線の先には、他人の心配をする幸村の姿。
遡ること、数刻――
「飲み比べ、やろうぜ」
突然、政宗がそう持ちかけた。
「何でぇ、いきなり」
「Let's a game――勝負だ勝負、なぁ」
そう言われると、元親も慶次も黙ってはいられない。
「言っとくけど…俺、すっげー強いぜぇ?」
「俺だろ、俺。――てかよ」
元親は侮るように、「政宗、オメー弱いんだろ?」
「俺は弱いんじゃねぇ。酒癖が悪いだけだ」
たちの悪いことをサラリと言う。
「某は…」
勝負とあらば負けたくない幸村だが、こればかりは自信がない。
「――あのう……うちも、混ぜてもらえまへん?」
白い手が挙がり、皆ギョッとその持ち主に注目した。
楓は、無邪気な笑顔を浮かべている。
「か、楓殿…っ」
「おっ、アンタいける口かい?」
幸村は案じるが、元親は嬉しそうに歓迎する。
「ええ、よう強い言われますぅ。――あ、そや」
と、楓は幸村の隣へ近付き、「うちと幸村さん、二人で一組いうんは…」
「Ah〜?」
「そりゃ助かるよ、こいつそんな慣れてねぇから」
「さっすがだなぁ、そういうのすぐ分かるなんてよう」
政宗はもの申したそうになるが、慶次と元親は賛同する。
というより、勝負だというのを忘れてしまったかのような二人だった。
そして、幸村は自分の不甲斐なさに落ち込んでいた。
が、くいっと袖を引かれて顔を上げると…
――あの優しい目をした楓が、こちらを見ていた。
「でしゃばってしもて…」
申し訳なさそうな彼女に、幸村は慌てて首を振る。
「某が弱いのが悪いのでござる」
気恥ずかしそうにする幸村に、楓は微笑んで、
「酒の強さと、男らしさは関係あらへん…」
と、こっそり耳打ちする。
その声がくすぐったくて、幸村は少し身をよじらせた。
「それに、そちらも二人一組でやらはるんやろ?」
と、政宗と小十郎に言った。
慶次たちはたちまち殺気立つ。
「聞いてないぜ!?」
しかし政宗は動じず、
「俺と小十郎は、一心同体だからな!!」
堂々、宣言する。
「こんの、卑怯者が――」
掴みかかりそうな勢いの元親たちを、幸村が慌てて止めた。
「一度受けた勝負は、取り消せねぇよな?」
政宗は、ニヤニヤと小十郎の肩に手を掛けた。
小十郎は慣れた展開なのか、普段の通り。
「こいつもそう強い方じゃねぇ(嘘)ぜ?でも…やっぱ、俺ら二人よりお前ら一人の方が強いってことはねぇかな…」
その言葉により、今度こそ二人の闘争本能に火が点けられたようだ。
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