紅2
「…おい、その顔は――さすがに傷付くぜ」
小十郎が、苦笑し始めた。
(――え?)
先ほどまでの雰囲気がなくなり、幸村はキョトンとする。
「やっぱり、分かってねぇか。…まぁ、らしくねぇことした俺も俺だが」
その顔は、ほんの少し気まずそうであった。
「片倉殿…?」
「…ま、お前は知らなくていい話ってことだ」
「はぁ…」
「俺は、嫌じゃなかったがな。そいつの気持ち」
小十郎のその言葉に、幸村は目を見開き、「あの――」
と、言いかけると、襖がカラッと開いた。
「お待たせしましたぁ」
明るい声とともに、遊女たちが部屋へ入ってくる。
幸村と小十郎は、「あ」と同時に声を上げた。
「さあ、慶さんたち、お二人に見せてあげてー」
楽しげな声がしたかと思うと、スパンと襖が大きく開かれ、三人の姿が現れた。
「――どう?」
慶次が、幸村を見ていつもより控えめな口調で尋ねる。
(…南蛮の…?)
緑と黒を基調にしたスラッとした衣装に、慶次は身を包んでいた。頭の羽根飾りは取り、髪を下の方で結い直している。
色合いは地味になったというのに、洒落た感じは全く消えていない。
(慶次殿ではあるが、まるで別人のようだ…)
「お似合いで、ござる…」
「ホント?」
慶次は、途端嬉しそうな顔になる。
「おいおい、俺らのはどうだよ?」
続けて政宗と元親が、横から不満そうに入って来た。
「おお…!」
政宗は紺と黒、元親は白と黒の、慶次のものと似てはいるが、それぞれ少しずつ違った形の洋服に変わっていた。
「よくお似合いですぞ!ねぇ、片倉殿!」
「ああ、そうだな。…これは、異国の?」
「お得意様に、お金持ちの変わった方がいてましてなぁ。そういうもんを、よう置いていかはるんです。でも、私らには大きいし…。皆さんぴったりで、ほんまようお似合いやわぁ」
遊女たちは面白そうにしながらも、うっとりと三人を見上げる。
「――そしたら、今度は幸村さんのお着替え…やね」
と、彼女たちが一斉に幸村へ目を向けた。
…気のせいか、その目がキランと光ったような。
「そ、某は良いです…」
思わず幸村は後ずさるが、
「えー!俺も見てみたいよー」
久々に見る慶次の泣き落としの前では、断ることなどできはしなかった。
「私ら、幸村さんが来はるの心待ちにしてたんどすえ」
遊女たちは、キャッキャッ言いながら、幸村を取り囲む。
「Hey、羨ましいじゃねぇか」
政宗たちが冷やかすのに、真っ赤になりながらも、
「あっ、あの、片倉殿は――!?」
必死に、小十郎という仲間を呼び掛けるが、
「片倉さんには、どうしても頷いてもらえんかったん」
遊女たちは揃って残念そうにする。
それが移ったように幸村も、
「片倉殿、きっとお似合いでしょうに…」
と、肩を落とす。
それを聞いた慶次と政宗は、
「…片倉さんは、もう良いよな?」
「Ahー、お前はそれで充分男前だろ」
そう言いつつも、背後に黒いものを漂わせた。
(――ガキか…)
元親は、そんな二人を見て呆れ返っていた。
(幸は、どんな格好になって来るのかな)
元々華やかなことが好きな慶次である。純粋にこの余興を楽しんでいた。
幸村たちが出て行き、彼らは男ばかりで宴を続ける羽目になっている。
「皆、あいつが連れて行きやがった」
正確には逆だが、政宗は退屈そうに言った。
「幸一人だから、すぐに戻るって」
仕方なく慶次が酒を注いでやる。
「――お酒をお持ちしましたぁ」
「おう、待ってた……ぜ」
政宗も元親も、初対面のその遊女を見て戸惑う。
「皆様には大変心苦しいんどすが、姉さま方はお客に引っ張り凧で…。これからしばらく、うちがお相手させてもらいます」
遊女は顔を上げ、ニッコリと微笑んだ。…かなりの美貌である。
「そう――なのかい。…じゃ、幸村は?それに、アンタ一人か?」
元親の質問に、
「もう一人の娘が、その方に付いてはります。もうすぐ、いらはるかと」
と、女は魅惑の笑みを浮かべて答えた。
「若楓、どす。楓でよろしおす」
「Huーm…」
政宗が、まじまじと楓を眺め、「――紅って感じじゃないけどな」
若楓は、紅と緑の色重ねの名でもある。
楓は、少し困り顔になり、
「よう、そう言われますわ。…でも、紅は一等好きな色なんどす」
と言い、早速四人に酒を注いでいく。
「もしかして、アンタじゃねーかなぁ…幸村が言ってた別嬪さんは」
元親が言うと、慶次もポンと手を叩き、
「そうかも。俺も初めて会ったし」
(確かに、すごい美人だが――)
…何だろう、この…違和感は?
慶次だけでなく、他の三人も同じことを感じていた。
「…まあ、嬉しおすなぁ。そんな方と間違われるやなんて」
楓の喜びようは、華やぐ女そのもので。
四人は、やはり気のせいか、と思い直していた。
「いや、きっとそうだぜ。幸村、驚くだろうな」
慶次も、幸村の反応にちょっと興味を持った。
「…失礼致しますぅ」
襖が小さく開き、若い娘が顔を出した。
四人の前で丁寧に指を着き、
「桜萌黄どす。桜と呼んでおくれやす」
こちらは、可憐な美少女である。
「さあ、ご用意ができてはりますよ」
桜は部屋に入り、傍にいるらしい幸村を促す。…が、なかなかその姿を現さない。
「…照れてはる」
桜が、若いのに落ち着いた微笑を作る。
「何だ何だ、意気地のねぇ。そんなに似合わなかったのか?」
元親が、笑いながらもう片方の襖をパッと開けた。
瞬間、その場が静まり返った。
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